第13骨「魔獣を討伐!死霊使い!」

「あ……ぁ……」


 先ほどまで俺たちに高圧的に質問してきた尋問官は、すっかり目の前の恐怖に身動ぎ一つできないでいた。


「マスター咲愛、食べられちゃったけど……」


「莉愛、さっき練習してたのやるぞ!」


――冷徹氷塊アイスダウン! アイスマシマシ!


 余計なものを付け加えてしまった気がしたが、気合いは大事と言うことで、頑張ってもらおうと思う。


 莉愛は先ほどまで練習していたこともあって、機械的にそして手際よく、赤子の手を捻るように魔法を繰り出した。


 空気が凍り付き、魔術がかかった空間ごと丸々寒気で包み込む莉愛。異変を察知した狼は一歩後ずさりする。


「お! 俺たちに恐れをなしたか! さすが莉愛だ!」


――追加で氷柱麗怨つららうらら


「は? そんな技知らないんだけど! できるわけないでしょ……」


――って出来た!?!?


 俺の呼びかけに呼応して、莉愛の手の平から鋭利な氷刃が飛び出した。どうやら眷属は俺の指示した技なら知らなくても使えるようだ。


 膝に大きな氷の柱を受けた狼は激昂し、俺たちに向かって左右に移動しながら近づいてきた。


――ヴオオオオオン!


空気を切り裂く咆哮。そのおぞましいうめきから、裂帛れっぱくする気合、溢れ出る憎悪を感じ取ることができた。


「莉愛! 洩泣凍溶えいきゅうとうど


「だから、どんな技か分かんないんだってば!」


――でも、でちゃうのおおお!


 液体窒素のマイナス196℃を超え、絶対零度のマイナス273℃をも超える氷点下の世界。そんな超大技が俺の目の前で花開いた。


「俺って超敏腕プロデューサーなんじゃね?」


 狼はガラス細工のように煌めく氷牢の中に、一瞬にして閉じ込められた。心臓の鼓動は止み、玲瓏れいろうたる空間に、ただ静謐せいひつな空気が漂う。


「マスター、今回は焦げなくて済んだね」


 冷笑を浮かべる彼女を見て俺は美しいと思った。こんな陳腐な表現で表していいのかどうかは分からなかったが、俺は今まで体感したことのない感覚に襲われたことはたしかだ。

 辺りには氷の花が咲き、ダイヤモンドダストと呼ばれる水蒸気が凍ってキラキラと輝き降り注ぐ現象が見られた。


「ねえ、このまま二人で旅しない?」

――ダメ?


 俺の予期せぬ言葉だった。その妖艶な横顔は俺を試しているように見えた。さっき感じた美しさはこの高嶺の花のような、掴みたくても掴み切れないミステリアスな雰囲気からくるものだと直観した。


 彼女はこのまま二人で、と言った。それは姉である咲愛を放っておいて俺と二人で行動することを望むと言うことである。


 この姉妹、実は仲が悪かったのだろうか。いや、莉愛の方が一方的に咲愛のことをよく思っていなかっただけなのかもしれない。だがしかし、そんな素振りは一切見られなかった。いや女の子同士の確執は根深いなんてのも聞いたことがある。ドロドロとして陰湿なものなんてイメージも大きい。


 だとしたら、今咲愛が狼に食いちぎられたのをいいことに、俺とくっついてやろうという魂胆なのだろうか。莉愛はこのような機会が現れるのを虎視眈々と待っていたのだろうか。そもそも、俺のことがマスターとして好きと言うわけでなく、一人の男として好きと言うことなのだろうか? いやいや、それにしては判断が早計だろう。俺、黒瀬頼央と言う男を評価するにはまだ情報不足感は否めない。


 そもそも、莉愛に対しては二回蘇らせたことと、一回胸を揉んだことしかない。それで好きになるなんて到底あり得ない話だ。


 まさか、前世で繋がりがあった少女だったりするのだろうか。あのキマイラに殺される前から俺と知り合っていてその頃に積んだ徳、作っていた仮のおかげで俺はこの少女、今湊莉愛の愛を受けているのだろうか。


 冷静になれ、俺、最悪、彼女の記憶だって命令すれば消せるかもしれない。俺がさっきの話はナシだと言えば、従順な眷属なら従い、脳内メモリーから先ほどの記憶フォルダをゴミ箱に捨ててくれるかもしれない。


 待て、俺、今の彼女の言葉、「このまま二人で旅しない」を鵜呑みにしても良いのだろうか。そもそもこの言葉に意味なんてなく、俺をからかうだけのまやかしの言葉なのかもしれない。なに本気にしてるの? と言う風に後でなじられて恥ずかしい思いをするだけなのかもしれない。


いや、そんなことを考えていても仕方ない。今最優先にすべきことはこの彼女の言葉の返答を考えることだ。俺が恥をかくことなく彼女の返答の真意を知るためにできる最善策、ベストで最尤な回答、それは……


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