第13話

「何このワンちゃんみたいなの」

 順応が早かったのは未羅である。

 未羅は白い犬のようなものを胸に抱え上げた。


『お嬢さん止めて下さい』


 未羅の胸の中で白い犬の様なもの、狗神は暴れて飛出し慌てふためきながら豊の胸の中に飛び込んだ。

 ヌイの落ち着きを取り戻させる為、豊は優しく頭を撫でながらヌイの説明をした。

「ごめん、ヌイ、あっ、ヌイってこの犬って言ったら良いのか、正式には狗神の名前なんだけどね、人見知りなんだ。ごめんね、未羅ちゃん」


 天使の書を横に置きヌイの頭をもう一度、優しくなでながら豊は困った顔の豊に驚きを隠せないままの境が何とか立ち上がりながら訪ねた。

「ええと、どういう事なんだい、その犬、なんか俺には喋っているように思うんだが」

 冷静に話すことが上手くできず、境の声は掠れていた。

「僕、思い出したんだ。」

 豊は諦めたようにそう言うと境の表情が少し変わった。

「豊? どういうことだ? 」

 境は豊の傍まで歩き豊の顔を見た。

 豊は唇を噛み締めていて何かを我慢しているような辛い表情を浮かべていた。


「今まで生きることに精一杯で。僕にはしなくちゃいけないことがあったのに。僕はココを出て行こうと思う。……境、未羅、少しの間だけど貴方達と居られたのはとても充実していた。生きていてこんなに楽しかった事はない。短い間だったし僕はまだ貴方達と居たいし恩返しもできてない。僕はココを出ていくけどこんな僕だけど貴方達の事を僕の家族だと思っていいかな? いつか貴方達と逢えると思ったらどんな辛い事でも僕は乗り越えられると思うんだ。」

 

 豊は感極まり最後の言葉は上手く声に出せておらず目にも涙を浮かべていた。

 豊の言葉に驚いた顔の境は慌てて豊に駆け寄り豊が抱え上げているヌイも一緒に豊を抱きしめる。


「何を馬鹿なことを言っているんだ。豊は俺の家族だ。どこにも行かせねーぞ。勝手に一人で決めるなよ。独り立ちはもっと先だ。何だ。また遠慮してるのか?子供が遠慮するもんじゃない」

 境の中ですでに大きな存在になっていた豊はそんな簡単に手放せる存在ではなくなっていた。


「そうよ!何だか分からないけど何処に行くって言うの?ユタ君が行くなら私は止めないでも止めないけど絶対、ついて行ってやるんだから」

 未羅は境に抱きしめられている豊の左手をギュッと握った。

 

 二人の反応に困った豊は何とか二人から逃れようと抵抗するも全然離そうとはしない二人に目線を合わせ空いた方の右手で自分の涙を拭う。


「ありがとう、ごめん、分かった。ちゃんと説明するからちょっと離れてくれるかな?嬉しいけどヌイが苦しそうだよ」


 豊は照れ臭そうに笑みをこぼした後、どう説明したら良いものかと苦笑いをこぼした。

「信じてもらえないだろうけど……」

 その言葉から始まり豊は自分が生まれる前の記憶を先ほど取り戻し、自分の立場や自分のやらなくてはならない事、またそれは自分しかできないという事を説明した。

 豊が上手く説明できない部分はヌイがサポートし、未羅、境はそれぞれ難しい顔をしているが二人とも豊が言っていることは理解した。


「分かった。納得したくないけど、ユタ君がこんな嘘つくとも思えないし、ユタ君が植物や動物にあんなに好かれたり、ユタ君の周りは何か空気が清々しい事も納得がいく。だけど私の気持ちは変わらない。私はユタ君について行く」

 未羅は絶対、意見は曲げない。

 そう強い意志を持ち豊の目を見つめた。


「子供、二人で何ができるって言うんだ!俺もついて行くぞ」

 そう豊を見つめながら境も未羅に続いて言った。

「二人とも落ち着いて」

 豊はベッドに腰かけ膝にはヌイを乗せたままもう一度二人の目を見て何とか説得しようと考えた。


「未羅、上村さんはどうするの? 一人にしちゃうよ? 境、先生の仕事や他の仕事はどうするつもり?境を必要としている人がココには沢山居るんだ」

 豊はゆっくりと二人の目を見て説得する。

「僕は大丈夫。今まで一人だったんだ。これからだって変わらないさ」

 豊は少し寂しそうに笑った。

『一人じゃありません私がおります』

 そうヌイが口を挟む。

「そうだな」

 優しい手つきでヌイを撫でながら豊はもう一度二人に目線を合わせた。


「嫌よ、その黄色い石。私のなんだから。私のお守りなんだから。私にはついていく権利がある。上村さんにはトムさんも居るし、とにかく私はもう行くって決めたの!」

 未羅は前のめりになりながら豊に詰め寄った。


「それを言うんだったら俺の赤い石だって俺のだ。なら俺だって行く権利があるだろう?仕事は選ばなければいくらでもある。ココには大事なやつは大勢いるが皆、ここで待っててくれる。それに、家族は一緒に居なきゃ駄目だろう? 」

 そう境は言った後、優しく笑い豊の頭を優しく撫でた。

「ねえ、一緒に行こう?」

 未羅から一粒涙が落ちその水滴が天使の書の黄色い石に吸い込まれた時、先ほどと同じく黄色い石も強い光を放ち天使の書の別のページが開かれ、豊の鉛筆で書かれた文字を透けるように金色に『狐神』の文字が現れ本からヌイよりちょっと大きめの綺麗な毛並みの狐が現れた。

 

 豊は先程天使の書が開かれていた部分から呪文のようなものを唱えると、身体の大きさは変わらないが尻尾が5本生えた狐のようなものに変化した。

 狐の両耳の間の真ん中にも小さな角が生えていて目は狐の様に少し細いが、細い瞼の隙間から黄色い眼球が丸く見えていた。

 毛の色は金に近い茶色い毛をしていた。

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