第11話 変人の素質


 ティル部隊は木陰にて、一時の休息を取っていた。残りの缶詰を平らげ、水を飲み、談笑を楽しんでいる。ティルがホスマに言った。


「そういえば、包帯なんて、よく持っていたわね!! さすが!ホスマ!!」


部下達から笑いが漏れる。ホスマが頭を掻きながら言った。


「いえ。実は慌てて城から出た為、ポーションは持ってきたのですが、非常用医療箱を忘れてしまい……。それ、包帯じゃなくて、その蜘蛛の糸です」


ティルは驚き、自分の背中を見ようとした。すかさずペルクが言った。


「その蜘蛛じゃなくて、キチチだよ!! キチチ!!!」


ホスマは苦笑いを浮かべた。


「まぁ、それだけ急いでくれたのね。有り難う」


ティルは笑顔で言った。一人の部下が言う。


「姫様の靴を直せたのもキチチの糸ですよ!」


ティルは、ボロボロのはずの靴を見ると、白い糸でグルグル巻きになり靴の形を保っていることに気がついた。部下は続ける。


「姫様の靴、破損と言っても可笑しくない状態だったので、キチチと一緒に履けるようにしておきました」


その部下は、普段は大工をしており、物を修理することが得意であった。そして、その部下は教えてくれた。


①キチチの糸は、吐き出した直後においては粘着力が強く、空気に数秒触れた部分は粘着力が無くなり、強靭な太い糸になること。


②粘着力のある間は接着剤のように使える。一度引っ付くと時間が経過しても離れないこと。


「キチチを商売道具に欲しいぐらいです」


部下は続ける。


「キチチがいると分かっていたら、ロープは要りませんでしたね」


ティルは静かに笑い、ロープを片手で持ち上げる。


「そうね。じゃ、問題。このロープは何に使うと思う?」


部下の一人が答える。


「それで、井戸の中に降りるんですよね?」


ティルは驚いた風を見せ


「正解!! さすがホスマ隊長の部下!! 勘が良いわね!!」


部下達に笑いが起きる。ホスマは、何故笑いが起きたか分からなかった。ティルは井戸に視線を移した後、説明した。


「あの井戸は、城1階の調理室の床下と繋がっていて、抜け道になっている。ただ、本来の目的は抜け道では無いみたいなの」


ホスマが驚く


「スカイドラゴン城に抜け道があるなんて……。よく見つけましたね?」


「私は小さい頃から一人で、探索することが好きだったの。まぁ、友達が少なく、暇だっただけだけど。この東の外れに来た時、回りに何も無いのに、ぽつんと井戸があることが不思議でならなかったの。しかも、この水の豊富なスカイドラゴンシティーに枯れた井戸があることも子供の発想だけど不思議に感じて……。そしたら、井戸の中が気になってね。一度、気になると、気になって、気になって、夜も眠れなくなったの。そして、道具を揃え、内緒で井戸の中に入ったというわけ」


ティルは顔を紅潮させ、話をした。興奮していた。姫様が、こんなに長く話をすることを、ホスマは珍しいと思った。


「姫様は、昔から好奇心旺盛ですからね!!」


ホスマは嬉しそうに言った。何人かの部下達は今の話に違和感を持った。小さい頃!?普通、井戸の探索を子供が一人でするか?しかも、ここから城まで、かなりの距離がある。ロープやランプは一人で用意できたのか?井戸の中にある暗い道を長時間歩き調べたのか?疑問を抱いた。


「よし、行くか!!」


ティルは立ち上がり、背中から離れないキチチの風通しを良くする為、紐で髪を後ろで結び、ポニーテールのようにした。耳が見えると更に、少年のような爽やかさがみられた。  



 早速、ロープを使い、井戸の中に入った。ペルクはキチチの糸を使い、ゆっくりと下ろした。抜け道に入ると、水滴が落ちる音がした。ジメジメしており、狭く、細く、暗かった。異臭も漂っていた。


ランプを付けると気持ちの悪い虫が何十匹もいたる所にいることが分かった。壁を触ると、ねっとりしていた。しかも、下り坂になっており、よっぽど大切な理由がない限り、先に進みたいとは思えない道が続いていた。歩いて数十分経った頃、ペルクの母親が聞いた。


「いくつの時に抜け道を通られたのですか?」


ティルは少し考えてから答えた。


「6才だったかしら……」


さすがのホスマやペルクも驚いた。部下達からは、ざわめきが起きた。ペルクが母親のスカートを持ちながら言う。


「6才!? 今、僕、6才だよ!! こんな所、よくお姉ちゃん、一人で来たね!?」


ペルクの母親は、驚きすぎて言葉が出なかった。この気味の悪い道を、かつて自分の息子と年齢が変わらない女の子が、どこに行くかも分からず一人で進むことができたことに驚きを隠せなかった。


「驚くことじゃないわ。とにかく初めて、抜け道を通る時は興奮したわ。楽しくて!! 楽しくて!!! ちょっと待って、もう少ししたら、面白い物が見られるから」


ティルが嬉しそうに言った。昔の興奮を反芻していた。部下達は皆、ティルの母親(妃)を思い出していた。やはり姫様も、変人と奇人の血が混じっていることを思い知らされた。そして、変人の素質は十二分にあることを確認できた気がした。


しかし、その忌み嫌われる変人の素養があったからこそ、この抜け道を通り、城に向かえていることにも薄々、気づいていた。


少し歩いた後、今までの細い道からは信じられない程の大きな空間に出た。


部下達から歓声が出た。野球場が、いくつも入るような空間。横にも縦にも大きく広がっていた。天井さえも遥か遠くにあった。


「うわ~、凄く広~い!!」


ペルクが叫ぶ。ティルはティル部隊を大きな壁まで誘った。そして、壁を指差しランプで照らした。その大きな壁、一面に見たことの無い文字や絵を、ティル部隊は見た。





 その頃、スカイドラゴン城は闇の瘴気に覆われ、黒い雲が発生していた。そして、数百、数千とも言える死霊軍団に包囲され、上空には強力な三体のドラゴンライダーが旋回していた。


スカイドラゴン城は古く大きな城だった。城内の魔法使い達が結界を張り、なんとか凌いでいた。城内から見た外の景色は、まるで地獄だった。見渡す限り、黒い死霊が回りを敷き詰めていた。兵隊でさえ、大部分の者が恐怖し怯えた。



 ティル部隊は、まさしく地獄に向かっていた。

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