第32話辺境国

 【ロウキ】から辺境国に潜入した部隊は、まず中の様子と周囲の状況を確認する為に2班に分かれた。

 街の中にいる住民達は農作業や商店の者達以外、人相が悪く昼間でも酒を飲みあちこちで小競り合いを起こしている。その為町の雰囲気もとても悪い。働いている者達は皆、一様に痩せていて体調も悪そうだ。

 潜入員達は街で2人ずつ苦組楽組に分かれて、酒を飲みながら暇そうにくだらない話をしている。そうすると似たように酒を飲んでいる者が寄ってくる。

「聞いたか、【ラト】で誘拐をしていた取引先が捕まったってよ。もう、奴隷なんて十分いるんだから誘拐なんてリスクがあることを辞めてさっさと他の国を乗っ取ればいいのにな。お前らもそう思うだろ。」

「俺達はどっちでもいいさ。うまい酒が飲める方に行く。」

「国を乗っ取ればうまい酒なんて飲み放題だろ。奴らを働かせて俺らは楽しく暮らすだけ。最高だな。」

 そう言うと笑いながら男は眠ってしまった。眠った男は放っておいて楽組は飲みながら、別の店での情報収集を始めた。


 苦組は、路地の酒場を覗いてひやかしながら、適当に歩き回っていた。ガラの悪い酒場街を抜けると庶民が使いそうな食堂や酒場に着く。路地から路地へただひたすら歩き続け、地理を頭に入れて行く苦組。さらにフラフラと歩いて行くと、前の方に兵士が立っている柵を見つけた。


 それを見て片方が不思議そうにぶつぶつ文句を言いだす。

「おっかしいな。なんだここ。おい、酒はこっちだってお前言ってたじゃんか。」

「お前だってこっちから酒の匂いがするって言ってただろ。」

 そう言って、辺りを見回しながらさり気なく周囲を確認する。


 そんな2人を放っておくわけもなく兵士が話しかけてくる。

「おい、お前ら馬鹿か。本当にこんな奴ばっかりで大丈夫なのかよ。盗賊だけは増えてくな。お前達、後ろを向けそしてそのまま真直ぐ行ったら酒場があるだろ。

 こっちは貴族や辺境伯様達の家なんだから、酔っ払って近づいて殺されても知らないぞ。

最近、勇者様が歩いているっていうしな。まあ、勇者様が盗賊に気付く前に、影達に盗賊は消されてるが。お前らも気を付けろよ。盗賊の多い下の方の地区から出て来るな。」


 親切な兵士のお陰で聞込みもせずに情報を得た苦組、拳を上げて嬉しそうに礼を言いながらよろよろと歩いて行った。後はこの情報を基に酒場で聞込みをしていくだけだ。

 苦組はそのまま酒場で酔っ払った盗賊達と仲良くなり、彼らの紹介で盗み専門の盗賊集団の下っ端になった。


 楽組は酒場で情報を収集しつつトラブルを探していた。酒場と言えば喧嘩、喧嘩に参加して仲良くなってしまう作戦だ。だが、酒場内での喧嘩は禁止なのか騒ぎは怒るが直ぐに収まってしまう。仕方がないので外で探してみる。


 酒場の横で若い男達が中年の男を殴りつけていた。

「おいおい3対1ってのはどうだろう。だっせーな。」

 男達が振り向き喧嘩が始まろうとした時、殴られていた男がいきなり立ち上がると一気に3人を続けて刺し殺した。あっという間の出来事に、警戒しながら唖然としている演技をする楽組。

「助けは必要ないんだがな。お礼代わりに教えてやるよ。俺はオーキ、やりすぎた盗賊を消しているんだ。正当防衛として盗賊に殴らせた後にな。この国には盗賊が多すぎるからこうやって調整してるんだよ。知らないって事は新入りか。やりすぎるなよ。俺達影に殺されるからな。」


 そういうと笑いながら男は去っていった。その後楽組は酒場に戻り、ショックを受けている様子を演じながら黙って飲み続け、朝になると街から出て行った。

 楽組はオーキという男と接触した。盗賊が影という組織に殺されているのを見たら、普通の盗賊なら逃げ出して別の場所で犯行を行う。

 楽組は潜入は諦めて、オーキとの事を報告しに戻っていった。


 苦組が潜入した盗賊団は窃盗犯だった。辺境国周辺にある村や旅人を襲って盗んでは辺境国で売りさばいていた。人や物の流れに詳しく、彼らによると最近辺境国では魔道具や武器に薬類が高く売れるそうだ。


「お前たちは、俺たちの仲間になった。ここで生きて行くには少しだけルールがある。

 それさえ守っていれば、犯罪をしても捕まらないし、買い手もここで見つかるという素晴らしい国だ。破ると直ぐに影に殺されるがな。」


 そう言うと窃盗団のボスの説明が始まった。

「辺境国の領主は元々は人形術師だったが、前の領主の娘が恋をして結婚し後を継いだそうだ。

 どのような経歴の人物かを知る人は誰もいない。知っていた前領主と妻は死んだからな。領主の事には絶対に係るな、話題に出すのもやめておけ。」

「わかりました、ボス。」

 神妙な顔をして頷いた新しい部下に満足げに頷くボス。ボスの話はまだ続く。

「昨日の夜、貴族街の方までフラフラと歩いていた馬鹿達が、優しい兵士のお陰で命拾いしたってのも、盗賊達のボスの間に広まっている。

 一応お前達の監視も含めて様子を見ていたが、ただの酒好きの馬鹿だと判明したからな、正式に俺達酒好き団の仲間になれたんだぞ。なんだよ、不満そうな顔をするなよ。馬鹿で良かったじゃないか。」

「いや、さすがに馬鹿馬鹿言われると、傷つくんですが。」


 お馬鹿な部下の文句は無視したボス。

「柵の中は貴族街なんて言ってるが、でかい盗賊団の頭達の家しかない。後は一番奥に領主の城があるだけなんだ。領主は人形を使って使用人の代わりの仕事をさせているんだぞ。貴族街の中も人形の兵隊が見回りをしているって、友人の頭が教えてくれた。

 夜暗い中、白く浮かび上がる人形集団、これが人間にそっくりで無表情で怖いらしい。」

「そりゃ怖いだろうけど、人形師がいない人形なんて強いんですか。」

「馬鹿だな――、強いから盗賊団がビビるんだろ。人形が魔道具なのか何で動くかは知らんが、武器持ち人形の各部隊の強さは影並みだってよ。

 領主が娘として可愛がっている人形なんて、どでかい炎の魔法をばんばん使うんだ。人形だからエルフと違って魔力切れがないのかな。

 その娘人形、最近よく異世界人の【勇者】と一緒にいるらしいな。

 来たばかりの異界人【勇者】に武術を教えたり、獣人と人外達が人間の国【ロウキ】を乗っ取って好き放題しているって教え込んでるんだと。

 俺の予想では、俺達が先頭になって【ロウキ】の民を助ける為に乗り込むってのはいくらなんでもおかしいだろ。だからその【勇者】を育てて旗印にするって戦略だな。

 ここがやばくなったら、すぐに別の場所に逃げて暫く様子見をするからな。俺達戦闘向きじゃない盗賊団は戦争になったら違う場所に移動する事に決まってるんだ。そのつもりでいろよ。」

「分かりました。ボス。移動したら暫く酒はお預けですね。今のうちに飲んどきます。」

 そう言って笑った苦組に、ボスが怒鳴って地図を出した。

「馬鹿が。お前らは馬鹿なんだから、迷わない様に行っちゃいけない場所と抜け道を今から覚えるんだよ。酒なんか飲んだら忘れそうだからな。覚えるまで禁酒だ。」

 苦組はショックを受けて悲鳴を上げるが無視され、先輩盗賊達とのお勉強会が始まった。


 楽組の代わりに辺境国に潜入した悲組。苦組の情報を受け取り、連絡係に渡す。

 悲組から持ち帰った情報は【ロウキ】から【ラト】と【ツリー】そして人外達の代表者に渡される。

「辺境は思っていた以上にひどい状態だな。異世界人が勇者っていうのはなんだ。嫌な予感がする、各種族の代表で一度集まらないと。」

 【ツリー】にある隠れ家で各種族の代表による緊急会議が開かれることになった。

 

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