私、毎朝旦那様のためにお味噌汁作ります!

「ムツキちゃん、僕らはきっと分かり合える…。だから、とりあえず落ち着いて」


 核戦争を阻止するために、僕はナナちゃんの前に立ってムツキちゃんをなだめる。


『ウサー…ッ! ウサー…ッ!』


 ホントにそれ威嚇音なんだ…。


「とりあえず、ムツキちゃんが結婚したいことはわかった。僕は君のファンだ。だから、君の幸せを祝福したい。けど、ムツキちゃんの熱狂的ファンである僕の本心としては……その、ムツキちゃんの結婚を、何の説明も無いままでは手放しで喜ぶことは、できない…!」

『お客様…』


 僕は高校時代に演劇部で培った演技力をフル活用し、ムツキちゃんを丸め込むため、一芝居打つことにした。

 いや、僕がムツキちゃんのファンであるということは嘘ではない。僕はムツキちゃん”も”大好きだ。


「相手は一体誰なんだ? そいつは、ムツキちゃんを幸せにしてやれる男なのか!?」

『そう、ですよね…。いきなり結婚するなんてファンの方にお話しても、納得していただけるとは限らないですよね…』


 そうだね…。場合によっては暴動が起きるね…。

 過去数多に存在したアイドルグループが起こしてきた騒動の歴史が僕の脳裏にエンドロールのように流れる。うむ、僕にも暴動に参加した心当たりがないわけではないので、これ以上深く言及するのは止めよう。


「僕はムツキちゃんには幸せで居て欲しいんだ…! だから教えてくれ、そいつはどこのどいつなんだ!?」

『………』


 ムツキちゃんはしばし何かを考えるように目を閉じ、ややあってポケットから紙切れを取り出した。


『まず、この情報には個人情報が含まれていますので、これを妄りに第三者に開示しないという契約書にサインをしていただいて―――』

『鬱陶しいにゃ!』

『あぁ!?』


 痺れを切らしたナナちゃんが紙切れをひったくる。よくやったナナちゃん!


『ナナちゃん! 個人情報保護法に違反していますよ!?』

『イツキ! いまにゃ! ムツキを取り押さえるにゃ!』

『合点承知ですのッ!』


 と、背後のテーブル席から、うさ耳型給仕ロボ5号機イツキちゃんが、ムツキちゃんに向かって躍りかかる。イツキちゃんはムツキちゃんの姉妹機で、この二機のスペックは互角だ。

 なるほど、そうか。よく考えればナナちゃんは店内ネットワークで、自主的に接続を切ったムツキちゃん以外とはリンクしているから、声を出さずとも連携ができるのか。

 イツキちゃんとムツキちゃんが両手を組み合い、床の上を転がりながら力比べをしているのをよそ目に、僕とナナちゃんは紙切れの検証に移った。


『えーと、なになに? ”いつもやさしいむつきおねえさんへ”』

『や、やめてくださいー!!』


 ナナちゃんが音読し始め、ムツキちゃんが悲壮な声を上げた。


『まいにち、おいしいオムライスをつくってくれて、ありがとうございます。むつきおねえちゃんのオムライスは、けちゃっぷではなまるをかいてくれるので、だいすきです。むつきおねえちゃんのこともだいすきです。おとなになったら、けっこんしてください。いちねんにくみ、むとうかずき』

『あああああああああああッ!!!!』


 ナナちゃんが読み上げる紙切れ―――いや、訂正しよう。これは、正真正銘のラブレターだ。鉛筆で書き、消しゴムで何度も何度も消して、くしゃくしゃになってしまっているけれど、一人の漢が、愛する女性の為に書き上げた真の手紙である。

 紙切れなどという物言い、全身全霊、心から謝罪する。


『……何にゃこれ? 悪戯にゃ?』

「後生だ、ナナちゃん。その手紙をムツキちゃんに返してあげて…」

『はあ?』

「頼む…ッ!」


 僕は土下座した。

 何が僕をそこまでさせるのかは分からない。いや、本当は分かっている。僕には分かっているんだ。それは、遠い過去の記憶。僕にもそういう時代があった。まだ純真であったその日、僕にも同じ”思い出”がある。いま思い出せば、首を掻きむしって自死したくなるような思い出だけれど、しかし! しかし! あの時の僕は、本気だった! だからこれは、この少年の書いたこれは、本気でムツキちゃんを愛した漢の、本気のラブレターだ。


『ま、まぁ、お前がそこまでするなら…ほれ、ムツキ、すまんかったにゃ』

『…ッ!!!』


 ムツキちゃんは、イツキちゃんからゆっくりと離れ、ナナちゃんが差し出したラブレターを丁寧に受け取ると、優しく両手で包み込んだ。もう誰にも渡さないと誓うように。


『やっぱ私、人間のことが分からんにゃ』

「そうだよね…」


 わからんよね…。なにせ、人間であるところの僕にも分からないんだから。


『ともかく、ムツキはその紙切れ――』

「手紙!」

『――手紙を受け取ってバグったと…』

『バグってないです!』

『バグった奴は大抵バグってないって言うにゃ』


 そういうことに、なるか…。

 いや、しかしそれにしても、むとうかずき君。

 その歳でムツキちゃんの良さが分かるとは…。君は間違いなく将来大物になるよ。僕が保証しよう。


『けどこれ、子供の書いたもんにゃ? 時々私も貰うにゃ?』


 と、ファミレスの出口近くの壁をナナちゃんは見る。

 そこには、【お客様からの声】と銘打ったアンケート用紙を張り出しているコーナーがあり、そこにはイツキちゃん、ムツキちゃんを始め、今は亡き旧ボディのナナちゃんや、フォーちゃんのイラスト付きの愛くるしいお返事も掲載されている。

 このロボ達、意外にも子供たちに人気があるのだ。

 しかし、そこに掲載されているものとは、この手紙はその”重さ”が違う。

 僕には、ムツキちゃんがバグ――否、狂ってしまうのも、無理はないと理解した。


『つまり、ムツキは人間の幼体から個別に紙切れ―――』

「手紙ッ!!」

『―――手紙を貰っておかしくなったですの?』

『そういうことみたいにゃ』


 埃を払いながら立ち上がったイツキちゃんも、この厄介な騒動の輪に加わる。まあ、妹の事だし、気にはなるのだろう。


『いちねんにくみ――1年2組。筆跡の拙さから推測するに、対象は小学生のようですの。人間の成人年齢に届いているとは思えませんの。それなのに、結婚…?』


 言うな。それ以上何も言うな、イツキちゃん!


『わ、私ッ!!!』


 手紙をぎゅっと胸元で握りしめたまま、ムツキちゃんは叫ぶ。


『私、お客様から手紙を受け取って、こんな気持になったのは、初めてなんです…! こんなに満たされたことなんて、今まで一度もなかった! 手が震えて、オーバーヒートしそうで、冷却機能がフル回転してます! だから、だから―――』


 そうだ。だからこそ―――


『私、毎朝旦那様のためにお味噌汁作ります! 私、毎日旦那様のお洗濯物を洗って干します! 私、毎夜帰ってきた旦那様におかえりなさいを言います! 私、この方と結婚します!』


 ―――紛れもなく、これは、恋という奴なんだろう。

 

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