第9話 決着!!
「壊れやすそうな物を壊しに行くか」
竜人化したティルは右手に折れた剣を持ち、アスマに向かい歩を進めた。
「誰が壊れやすそうな物だ~!? 舐めやがって~。今度こそ、二度立てないよう、バラバラに引き千切ってやるぜ~!!」
アスマは立ち上がり、身体から黒いエネルギーを放出させ、威嚇し始めた。
ホスマは、ここまで来る道のりのことを思い出していた。ティルが笑顔で
「私、竜になりかけたの」
という言葉を反芻していた。今、思い返せば寂しそうな笑顔だったのではいないだろうか。ホスマは、深く考えずに
「素晴らしい!」
と答えた自分を恥じた。確かに、瀕死であったティルが立ち上がり、圧倒的な力を見せていることは素晴らしい。しかし、今のティルの姿は、圧倒的な力の中に儚さや悲劇が混じっているように感じられて仕方がなかった。ホスマは魔法を習う際に
『力の理』
について習っていた。力を得る為には必ず代償がいる。修練の時間、肉体的、精神的な苦痛などを乗り越えてこそ、それに応じた力が手に入ることが基本であると習った。
しかし、今のティルは修練無しに、行き過ぎた力を手に入れている。しかも明らかに、自らの力ではない。どれだけの代償がティルに降り掛かるのか、それを考えると恐怖でしかなかった。そして、ティルがティルでは無くなるのではないかという胸騒ぎがした。
ティルはアスマの側で倒れている部下5名を見た。竜の縦眼が、弱々しい生命エネルギーを感知した。
『まだ、5人とも生きている。良かった』
ティルは安堵し、左指でアスマを指差し叫んだ。
「ホスマ! 今から、アスマを、ぶち倒すから!! その後、部下達の手当てをお願い!!」
ホスマはティルのいつもの声を聞き、涙が出そうになった。
『どんなに姿、形が変わろうとも私は姫様を支えるだけだ!!』
自分に言い聞かせた。
「分かりました。でも気をつけてください!!」
ホスマも叫んだ。アスマが激昂した。
「ぶち倒してみろよ~! 反対に青い鱗ごと、引き裂いてやる!!」
アスマは威勢の良い言葉を吐くも、どうしても足が前に出ない。それどころか前に出ようとすれば両膝が震え出してくる。自分よりも強い敵を前に、アスマの頭ではなく、野性的な勘と身体がティルと戦うことを拒否していた。
アスマはティルと真逆であった。戦略よりも感覚のみで戦うタイプである。その為、一度、敵が自分よりも強大だと感じた場合、逃げの一手に走りたくなる。もし、アスマが落ち着いて今の状況を分析し、倒れている部下の1人でも人質に取って、時間稼ぎができれば、善戦をする可能性が出てくる。が、アスマの本心は、ここから一刻も早く脱出したいのみに染まり始めていた。形勢は逆転した。今や、ティルに取って、アスマは最高に相性の良い敵に成り下がってしまったのだ。
ティルは前進しながら、折れた剣に左手を置き、
「魔法剣、ライト」
初級レベルの光属性攻撃魔法を静かに唱えた。ホスマは驚いた。初級レベルでは考えらない程の激しい輝きを見せたのだ。白光し、火花が飛び散るように輝いた。その輝きは、折れた剣を包み込み、剣の形状を保つまでに至った。ペルクが母親の側から叫んだ。
「うわ~、凄い!! 花火みたい!!」
その激しく光輝く剣を見た瞬間、アスマの逃げ腰に拍車がかかった。全身に汗が吹き出した。
「リット隊長に井戸の件を伝えなければいけないからな~。今回は、ここまでにしておいてやるぜ~!! 言っておくがな~。リット隊長はお前が考えている以上に強いぞ! 楽しみに待っておきな~!!」
アスマは踵を返し、早々に上空へ逃げ始めた。ティルは左掌を開き、地面に向け言った。
「出でよ。糸織り蜘蛛!!」
※糸織り蜘蛛:黒い毛に覆われ、赤い眼をしている。足が10本あり、子犬大ぐらいの大きさの蜘蛛。非常に強く、長い糸を一瞬に吐き生成することができる。毒性や攻撃性は低く、下の大地においては養殖され、吐き出す糸を布などの原材料にしている地域もある。
左掌の異空間から、1匹の黒い蜘蛛が出てきた。一時的であるが、明らかにティルから生 命力を水増しされている。糸織り蜘蛛を召喚した後、ティルは軽い、眩暈に襲われた。こ の能力の代償は更なる血液であった。ティルは眩暈に耐え
「糸織り蜘蛛よ!! 敵を逃がすな。早急に結界を張りなさい!!」
糸織り蜘蛛に指示を出した。力を増している糸織り蜘蛛は上空に向かい、勢いよく大量の糸を 飛ばした。ある一定の所まで糸を飛ばすと、放射線状に糸が広がり、ドームのような結界 が瞬時に出来た。あまりの速さの為、アスマは逃げ切れなかった。
役割を終えた糸織り蜘 蛛はティルの右掌に戻ろうとするも、ティルは右手を握ったまま拒否をした。ティルの縦 眼から、糸織り蜘蛛が明らかに困惑していることが分かった。ティルは優しく言った。
「お前、戻らなくていいよ。有難う。これからは自由に生きなさい」
「キチチチチ」
糸織り蜘蛛から音が鳴った。ティルの縦眼は笑っていた。糸織り蜘蛛は明らかに動揺していた。
その瞬間、青い鱗の締め付けが若干、緩んだ気がした。これは糸織り蜘蛛の為だけではなかった。自分の中にいる青き竜の呪いを少しでも楽にさせたかったのである。勘の良いティルは気づいていた。
『使役』
この能力と青い鱗に描かれている怪物達の悲哀の表情が関係していることに・・・。
その頃、アスマは上空に張られた結界の出口を探し飛び回っていた。
「無い。出口が無い~。畜生!!」
ティルは、アスマの翼に狙いを定めた。1度、翼を斬らずに後悔している。2度目の同じ後悔は無い。ティルは心の中で呟いた。
『腕ではなく身体の中心で斬る!』
両手で柄を持ち、腰を低く構えた。そして、その時は来た。
「伸長せよ!! 魔法剣!!!」
ティルは身体の中心軸を回し、剣を振り下ろした。その瞬間、鋭い輝きは一気にアスマに向かい猛烈な速度で伸びた。
アスマの皮膜によって構成されている翼は、片方だけであるが見事に斬り落とされた。黒い血が飛び散る。アスマは絶叫した。まさか、この位置から攻撃してくるとは思ってもみなかった。
ガーゴイル族に取って一番、大切な物は自らの翼であった。翼が自分の親や先祖から受け継いだ誇りだった。ある意味、命よりも大切な物かもしれない。その翼が無残にも斬り落とされた。
アスマは空中で切り離された翼を掴もうとしたが届かない。成す術もなく、回転しながら落下していく。片翼では上手く飛べない。アスマは、取り返しがつかない大切な物を失くした絶望感と後悔に染まっていた。両手で目を押さえ、慟哭した。
そして、落ちた先には、既にティルが待っていた。火花を散らした魔法剣を構えているティルに気付いた時、アスマは恐怖した。
『悲しみと恐怖を滲ませたアスマの眼』、『ティルの冷たい竜の縦眼』
この2つが交叉した。ティルは縦眼でアスマの心情を理解していた。そして、戦場で敵から信じられない言葉をアスマは最後に聞いた。
「ごめんなさい」
その瞬間、魔法剣は大きな半月を描き、アスマの身体は縦に真っ二つになった。
真っ二つになった後、少しの間、意識があった。
「ふざけんな~!! 謝られる筋合いはない!!」
アスマの戦士としての想いが溢れ出た。饒舌なアスマだが、言葉として伝えることは二度となかった。
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