第10話 決意
ティルは夢を見ていた。上空から見ているような景色だった。
自分と同じ、青色の髪の毛、緑色の眼をした人達が数十人いた。何かから逃げているようであった。皆、走っている。そこにいる大半が、竜人化が進んでいた。進み具合はまちまちであった。その中に自分とそっくりな少女がいた。ティルよりも幼かった。しかし、その少女も竜人化が既に少し進んでいる様子であった。周りの者達と一緒に走り、泣いていた。
ティルは手を伸ばし、上空から大きな声をかけるが、気づけない様子だった。突如、場面が変わった。
ここはどこだろう!?広い場所だった。飛行船なのだろうか、羽のついた乗り物があった。見たこともない乗り物だった。そして、見たこともない金属でできていた。その場で、竜人化が進んだ人達の間で仲違いがあったようだ。
何かに攻撃された後なのか傷だらけの人達がいた。傷を受けていない人達だけ、その飛行船のような乗り物に乗った。同じように、人間大の大きさのカプセルのような物が、飛行船の中に、いくつも運ばれて行く。爆音がしたと思ったら、無情にも、その異形の飛行船は、どこかに飛び去った。残された竜人化の人達は叫び、泣き声を上げていた。その中にも、自分と似た少女がいた。
◇
ティルが目を覚ましたのは木陰だった。胸から膝頭辺りまで、誰かが、マントをかけてくれていた。何気なく、左手の甲を額に当てた。木陰の下から覗く青空は、キラキラ輝き美しかった。風は冷たかったが気持ち良く、自分に意識があることを教えてくれた。
『生きている』
そう実感した。そして、ティルは、何か悲しい夢を見たような気がしたが、鮮明に思い出すことができなかった。
鮮明に思い返せたのはアスマの恐怖を帯びた目だった。思い出すと胸に黒い物が広がる。途中、アスマから戦う意思が感じられなかったが、仕方がなかった。止めを刺すしかなかった。井戸のことを知られた。何よりも、ティルに余裕が無かった。
ティルは、アスマを真っ二つにし、生命エネルギーが消えたのを確認した後、すぐに意識が無くなった。緊張が切れたのであろう。ぎりぎりだった。ティルは戦いの虚しさを感じ、溜め息が出た。
その時、ティルの耳元で
「キチチチチ」
という、どこかで聞いた音がした。音の方を振り向くと糸織り蜘蛛がいた。ティルは可愛い二重の目を見開いた。
「お前、まだいたの?」
身体を起こそうと頭を挙げた瞬間、強い目眩がした。身体が起こせなかった。
「キチチチ」
糸織り蜘蛛は音を立て、優しくティルの頬に、黒い毛に覆われた脚で触れてきた。くすぐったかった。
「ふふふ。有り難う。大丈夫よ」
その時、ペルクの声が聞こえた。
「あっ! お姉ちゃんが起きたよ!! キチチ、悪戯したらダメだよ!!!」
部下の一人が驚きながら言った。
「坊主、お前、蜘蛛に名前付けたのか!?」
「そうだよ!! キチチチ、キチチチって言っているから!! キチチだよ!!」
ペルクは得意そうだった。
「キチチが、お姉ちゃんの側から、ずっと離れなくて遊べなかったよ」
ペルクは残念そうに呟いた。
ティル部隊は、ティルの回りに集まってきた。ホスマがティルの頭を抱え、ゆっくりと起こしてくれた。先程よりも目眩は軽くなっていた。
「姫様、大丈夫ですか?」
ホスマが優しく声をかけた。
「大丈夫。有り難う。みんなは大丈夫?」
ティルは周りを見た。部下達は包帯で巻かれていたが全員、笑顔だった。その時、ペルクがティルの頬を両手で挟み、ティルの目を覗き込むように見た。
「お姉ちゃんの目、まん丸に戻っている!!」
ティルは、ハッとした。自分の両手を見た。夢のように青い鱗が消えている。ティルは急いで、ホスマに聞いた。
「私の顔は?」
ホスマは優しく笑い
「大丈夫です!! 元に戻っていますよ!」
ティルは、ホッとするも、破れた袖をめくりあげ、自分の右肘を見た。先刻よりも、右肘の少し上部に、青い鱗が明らかに増えていた。ホスマも部下達もペルクでさえ、青い鱗の存在を見て顔色が変わった。
ティルは周囲の雰囲気を感じ取った。
「良かった~。これだけで済んだ!!」
ティルは皆に笑顔を向けた。部下達は各々、ホッとしたような表情を浮かべた。ホスマは眼鏡を指で上げながら冷静に言う。
「確かに、あの力の代償が、これだけで済んだということは不思議ですね」
ティルは思う。
『きっと、先祖(実験体XXL)が私(子孫)の代わりに大きな代償を既に、受けてくれていたに違いない』
ティルは瞳を閉じた。自分の遥か昔のルーツに思いを馳せた。忘れかけていた夢の中の場面を、ふと思い出した。自分に似た少女の泣き顔だった。実験体と呼ばれた先祖は幸せになれたのだろうか?子孫を残せたということは、誰か大切な人ができたのだろうか?希望はあったのだろうか?
ティルは気にかけるも知る術は無かった。瞳を開け、そして答え、聞いた。
「この力の代償は……。様子を見ていくしかないわ。それよりも、私はどれだけの時間、寝ていた?」
ペルクの母親が言った。
「20分程度です。少し魘されていました。」
「そう。有り難うございます。20分か……。」
考えごとをしているかのような横顔だった。お姫様の寝顔は天使のようだったが、起きたら、女の子というよりも美少年に近い顔立ちだとペルクの母親は思った。
ティルは、ゆっくり立ち上がった。やはり目眩があった。強い目眩だった。地面が揺れる。しかし、ティルは歯を食い縛り、意地で立ち続けた。ホスマ部隊に、もう心配を掛けさせたくない。その一心だった。眩暈が楽になった瞬間、背中に重さを感じた。
キチチが、素早く移動し、ティルの背中にへばり付いたのである。
「ちょっと、キチチ!??」
ティルは驚いた。糸織り蜘蛛は子供の頃、母親の背中に乗り生活をする習性がある。キチチはティルのことを甘えることができる対象だと感じたのだ。ティルの慌てる様子を初めて見た、ホスマ部隊や母子に笑いが起こった。
「えっ!?」
ティルは笑いが起こった方を振り向いた。木漏れ日の中、隙間から日の光が差していた。 その中で仲間達の笑顔が、さらにキラキラ輝いているように見えた。
ティルは大切な一瞬に出会えたような気がした。
ティルは決心する。自分の大切な者達を守りたい。その為なら、
《自分は悪魔にでも心を売る!手段も選ばない!!》
そう決意したティルの瞳から、一瞬、光が無くなった。
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