第8話 呪われし竜と少女
アスマは驚愕した。いつもは饒舌なアスマも言葉が出ない。小さい少女から異常な程の力を感じる。まるで大型の竜を目の前にした圧迫感。アスマの表情から薄ら笑いは既に消えていた。
そして少女の身体が変異するのを、ただ見ているだけしかできなかった。
ティルの髪の毛、両手指、足指の爪が異様に伸びる。肌から、数多の青い鱗が浮かび上がってきた。鱗の1枚1枚がサファイアのように輝き美しい。しかし、近くで、よく見るとその鱗1枚、1枚に苦悶、悲しみの表情を見せた各種違う怪物が描かれていた。呪われし鱗だった。
その鱗が顔、首、手首、手部に敷き詰められていく。顔においては、緑色に光る縦眼を除いて、鱗に覆われていった。まるで竜の形をしたマスクを被っているような異形となった。額の中心には深紅の水晶のような物が浮き出た。
突然、服が裂ける音がした。両肘関節部に上に向けて刀のような鋭利な鱗が出現した。竜を思わせる羽と尻尾においては具現化できておらず、青いエネルギー体のような物が形作っていた。
まるで、人型をベースとした青く輝いている竜のような形状となった。
ペルクが母親にしがみ付き言った。
「ママ、お姉ちゃん変身したよ!?」
母親は
「お姉ちゃんじゃなくて、お姫様!!」
という軽口も言えず、腰を抜かし立てずにいた。
変異が完全に済むと、ティル!?がもう一度、大きな咆哮をあげた。さすがのアスマも、プレッシャーに負け、片膝を突いた。赤い縦線の入った眉間からは汗が流れた。
◇
その頃、ティルの精神世界では、ティルの意思は奔流に流され、力の源のそばにいた。
『青い髪と緑色の瞳を持った少女』
そして
『青いたてがみと鱗、緑色の目をした竜』
何もない空間で向き合っていた。不思議な構図だった。この2つの生命体、種は違うが、似ていた。
青き竜は、とてつもなく大きく、沢山の鎖で繋がられていた。この竜には大きな羽があり、身体の周りには光輝く青い鱗に覆われていた。そして、額と腹部には血のように赤い水晶のような鱗があった。姿だけではない、佇まいに品格があり、美しさがあった。
しかし、異形だった。よく見ると、青き竜の身体からは、他の怪物の腕やら尻尾、羽などの突起物が数多く生えていた。そして鱗には、多種多様な沢山の怪物の悲哀に満ちた表情が浮かんでいた。
竜とは自然に近い存在である。この青き竜は途方もない長い時間を生き、自然そのものになりつつあった。そして無数の怪物を身体に取り入れ、自分の能力とした。だが、その度に呪いを受け、今の姿になった。自然現象に極限まで近づいている竜が、これ程の呪いを受ける!?おかしな話だった。青き竜にとって、本当の呪いは大昔にあった出来事の後悔。それに気づけずにいた。
ティルは、何故か、この竜が怖くなかった。それどころか、この竜の魂と触れ合ったことがあるような、そんな錯覚さえ覚えた。
青き竜は、ティルの顔を凝視し、笑った。あの低い声が発せられた。
「クッククク。成る程、お前の意識が飛ばされず、残っているはずだ。お前、実験体XXLの子孫だな? 我に対しての耐性があるはずだ。間近で見れば見る程、よく似ている」
ティルは耳慣れない言葉を聞き返す。実験体という言葉、記号化された名前に良い気はしなかった。
「実験体!? XXL!?」
竜は瞬間、寂しそうな目をした。
「そうだったな。そんなことも伝わらず、知らないのだったな。それ程、悠久の時が流れたのだ……。気にするな、ただの昔話だ」
ティルは気になるも、これ以上の答えは返ってこないと察する。違う質問をした。
「貴方は何なのですか? 何故、ここに……?私の中にいるのですか?」
青い竜は目を細めた。臆することなく、真っすぐ自分を見つめてくる利発な少女が面白かった。
この少女に愛着があった。ティルの意識が彼方に飛ばされなかったのは、青き竜の深層心理に迷いもあったからである。青き竜からすると、短い時間であったが、封印されている間、常に少女の目を通して世界を見てきた。
少女の思い、愛情や孤独を感じ、共存していた。この広大な世界で、青き竜がティルのことを一番よく知っていると言っても過言ではなかった。そして、古い友人(XXL)の関連した人間であることは、元々少なからず気づいていていた。
しかし、この関係性は死霊との戦いにおいて変化が生じた。死の恐怖から封印の綻びが強く生じたのである。
「我が依り代よ。我は空の化身だ。お前の中に我が封印された。だから、ここにいる。しかし、封印の力が弱まりだした。今後、我の力は、お前に影響していくだろう。その代償として、いつかは、お前の身体は我と同じ竜となる。竜となれば、人間である記憶は無くなる」
ティルは、驚かなかったが胸に重い物を感じた。もしかしたらという気がしていた。どこかで覚悟を決め、折り合いをつけようと決めていた。
しかし、近い将来、覚悟は揺れる。
竜化の浸食が思った以上に早く進行する為、悩まされることになるとは、この時は思いもしなかった。
ティルは、いつもと変わらず、静かに微笑み、お礼を言った。絶望的だった自分に、もう1度、戦える機会を与えられたのだ。贅沢は言っていられない。
青き竜は返した。
「礼を言われる必要はない。死ねる時に死ねない方が、苦しみを生むこともある。しかも、今、損傷し回復した部位は、もうお前のそれじゃない。我の骨、皮膚、血液、肉、組織だ。厳密に言うと回復したのではない。竜の身体に近づいたという方が正確だ」
竜は間を置き言った。
「今は我の力は10分の1も影響を出せていない。その証拠に羽と尻尾は具現化出来ずにいる。しかし、普通の人間なら、この時点で意識は無になっているはず……。残念だが、お前には、我の力を引き継ぐ、生まれ持った適性があるようだ。さぁ、運命から抗えるだけ抗って来い」
ティルは可笑しくなった。青き竜の気持ちが少し分かった気がした。
「ふっふふ。貴方も嘘つきですね。そして、適性なのは実験体だから……!?」
青き竜は目を瞑った。
「お前は喰えぬ存在だ。最後に我の能力は『吸収』と『使役』だ。上手く使えよ。我は、いつも、お前の側にいる」
◇
ティルの意識が戻ったのは2度目の咆哮のすぐ後だった。ティルの身体から、力が火山のように噴き出している。
『これで、10分の1以下の力!?』
ティルは驚く。
しかも、ティルの縦眼にはアスマの生命力や魔法力の流れ、筋肉の動きが色として見える。アスマが明らかに動揺しているのが手に取るように分かった。
ただ、青い鱗が、身体を締め付けて来る。そして、ティルは、まだ気づいていないが、青い鱗はティルの血を吸っていた。青い鱗から深紅の鱗に完全に変わる時、ティルの絶命を意味する。長時間、この姿でいることは難しい。
ふと、両手部の違和感に気づいた。ティルは、自分の左右掌を見た。そこには丸い穴があり、その穴の中を除くと空のような真っ青な異空間が広がっていた。そして、左手掌の穴の奥には沢山のモンスターが蠢いていることが分かった。その瞬間、ティルは『使役』している数千の怪物の情報が全て、既に頭の中に入っていることに気が付いた。
ティルは冷たく微笑み、片膝を突いたアスマを見た。
「さぁ、壊れやすそうな物を壊しに行くか!」
既に人では無くなった者が歩を進めた。
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