第19話魔人のバスンに会いに行く

 昨日は早く寝すぎて、まだ薄暗いうちに目を覚ました瑠璃。身支度を整えていたら、小さなノックの音がしたので開けると淡雪がいた。

「おはよう、瑠璃。起きたなら下で温かいお茶があるから飲むといいよ。まだ皆いないから1人でゆっくりできる。私は透明になる。」

 そういうと、透明になって歩いて行く淡雪、足音だけが聞こえる。瑠璃は少し笑いながら言う。

「透明にならなくて良いよ。淡雪といても寛げるから。ありがとう。」


 淡雪が食卓に色々並べてくれるのだが、どれもゆっくり浮遊しながら運ばれてくる。

「ねえ、淡雪の他にも人がいる? 浮いてるけど透明になってるのかな。」

「ううん、私が浮かせてる。私達、透明になったり、物を浮かせて動かしたり、少しの間憑依できる。前の大戦でなくなった偉大な幽霊、狭間様は時を移動できた。

 お爺ちゃんが、狭間様の子孫に転移の事聞きに行った。いい結果か、悪い結果か。分からない。分かったら教える。駄目でも、元気出して。私達、瑠璃、応援してる。」

 皆が自分を手伝ってくれていることを知って感謝の気持ちを伝える瑠璃。

「ありがとう、淡雪。お爺様や皆さんにもお礼を言わなくちゃ。」


 皆が起きてきたので朝の挨拶と協力してもらっているお礼を言う。朝食を食べ終わるとカールが今日の予定を教えてくれる。

「今日はこの後、魔人のバスンに会いに行こう。あっそうだ、レオ達は何か言ってたかな。」

「レオさん達は【ロウキ】を出る前に教えてって言ってました。私も伝えるの忘れちゃってごめんなさい。」


 2人の話を聞いていた淡雪が眉を顰めて忠告する。

「街、怪しい奴いる。酷い事する金持ち。犯罪者。珍しい瑠璃。攫われるかも。竜に探査させて、トラブル、避けて。」

 淡雪の忠告を聞いて真面目な顔で頷くカールと瑠璃。

「それにしても、酷い事していると分かっていて捕まっていないっていう事は証拠や証言が取れないんですね。結構多いんですか。」

「ううん。一部。使用人生活の為、主人庇う。法で裁く、証拠ない。瑠璃気を付けて。」

「気を付けます。カールさんとはぐれないようにします。」


 カールがため息をついて話し出す。

「戦後【ラト】も【ロウキ】も、被害にあった【ムーン】が大人になるまで国で面倒をみたんだ。

 今、成長したその世代の中から店を持ち雇用する立場になった【ムーン】が出てきている。彼らは人外や【ムーン】を優先して雇っているんだ。

 種族の特性によって色々あるからそれを知っている人外同士の方が働きやすいという事もあって、人外や【ムーン】のお店は彼らだけで固まっている事が多いんだよ。逆に人間達も人外をあまり雇わないんだ。

 人外や【ムーン】が人間達を雇わない事を、不公平だと不満を言う人間達もいるんだよ。そういう奴らは、それなら人間も差別せずに雇えっていうと言い訳して逃げるけどね。


 後は、酷い環境で暮らしている人間達からの嫌がらせだな。

 【ムーン】や人外達の店では基本給が決まっていて、成果をあげると給与に加算される仕組みなんだが、人間は完全成果主義なんだ。成果を出せない一部の人間達が、自分達より良い生活をしている人外や【ムーン】達妬んで嫌がらせをする事があるんだ。

 異世界人も彼らより良い生活を送っていると思われているからね。俺達が側にいるけれど危害をくわえようと近づいてくる奴がいるかもしれないから、瑠璃さんも気を引き締めて行動した方が良いな。」


 話を聞いて真剣な顔で頷いた瑠璃。

「分かりました。結構危険ですね、私も気を付けます。でもそんな状況だと、人間に雇われている人外の人達は大丈夫なんですか。」

「うーん。差別主義の主人や人間の使用人達から人外や獣人の使用人達が、暴行を受けたり酷い環境にいるんじゃないかって疑いがあって調べてはいるんだ。ただ、今現在は、証拠がなくて膠着状態。

 後、犯罪組織がスラムで人身売買をしているんじゃないかって噂があるんだけど。スラムは治外法権というか、何も分からないんだよね。」

「どちらも、両国が必死に捜査中。国の上は次戦ったら、人間も獣人も全滅と恐れている。」

「それは必死にもなるわよね。」

 瑠璃が頷いた時、玄関から誰かが入ってきた。


 入ってきた男女の紹介をする淡雪。

「昨日の竜族きた。知的な雰囲気の女性が円、凶暴顔が狼。2人近くで瑠璃守りたい。」


 挨拶を交わすと、瑠璃の側で護衛をさせてほしいと言う。狼は淡雪の紹介の後、顔が少し引きつっていた。


 瑠璃は迷って考えているようだった。カール達は黙っている。暫くして瑠璃が返事をした。

「はい、その時の状況によってはお断りする時もあるかもしれませんが、大丈夫ですか。」

 ホッとした顔で円がすぐに頷いた。

「勿論です。護衛というより友人のようにふるまった方が良いでしょうか。」

「そうですね。その方が周囲から注目を浴びずに目立たなくて良さそうです。」


 瑠璃と竜族の話がついたので出発する事になった。皆でお別れの挨拶を交わすと、淡雪が竜族2人に何か話していた。話が終わり若干顔色の悪い竜族達も一緒に、カールと瑠璃は魔人バスンの家に出発した。


 魔人バスンの家は和風の家だったが、庭も離れもある大きな屋敷だった。

「おはよう、バスン。カールだけど友人達を一緒に連れてきたよ。お邪魔します。

 皆、話してあるから入って大丈夫。付いて来て。」

 そういうと、カールは中へ入っていく。瑠璃達も挨拶をすると中に入っていった。中には広い和風の庭があり、椿や梅に桜に似た木が植えてある。

 瑠璃は暫く和風の庭を、複雑な表情でジッと見つめていた。やがて視線を外すと待っていた皆の元へ戻り、笑顔で話し出す。

「素敵なお庭ですね。私の故郷の木に似ていて、見とれちゃいました。」


 話していたら、奥から車椅子に乗ったお婆さんがやってきた。銀色の髪に赤い目、上品な雰囲気の人だった。

「初めまして皆さん、魔人のバスンよ。カール、元気そうね。会えて嬉しいわ。」

 皆が挨拶をする中、バスンさんが懐かしそうに瑠璃を見つめている。

「瑠璃さんの雰囲気が次郎さんに似ているのは、やっぱり同じ世界から来たからなのかしら。

 次郎さんも優しくて穏やかな表情を良くしていたわ。気は短かったけど。」


 バスンの話を聞いて笑うカール。瑠璃は少し顔が赤くなっている。

「瑠璃さんは、気は短くないけど面白い人だよ。他は似ているね。」

 そういうと、カールは瑠璃と出会ってからの今までの話をする。

「なかなか、面白い体験をしたわね。話を聞いているだけだと楽しいけど大変だったわね。

 瑠璃さんも気になっているでしょうけど、私の知る限り異世界人達は元の世界には帰れなかったのよ。

 皆家族を持って帰る事を止めた後も、他の異世界人の為にって帰る方法を探していたんだけどね。次郎さんや梅さん達が無くなった今も、鬼と魔人で探し続けているんだけど、未だに帰り方はわからないの。」


 気遣うような視線を瑠璃に向けているバスン。

「歩いていたらいきなりここにいた、というのはどの異世界人も同じ。こちらに来る前に特に変わった事もなかったみたいだし。召喚魔法というものも知っている限りはないのよ。転移はあるんだけれどね。」


 話を聞いて頷いたカール。

「今、淡雪さんのお爺様が転移について、狭間様の子孫に聞きに行ってくれているんだ。」

「時の移動ね。似ているわよね、世界と時間、移動するところ。

 でもね、瑠璃さん。今日明日何とかなることではないと思うの。いつかは帰れるかもしれないけれどいつになるかは分からない。だからまず、今後どうやってやっていくのかという事を、カール達と相談して考えた方がいかもしれないと思うわ。

 勿論、帰る事を諦めるわけじゃないわよ。瑠璃さん、私達も分かるまで探し続けるわ。次郎さん達の意志を引き継いでね。

 瑠璃さんが良かったら、ここで私と一緒に暮らすのも楽しいと思うわよ。」


 バスンの話を聞いて焦ってカールが引き留めた。

「駄目だよ。瑠璃さんはレオ達の所に連れてかないと、2人が泣いちゃったらどうするの。」

「ふふふ。カールったら焦って可愛いわね。でも最近、街の雰囲気が悪くなっている気がするわ。新しくなった辺境国家も怪しい動きだしね。瑠璃さんは街より骸骨達の村の方が良いかもしれないわね。」

「2人とも強いし、今はその方が良いと思う。レオ達の所なら他にも骸骨達がいるしね。瑠璃さん、レオ達の所へ戻ろうか。帰る前に瑠璃さん、街で見たい所とかあるかな。この街を知るために街中を歩いてみる? 今なら人間に変身してる円と狼もいるし。」

 カールの提案に頷く瑠璃。

「せっかくだから、街を見ておきたいです。昨日はざっとしか見られなかったので。

 バスンさん、お会いできて良かったです。懐かしい雰囲気のお庭を見れて嬉しかったです。色々教えてくださって、ありがとうございました。」

 また会うことを互いに約束して、瑠璃達は街に向かっていった。

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