第三夜

 継母や姉達に仕事を押し付けられ、途方に暮れるシンデレラ。その時、突然前世の記憶が甦った。

 嗚呼……こんな所で家事をしている場合じゃない。ジークフリートに会いに城に行かなきゃ。

 ベルであった頃の記憶をふと思い出す。父は前世の記憶を取り戻した時、魔法の力に気がついたと。残念ながら、今の所私に魔法の力はなさそうだ。ただ……。


「確実に昨日までこんなもの家にはなかったわよね」


 玄関の側に1台の馬車があった。美しき白馬が繋がれた鈍色の馬車。それは白雪姫の頃母にもらった馬車と酷似していた。かぐや姫の頃に持っていた、不死の薬の壷もある。

 どうやら「物」で前世の力を引き継ぐようだ。

 馬車は既にあるけれど……自分の姿を見下ろし溜息をつく。つぎはぎだらけのボロな服、家事のし過ぎでひび割れた手や、まともな食事ももらえずに荒れた髪や肌。こんな姿で城に行くわけにもいかない。


 沈む夕日を眺めつつ「その時」が来るのをしんみり待つ。日がほとんど沈みかけ、一番星が見えるようになった頃、一際輝く流れ星が見えた。その瞬間目が眩むような閃光が辺りを覆い、思わず目を閉じる。

 目を空けたら一人の老婆が立っていた。シンデレラを助けにくる、魔法使いのおばあさんという予測はついていたのだが……驚きのあまり思わず声をあげてしまった。


「お母様!」

「今生では赤の他人だよ。白雪姫」


 にやりと笑ったその姿は、白雪姫の母とそっくりだった。まさか生まれ変わって、また会うとは思わなかった。


「今はシンデレラだったね。お前には感謝してるよ。前世で白雪姫を殺さずに、あの後、精進して生きたら、神様は許してくださってね。今生良い魔法使いとして生きれば、来世はさらに幸福な人生にしてくれるとさ」

「前世の行いは、生まれ変わりに影響があるの?」

「そうだね……。自分の行いも、他者から受けた感情も、全ての業は人生を左右するのさ。さて……無駄話はこれくらいにして本題に入ろうか。城に行く為におしゃれしたいんだろう?」

「ええ……私の王子様に会いに行きたいわ。それ以外何もいらないもの」


 老婆は「変わらないね……」とくっくと笑いつつ、杖を取り出して一振り。杖の先から溢れ出したきらきらと輝く粉が、シンデレラの身を包み込む。美しいピンクのドレスに、驚く程に綺麗になった髪と肌。慌てて鏡を見れば、まさにお姫様だ。


「ありがとう。これでお城にいけるわ」


 慌てて走り出そうとして、老婆が「お待ち」と呼び止める。


「大事な忘れ物だよ」


 差し出したのはガラスの靴。服も姿も12時を過ぎれば魔法が解けてしまうけれど、このガラスの靴だけは特別で、いつまでも変わらずあり続けるという。


「あの馬車と同じ。お前が受け取る財産さ。これを手にした相手は、必ずお前と再会できる。祝福の魔法の小道具さ」


 慌てて履いて見ると、ひんやり固いのに、ぴったり足に馴染んで心地よい。


「さて……どうせなら城につくまでの間だけ私もついていこうかね。もう来世も含めて永遠に会う事もないだろう。前世で母親らしい事は何もしなかったからね。サービスに話し相手くらいにはなろうじゃないか」


 色々と話を聞くのもまた役立つかもしれないと了承し、二人で馬車に乗った。ゆっくりと走りだす馬車の上で、老婆が城を杖で指し示すと、夜の暗闇の中で、不思議な程に目立つ黒い雲が城の周りを漂っている。


「今日あの城には王子様に選ばれたいという、欲を持った国中の女達が押し掛けているんだろう? そういう女達の欲望の感情が集まって、ああして漂っているのさ」

「薄気味悪いわね。もしかして……あれは王子の呪いになったりするのかしら?」

「そうさね……。まあ、当然の事ながら、王子が選ぶ女はたった一人だし、選ばれなかったその他大勢は、醜い嫉妬をあの黒い雲のようにまき散らして、王子を蝕むかもしれないね」

「迷惑な話だわ。王子様に選ばれれば、それだけで幸せになれる……って夢物語よね。他者に依存するだけで、何も努力せずに、叶わなければ逆恨みだなんて身勝手だわ」


 老婆はからからと嗤った。まるでシンデレラを小馬鹿にしているような雰囲気だ。


「それはお前さんが自分は選ばれるって、自信があるから驕っているのさ。努力しようがしまいが関係ない。選ばれるもの、選ばれぬもの、その格差は永遠に存在するし、人間の欲も嫉妬も消える日は来ない。まあ……王子に生まれたというだけで、初めからその醜い女心を一心に背負い込むのは……哀れな事かもしれないがね」


 老婆の言葉を聞いて自分の胸に問いかける。私にはベルであった頃の記憶がある。シンデレラはガラスの靴を履いて城にいき、王子様に選ばれる。未来を知っているから、安心感や奢りがあるのだろうか?

 ゆっくりと首を横に振って振り払う。私はあの野獣の呪いを解く。その為に私は人生をやり直しているのではないか。「待っているだけの他者に依存する女ではない」そう……心の中で自分に言い聞かせた。

 思い悩むうちにいつの間にか馬車は城に着き、老婆も消えていた。今生でも別れの言葉は言えなかった。もう会う事はないと言っていたのが少し寂しい。弱気な自分を叱咤して、城の中へと向かった。


 男女が手をとりあって、くるくる廻りながら踊る舞踏会。その中ですぐに王子の存在に気がついた。かぐや姫、白雪姫、そしてシンデレラ。三度目の再会だ。視線があった瞬間彼もとても驚いた顔をした。

 自然と互いが歩み寄って目と目が絡み合う。


「失礼だが……どこかでお会いした事があったでしょうか?」

「前世ではお会いしていたかもしれませんわね」


 私の返事にくしゃりと無邪気な笑顔を返す。そして二人で踊り始めた。踊りながら話をする。やはり彼には前世の記憶はないようだ。白雪姫の時、命が尽きる日までともにいたが、最後まで彼は思い出さなかった。今生も彼は何も知らない。


「今日の舞踏会で……お妃様を選ぶのですか?」

「本当は……気が進まなかったんだ。運命の女性とそう簡単に巡り会えるとも想わなかったから……」


 そう言いつつ、彼は少しだけはにかんだ笑顔を見せて私を見つめ、そっと耳元に低い声で囁く。


「でも……僕は運がいいらしい。こんなに早く君のような女性と巡り会えると想わなかった」

「私はシンデレラ。貴方に会いに世界の壁を超えてきたの」

「おや? 僕の為に? それは光栄だな」


 私の言葉を冗談と受け流しつつ、満更でもなさそうな表情を浮かべた。

 前世とは全然反応が違うわね。でもうちに秘めた本質というべきものは変わらない。少年の心を失わない輝く瞳。何度でも私は彼の瞳に恋をする。


 二人で踊り続けるうちに、ふと気がついた。いつのまにか私達の周りを黒い霧が包んでいる。驚いて周りを見渡すと、室内の他の女達の視線が突き刺さる。


「どうしたの? 大丈夫?」


 どうやら彼はこの霧に気づいてないらしい。皆の王子を独占する私に、嫉妬の視線が突き刺さる。気が滅入るけど、彼の爽やかな笑顔を見て吹き飛ばされた。


「私……恨まれてるようですね。貴方を独占してしまってるから」

「それは申し訳ないね。でも……僕が好きになる女性はたった一人だけだから。僕が選ばなかった多くの女性達の元に、僕よりもっと良い男が現れる事を祈るよ」


 こんな嫉妬にまみれた黒い霧の中で、彼は優しく穏やかに微笑んだ。自分が選ばれなかったからといって逆恨みをするような女にさえ情けをかける。途方もないお人好し。そんな彼も好き。


 城の時計台から鐘が鳴る。もうじき12時になる合図。魔法が解けたら、つぎはぎだらけの服に、手も髪も肌も荒れ果てた、みすぼらしい姿になってしまう。百年の恋も冷めてしまうかもしれない。


「私……12時になったら、魔法が解けてみすぼらしい姿になってしまうの。貴方に嫌われてしまうわ」


 彼は目をぱちぱち瞬かせて驚いた後、ふわっと笑った。


「どんな姿になっても、君は君だよ。君の魂が変わらない限り、僕は嫌いになんてならない」


 君は君。その言葉がじんと心に響く。

 ガラスの靴を置いて帰り、身だしなみを整えて彼に迎えにきてもらう……そんな誘惑にかられたけど、受け身でいちゃダメ。

 生まれ変わって、姿や性格が変わっても、ジークフリートは彼らしい魂のまま、いつも私を追いかけてくれた。その気持ちを信じよう。

 覚悟を決めてぎゅっと目をつぶる。最後の鐘が鳴り響き、私の体を光が包んだ。魔法が解けてみすぼらしい姿に変わると、会場がざわめく。女達のヒソヒソ声が聞こえてきた。


「まあ……みっともない」

「あんな汚い服を着て」

「使用人みたいに荒れた手」

「髪だってばさばさよ」


 なんであんな女が……という見下す視線にいたたまれなかったけど、そんな事よりジークフリートにどう想われるか。

 彼は最初びっくりした様に固まった。じっと私を見るその眼差しが怖い。ふっとジークフリートが笑った。私の荒れた手をとって跪き、手の甲にキスを落とす。


「言ったよね? どんな姿になっても、君は君だ。君が好きなんだ」


 私を見上げながらお茶目にウィンクしてみせるジークフリートの姿に、泣きそうになった。なぜこんなみすぼらしい女を……と周りの人々は大騒ぎしていたけど、そんな事ちっとも気にしてないようだ。


「もっとこのまま踊っていたいけど……君が困るよね? 二人きりになれる所に行こうか」


 ジークフリートは私の手を取って歩き始める。私もガラスの靴で床を蹴り上げてその後に続いた。

 その後私は彼と共に死が二人を分つまで幸せに暮す事ができた。御伽話の王子とお姫様は、確実に結ばれる。そう……安心に浸りながら。

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