第5話 忍び寄る悪魔


 ティル率いるホスマ部隊と母子(以下、ティル部隊)は、スカイドラゴン城から見て東側の外れを目指し移動していた。城の東側は、城下町を出ると広大な草原が広がっている。逆に西側は崖になり、果てのない空が広がっていた。



 石畳みの道を、馬に乗り行進していく。城から遠ざかっているからだろう、綺麗な町並みが続いている。住民は全て避難していた。ただ、この騒ぎを利用し、空き巣に入ろうとしている者も何人かいた。その中で、ティルは意気揚々と指揮を取っていた。



 ホスマや部下、ペルクがティルに、何度かどこに向かっているのか訊ねたが、ティルはただ、微笑んでいた。



 ティル部隊は、誰もいない道具屋に入る。道具屋は荒らされた後だった。しかし、ティルが欲しかったランプとロープはあった。ティルは代金を置き、先を急ぐ。食料屋にも寄り、缶詰と飲み物を調達した。同じく、誰もいなかったが律儀に代金を置いた。



 城内の兵隊にしろ、ソルク部隊にしろ、ある一種の悲壮感が漂っていた。しかし、ティル部隊は違う。盛り上がっていた。馬に乗りながら缶詰を食べ、談笑し、和気あいあいとしている。その異常さに気づいたのは、やはりホスマであった。


『何故? この状況下で、和気あいあいとできる!?』


ホスマは考える。ティルの存在も大きいが一番は、彼女の演説だと分析した。人を、その気にさせるのが上手い。


『私達は、敵のいる真只中に行く!!』


言葉の力だ。彼女はマイナスの言葉は言わない。


『予想外の前に行く言葉』


を簡潔に言う。そして、リーダーであるティルは自信満々なのである。部下達が、何とかなると思い始めている。何とかなる状況ではないはずだが・・・。



 

 ホスマはティルに近づき、気になっていることを聞く。


「あの位置から、影が死霊に見えたのですか?」


ティルは一瞬考え、前を向いたまま答える。


「竜眼。知っている?」


また、思ってもみない答えが返ってくる。


「えっ!? いえ、詳しくは……」


ティルは静かに答える。


「レベルの高い竜の眼には、不思議な能力があると言うわ。遠くの物を見ることができる千里眼。不思議な物を見通す力。今は千里眼だけのようだけど……」


ホスマは流石に怪訝そうにする。


「すいません。話が見えてこないのですが」


ティルは笑う。


「でしょうね。詳しくは知らないけど、私は幼い頃に、ある魔法をかけられている。その影響だと思うのだけど、さっきの戦闘中に本当に竜になりかけたの。そして、竜の声を胸の内で聞いた。その時の後遺症が、身体に出てきているみたい」


ホスマは驚くも、真剣に受け取り考える。


「それは……。姫様に竜の力が宿ったということですか!? 素晴らしい!!」


ホスマは喜ぶ。ティルが未知の力を手に入れたと解釈したようであった。


「そうね。有り難う!!」


ティルは微笑む。しかし内心は違った。ティルは思う。


『ホスマ。本当は、貴方が考えている程、単純じゃないのよ』


ティルは先程、服の下にある自分の右肘の上に、青い鱗が一枚できていることに気づく。白い肌に鱗ができていた。見た瞬間、流石のティルも、


『変化が面白い』


と思えず、冷や汗が流れた。


 

 ティルの本心は、自信に溢れた姿と真逆である。自分の身体の変化だけではない。彼女に取っても初めての戦闘。自信があるはずがない。これで良いのか常に頭の中で考えている。一歩、間違えれば、自分だけでなく、部下や母子の命も無くなる。そして、今考える状況は最悪だ。部下達を、ただ死地に向かわせているだけではないか?一瞬、頭を過ぎる。しかし、部下達を不安にさせない為、自分の感情を押し殺し、生き残る道を模索していた。  



 ティルは時々、屋根の上に登り、遠くを見る。竜眼は役に立つ。1~2体の死霊を見つければ、積極的に戦いを挑んだ。3体以上、死霊がいた場合は、部下にも気づかれず行く道を変えた。  


このようにして、自分や部下達に戦闘経験を与える。そして必然的に連勝させることで、部下の自信と指揮を高める効果を狙った。



 死霊との戦い方は一貫させた。部下の2名は母子のそばにいる。残り3名は、必ず死霊と3対1で戦った。極力、3方向から盾を用い、死霊の機動力を奪う。その間に、部下3名の隙間を狙い、ホスマが光の矢を放つという戦略を選らんだ。



  ティル自身も死霊と戦うも、やはり止めはホスマの光の矢に頼る。ホスマが矢を射る角度を考え、戦った。魔法剣はティルのMP(マジックポイント)が少ない為、温存した。その為か、斬った瞬間、サクッという感覚は無い。しかし、両腕の負担は初撃と比較すると軽減している。ティルの斬撃の技術が上がっていた。  


 戦闘を繰り返すことで学ぶことが多かった。


①戦闘において、きっちりと戦略を立てれば、1+1=2ではなく、5にも10にもなることを肌で実感した。


②ホスマの長距離での攻撃が思った以上に役に立った。多種多様な個性的な攻撃方法があれば戦法が数多く立てることを学んだ。


③戦闘を繰り返すことにより、部下達の力量が上がること、そして新たな戦い方が閃いて来ることが分かった。


これは未来に結成される


『青い竜の部隊』


の基盤となる考え方の一つになる。ティルは実戦を重ねるごとに、早い速度で成長していった。



 街を出て、草原に入ろうとした手前で、ティルは停止の合図を送り言う。


「着いたわ!!」


そこには、使われていない古びた井戸が、ぽつんと1つあった。



 皆が不思議に思った瞬間、後方上空から乾いた羽の音がする。ティル部隊は全員、振り向いた。


そこには、羽の生えた黒い悪魔の姿があった。ゆっくりと下降してくる。眉間に赤い縦線が2本刻まれていた。黒いエネルギーに満ちていた。


ティル部隊は、驚きのあまり一瞬、声が出ない。


「キャハハハハ。やっと到着か~!? 何、こそこそしてんだ?リット隊長に内緒で早く来て良かったぜ!! その井戸に何かあるんだなぁ~!?」


※リット:ガーゴイル軍団・隊長


黒い悪魔は金切り声をあげる。


「ガーゴイルです! 気をつけて、こいつ強いですよ!!」


ホスマが叫ぶ。


ティルは後方を確認していなかった自分の未熟さを恥じる。まさか空から尾行されているとは夢にも思っていなかった。


ティルは鞘から剣を抜き、最後のMP( マジックポイント)を使い


「魔法剣ライト!!」


と唱えた。

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