第36話タクマの決意

 外に出て街を歩く。街は人形によって綺麗に掃除され、強面は奥に隠れ表には普通の人達が歩いている。

「ここが貴族街よ。今日は貴族街の食堂でお昼ご飯を食べて、庶民達の区画も案内するわ。」

 少し小ぎれいだが普通の食堂のように見える。中に入るとマリがご飯を注文するとすぐに来る。

「貴族街の食堂だけど私達の食事と同じでしょう。他国の一般庶民の食事より少し落ちる食事が私達領主と貴族たちの食事なのよ。庶民の暮らしはもっと貧しいわ。

 私達は身一つで逃げたから命が助かる事だけで必死。ここまで逃げてきて全部ゼロから始めたの。

 あそこに農地があるの見えるかしら。普通なら魔道具を使って水やりに雑草抜きとか出来るんだけど、そんなのないから人の手で耕して水を上げてる。収穫量は減るしきつい仕事だけど皆で頑張ってるわ。仲間を助けに行く戦士達の力になろうと。農家も庶民も戦士も皆互いに助け合ってるの。」

 何かを言おうとしたタクマを遮ると、次に行く庶民の街は犯罪も多発する危険地帯になるけれど、庶民達の暮らしをよく見てほしいと言う。


 庶民の街と言われた場所は貴族街と違い、ぼろぼろの家が覆い。壁が欠けていたりドアがなかったり。昼間から酒を飲んで道で転がっている大人、小競り合いをしている騒ぐ男達、店の店員達は薄汚れてやせていた。

「見てわかると思うけれど、子供はいないわ。女性たちも夜の仕事や食堂のおかみさんのような人以外はここの区域にはいないのよ。ガラが悪い人達ばかりだから。

 人外達に酷い目にあわされて心が壊れた人や、辛い暮らしに耐えかねて現実逃避している人が多いわ。何とかしたいけど、助ける為の人もお金も無いから何もできていないのよ。」

 周囲を見回し、盗賊達がいないのを確認したマリ。拙いものは見せない様にタクマを誘導して街を歩いていく。表情がどんどん暗くなるタクマ。貴族街に戻り一軒の魔道具屋に入っていく。

「ここの魔道具店に、獣人や人外達に襲われた記録映像があるのよ。辛い映像だけれど、奴らが攻め込んで来たらどうなるのかを知っておいてほしいの。」


 そう言われたタクマは頷いて映像を見る。

 人間の兵士達が、エルフの出す魔法で燃やされ強風で吹き飛ばされていく。エルフの出す大量の水が人々を押し流したり、獣人達が人間を殴り殺したり遠くへ放り投げていく。骸骨が燃える炎の剣で兵士達を切り裂く。逃げる人々を追いかけて殺していく人外達もいる。

 戦争世代ではないタクマ、言葉にならない悲鳴を上げると体が震えだし吐きそうになる。そんなタクマをマリが優しく抱きしめる。

「私達はただ平和に楽しく暮らしたいだけ。でも、奴らが襲ってくるなら自分達を守らないといけない。

 この土地にはまだ攻め込まれていないけれど、奴らがやってきた時の為に別の場所へ転移で逃げられるようにしているの。庶民の一部や子供達は皆そちらで暮らしているわ。タクマも攻め込まれたらそこに逃げれば良いから大丈夫よ。」

 少しホッとした顔になるタクマ。

「そうなんだ。」

「私は残って戦うから、タクマとはお別れになっちゃうけれど。」

 驚くタクマに、マリは真面目な顔でタクマの目を見つめている。

「だって私は魔法も使えるし剣で戦う事も出来るわ。すでに何度か救援部隊に入って人外から人を助けてきたこともあるの。その際の戦闘でエルフを殺してきているし。

 私は戦士よ。私達領主を支えてくれている人達の為にも出来る事をするのは当然だわ。私は戦えるのに守るべき人達を見捨てて逃げるような卑怯な事はしない。」


 マリの言葉を聞いて黙って考え込むタクマ。

「俺は自分が恥ずかしい、自分は逃げられると安心するなんて。同じ年頃のマリーは皆の為に命懸けで戦っているっていうのに。

 俺も自分だけ逃げるなんて出来ない。自分を受け入れてくれたマリ達と共に戦いたい。パプティ様やマリと一緒に戦うよ。」

「ありがとう、でもタクマには無理だわ。私達は戦闘訓練を積んでいるし、私の場合は魔法も使えるの。気持ちは嬉しいけれど、戦えない人がいたら他の皆を危険にさらすことになる。

 それにタクマに危険な目にあってほしくない。」

 目を潤ませて、心配そうにタクマを見るマリ。タクマはマリの手を握りしめる。

「一緒に戦えるように、セッキさんにお願いして訓練を厳しくしてもらうよ。俺は絶対一緒に戦う。マリと一緒に頑張りたいんだ。」

「そこまで言ってくれるなんて、ありがとうタクマ。

 嬉しいけれど、頑張りすぎないか心配だわ。きつくなったらいつでも言ってね。決して無理はしないで。」

 マリはタクマを抱きしめた。2人は暫くの間そのまま抱き合っていた。


 その日城へ戻ると、早速タクマはパプティ・アーズに会い自分も一緒に戦うと話す。

話を聞いたパプティ・アーズは驚いて必死に説得して諦めさせようとするが、それを見てさらに意思が固くなったのか譲らないタクマ。

 ついにパプティ・アーズが折れた。心配そうな顔をしてセッキを呼ぶと事情を話して訓練を厳しくするように言う。

「本当に良いんだね。タクマが戦闘をする事なんかないんだよ。辛くなったらいつでも言うんだ、約束だよ。」

「はい、ありがとうございます。俺、頑張ります。」

 真剣な表情のタクマに黙って頷いたパプティ・アーズ。タクマは今日から訓練の為兵士の宿舎に移動する事になった。


 タクマがセッキに案内されて出て行くと、パプティ・アーズとマリが残った。

「マリ、よくやってくれたね。後はタクマに寄り添って心を掴みながら、訓練でなんとか格好がつく位にしてくれ。見た目でいかにも素人じゃ勇者だなんて言っても説得力が無いからな。」

「はい、お父様。後タクマはまだ私が人形だと気づいていません。」

「そうか、これだけそばで接して気付かないならいけそうだな。【ロウキ】の王達も人形と交換するか。」

 【ロウキ】の王達そくっりの人形を呼ぶと指示を出した。

「【ロウキ】の王達と入れ替われ、本物の王達は生かしておけよ。本人にしか分からない事が出てきた時に聞かないといけないからな。」


 人形が礼をして転移していくのを見ている2人。戦いは既に始まっている。


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