第33話勇者タクマは異世界人
中学入学前にタクマの両親は事故で死亡した。叔父一家とタクマの家族は親しかったのもあり、タクマは叔父一家の家に引き取られて一緒に暮らしていた。
小さい頃は仲が良かったが、1つ上の従兄の夏は勉強も運動も出来る優等生で友達も多い。それに比べて自分は、両親の死後から暗くなり中学時代から避けられていた。頭もあまり良くなく行った高校では目を付けられカツアゲされている。
叔父一家が良い人達だからこそ、迷惑をかけたくなくこの状況に苦しむ毎日だった。その日は奴らに暴力を受けた帰りだった。悔しくてみじめで涙をこらえながら歩いていると目の前が白い光に覆われた。驚いたが、思わずその中に飛び込んでしまった。
目の前には、ヨーロッパにありそうな城があった。驚いて周囲を見渡すと1人の男性が歩いてくる。
「驚いたな、君は誰かな。わたしはこの辺境国の領主パプティ・アーズだ。」
「辺境国ですか、ここは一体どこなんですか。俺は学校の帰りに家に向かって歩いていただけなんだ。目の前が白い光で覆われてその中に飛び込んでみたらここに。」
「そうか、今は混乱しているだろうから、少し落ち着いたら私が知っている事を話そう。大丈夫、私が君を手助けできると思う。君の名前を聞いても良いかな。」
「タクマです。」
優しそうな中年の男性に、飲み物でも飲もうと連れていかれる。部屋の中にはティーセットが置かれたテーブルと、白い髪に青い目の可愛らしい少女がいた。
「娘のマリ・オネットだ。マリ、タクマ君だよ。先程こちらに来たばかりなんだ。落ち着くまで一緒にいてあげなさい。」
「はい、お父様。タクマさん、こちらにどうぞ。」
可愛らしい少女に誘われタクマは席に着く。そんな彼にマリは空気を和ませるように話しかけた。
「こちらに来られたばかりの異世界人なんですね。私達の世界にはたまに異世界人の方が来ることがあると聞いたことがあります。」
「そうなんですか、他にも来た事のある人がいるんですね。では帰り方とか分かりますか。」
「それは父に聞いてみてください。私には分かりません。後、敬語じゃなくて良いですよ。
知らない場所に来たばかりで不安でしょう。暫くここに滞在なさってください。大したおもてなしは出来ないんですけれど。」
「ありがとう、自分が異世界に来るなんてなんだか不思議な気分だよ。」
マリに滞在する事を勧めてもらい取り合えずご飯と家は暫く大丈夫そうだと安心したタクマ。召喚されたわけでもなければ瑠璃達のように知らないうちに此方に来たわけでもない。
タクマは自分の意志で目の前に現れた不気味な白い光の中に自分から飛び込んできたのだ。
夕食までマリがこの世界の事を話してくれる。この世界には魔法があって、色々な種族がいる事を。エルフに獣人、骸骨や鬼、竜族までいるなんて。冒険ができると喜んで嬉しそうなタクマだったが、マリの悲しそうな表情に気がつく。
「どうしたの、マリ。何だか辛そうだけど。」
「ううん、そんなことないわよ。食事の前に部屋へ案内するわ。この世界の説明はお父様から聞いた方が良いと思うから、夕食の後にゆっくり聞いてね。」
「分かった。ねえ、マリ。僕も魔法を使えたりするのかな。」
「残念だけれど、異世界人で使える人はいなかったわ。もともと人間と獣人は使えないの。でもたまに、私みたいに使える者もいるのよ。」
「そっかあ、魔法って使ってみたかったんだけど、残念だな。」
それを聞いて笑いだし、子供みたいだとタクマをからかうマリに拗ねた様な顔をしたタクマ。マリが先に部屋に案内してくれると言う。2人とも楽しそうに話しながら部屋に向かっていった。
2人の様子を人形から聞いた辺境伯。
「まさか、異世界人がこの城にやってくるとは。ちょうど良いから勇者が来た事にして、侵略戦争の前線に出して使うか。マリを気に入ったようだし、疑う事もしない子だ。簡単に騙せそうだな、上手く操れそうだ。」
辺境伯は呟くと部下の兵士と盗賊の頭達に勇者が現れたと街に広めるように伝えた。
部屋で休ませてもらったタクマは今いる部屋を見渡す。
「城というけれど思ったより質素なんだな。貴族とか領主ってもっと豪華絢爛なイメージだったが、マリもマリの父親も服装も普通だった。これじゃ晩御飯も普通なのかな。その前に、異世界の料理って食べられるのか。」
初めて不安そうな顔になってタクマは考えこんでいた。
夕食は、パンと焼いたお肉にサラダとスープ普通の食事だ。
食事と部屋についてのお礼を言うと、お腹の空いていたタクマは沢山食べる。
すっかりお腹いっぱいになり我に返ったタクマが、沢山食べてしまった事を恥ずかしそうに謝る様子に、2人とも気にしなくて良いと行って笑った。
「マリから聞いたけど、帰れるかどうかとこの世界に関して知りたいようだね。」
「はい、やはり気になりますので。」
「それはもちろんそうだろう。帰れるかどうかだが、この世界に来る人間はいても出て行けた者はいないんだ。今まで来た異世界人で元の世界に戻れた者はいない。
魔法で転移できる物もあるが、これはこの世界の中で場所の転移ができるだけなんだ。それも距離や登録した場所のみ等の制約がついているんだよ。
分かりやすいのが、この世界には、人外の国【ロウキ】とエルフの国【ツリー】と獣人の国【ラト】があるんだが、各国にはそれぞれの国を繋ぐ転移門というものがあるんだよ。これはお互いの国の中の決まった場所にしか移動できないんだ。」
「なるほど、自分の思った場所に移動できるわけじゃないんですね。」
「そうなんだよ、タクマ君は頭が良いんだね。」
ずっと、頭が良いなんて褒められる事のなかったタクマは驚きながらも嬉しかった。
「いえ、僕なんて全然そんなことないですよ。頭だって悪いし、強いわけでもない。」
褒められ慣れていないタクマは、照れて謙遜する。
「そんなことは無いよ。何も知らない状況なのに、私の言った説明だけですぐに理解できるじゃないか。それに強さというのは物事に動じなかったり精神的に強い事の方が大事だと思う。力の強さは鍛えれば何とかなるものだからね。
タクマ君は、こんな状況でも取り乱したりせずに、私やマリと冷静に話す事が出来る。とても強い子だなと感心していたんだよ。」
褒めまくる辺境伯パプティ・アーズに段々と心を開いていくタクマ。
それを見ていたパプティ・アーズは、悲しく辛そうな表情になりタクマに言う。
「この世界について知りたいんだったね。とても辛い話になると思うけれど。帰れないのだから君自身を守るためにも知らないといけないと思う。」
そう言われて思わずマリを見るタクマ。マリは心配そうにタクマを見ている。
「はい、お願いします。教えてください。」
パプティ・アーズは話し出す。人外と獣人達により侵略されこの国に追いやられた人間達の過去、現在も彼らに狙われているという嘘の話を。
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