第7話 変異
青空の中、四方八方に飛び回っているアスマがいる。アスマは視力が回復するまで、飛び回る算段であった。
時間が経過するごとに、ティルの心に暗雲が立ち込めてきた。ティルは戦略を立ててから戦うタイプである。その為、勝ちスジが見えない場合、早々に弱気になる悪癖があった。しかし、その悪癖をリーダーである自覚と意思の力で抑え込もうとしていた。
『考えろ。考えろ。勝ち目は必ずある!!』
ティルは自分に言い聞かせた。
その頃、ホスマと部下達は覚悟を決めていた。アスマが降りてきた瞬間に5人がかかりで取り押さえようと決めていたのだ。自分よりも明らかに強い敵に立ち向かう少女の背中を見て、奮起した。反面、自分達に怒りと情けなささえ覚えた。少女が戦うのではない。俺達、大人が盾になって戦うのだ!!
ティルの突撃が男達のプライドに火を点けた。
一人の部下がホスマに言う。
「5人がかりで、化け物の動きを止めます!! 隊長は、その隙に頭を撃ち抜いてください!!」
ホスマは、決心を固めた部下達の顔を見て、了承するしかなかった。
上空では、アスマの視力は回復してきていた。
「うわ~、許さね~。絶対に許さね~!! 許すことなんかできね~!!! あの女どこだ!!!」
霞む目で地上を見る。探し物が見つかった。その瞬間、怒りで我を失った。ティルに向かい真っすぐに下降した。
アスマに戦略などという言葉はない。ただ、力で潰すのみ。それは大概、正解である。考える時間を与えないというメリットが出てくる。力の有る者は、時間をかけずに叩き潰すことの方が合理的なことが多い。この場合、ティルにとってアスマは相性が最悪であった。
ティルに向かい、とてつもなく加速がついた。アスマは一本の黒い矢となった。ティルは、避けきれず、剣を盾にした。アスマは鋭く重い、体当たりをくらわした。二人が衝突した瞬間、分厚いガラスが割れるような音が一面に響いた。
剣は折れ、ティルの身体は吹っ飛んだ。死霊に吹き飛ばされた時の比ではなかった。ただ、あの時は石畳みであったが、今回は草と土の上である。それが救いであったが、何度も何度も土の上に叩きつけられた。それでも勢いが止まらない。ティルはボールのように跳ね、転がった。その度に、内部まで激しい痛みと衝撃が走った。遠くでホスマと部下達の悲鳴が響いた。
長い時間に感じた。やっと勢いが止まった頃、ティルの身体は無残だった。土で汚れ、口、鼻、耳、身体のあちらこちらから出血し、右腕と左足があらぬ方向へ曲がっていた。全身、無数に骨折していた。しかし、意識は僅かにあった。竜眼のせいだろうか視界は鮮明だった。身体の痛みは、もう無かった。痛覚が麻痺していたのだろう。そして、呼吸音の異常さに気づき、自分の状態が深刻であることを知った。
アスマは右肩が軽く出血していた。アスマはティルの方を指差した。
「1発KO~!! ヒャッハ~! すっきりしたぜ~!! ボロ雑巾のように吹っ飛ばしてやった~!!! うん!? おやおや~! 今度は5人がかりかい!?」
部下達5人は間髪を入れずに声を上げ、剣と盾を持ち、アスマに向かっていった。ティルを助けたい一心だった。それを見てアスマは狂気した。
「お~! いいね~!! 仇討~?? お前等、全滅決定だ~!! フハハハッハハ~!!」
ティルは、その様子を見て
「逃げて。逃げて」
と伝えようとするも言葉が出ない。立ち上がろうとするが、身体がピクリとも動かない。それどころか意識が薄れていく。
5人の部下達はアスマを取り押さえようとするも、盾ごと爪で切り刻まれた。血しぶきが飛ぶ。ホスマは光の矢を放てずにいた。しかし、何度も立ち向かう部下達。諦めない男達の姿を見て、瀕死のティルの胸が熱くなった。
『私も、まだ諦めない! まだだ!! まだ戦いたい!!!』
その瞬間、ティルとは違う鼓動が内側から鳴った。膨大な精神エネルギーがティルの身体を優しく包んだ。
『自分よりも強き者に立ち向かう者達。我は嫌いではない』
あの時の声が聞こえた。低い、人成らざる者の声。 死に向かっていくティルの身体から巨大な力が噴き出した。
倒れていく部下達の息の根を止めようとしていたアスマだったが、ティルの方から異変を感じた。
「何だ? この嫌な感じは????」
ボロ雑巾のはずのティルの方を見た。驚愕の光景だった。ティルが、頭を垂れ、右手には折れた剣を持ち、幽霊のように立っているのだ。アスマは自分の目を疑った。
「馬鹿な……。なんで立てる?? バキバキにしはずだぜ?」
ホスマも驚いた。まるで夢を見ているかのような光景だった。もう2度、姫様は立てないと諦めていた。
「姫様が立たれた~」
ホスマから涙と笑顔が同時に出た。
ティルはゆっくりと頭を上げた。その顔は表情の無い人形のようであった。ただ、緑色の縦眼だけが妖しく光っていた。
※縦眼:爬虫類独特の瞳孔が縦長になった眼。猫目とも言われるが正式な名称はない為、本作品では縦眼という言葉を使う。
風が止まった。
その直後、ティルは咆哮をあげた。大気が震える。
アスマは思わず、耳を塞いだ。瞬間、凄まじいプレッシャーがティルを中心に広がった。まるで、大型の竜が目の前にいるようなプレッシャー。ホスマや母子達は驚きと圧力によって、思わず膝を突いていた。
『天空の島に災いをもたらす者、皆殺しだ!!』
間を置かず、ティルの身体が静かに変異し始めた。
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