第12話
豊は目を覚ますといつものベッドの上に寝かされていた。
心配そうに境、未羅、上村の三人が周りをうろうろしていて豊が目を覚ますのを見て、顔を覗き込み目を輝かせ息をついた。
「良かった、もう死んじゃったかと思った」
未羅はそう告げると豊の手を握り締めていたことを自覚し、恥ずかしくなって顔を赤くし手を離した。
「具合はどうだい今、スープを持ってくるからね」
豊が目覚めて安心した上村は食べ物を取りに部屋を出て行った。
「死んじまったかと思ったぞ、息はあるが中々目覚めねーし、だけどなんかすっきりした顔してんな」
境は豊の顔色を見て安心したように頬を緩ませそっと頭を撫でた。
記憶を取り戻した豊には前世からの使命を果たす必要があると思い出してしまった。
本当はできれば忘れたままにしておきたい豊だった。
今、この温かい日々は豊にとってやっと手に入れた幸福だった。
あの頃のこの星を救いたいという気持ちがなくなってしまった訳ではないが、それ以上に今の幸せが境や未羅、上村と居られる事の些細な幸せが豊の中で、とても大きなモノになってしまっていた。
豊の眠っていた場所の横に置いてあった天使の書が淡く光った。
『お前は今、幸せかもしれない。だが、以前のお前の様に苦しんでいる人々が今この現在も増え続けておるんじゃ、それでも良いのか? 』
天使の書が豊の頭の中に語りかけてくる。
他の者には聞こえていない様だった。
分かってるよ。
でもなんでそれが僕なの?
やっと、ずっと一人で生きてきて、やっとできた家族なのに。
豊の苦悩した表情を不審に思った境が眉を潜ませた。
「どうした?やっぱり何所か具合が悪いのか? 」
境達と離れたくないと思ってしまった豊の目元には涙が少しずつこぼれていた。
境は心配そうに豊を覗き込む。
豊の涙が豊の膝の上に置いてあった天使の書の表の穴三つにはまっているうちの一つ青い石に吸い込まれるように落ちた。
その時だった。
天使の書の表紙にある青い石が大きく光り、突然突風が吹きすごい勢いで勝手にページが何枚もめくられた。
そしてあるページが開いた所でピタッと止まった。
未羅と境もその様子を見てびっくりして大きく口が開く。
豊が日記の様に思いを書いていた文字が薄まり、光る様に黄金の文字で『狗神』という字が浮かび上がり文字が本から動くように飛び出てきて大きな白い老犬の姿に変化した。
それはかつて豊が境に逢う日の前の晩、大雨の中助けた老犬であった。
豊はびっくりしたように目を見開き悟ったかのように優しく笑いそっと老犬の頭を左手で撫でる。
「生きていて良かった。そうか、お前が」
豊はもう一度老犬の頭を左手で撫でると右手で天使の書を持ち先ほどの金色の文字、狗神のページに目を通し頭の中に過去の記憶が流れ込んできた。
豊は境や未羅には意味が分からない呪文のようなものを唱え始めた。
声がかけられない独特の空気に未羅と境は言葉を失っていた。
境は驚きのあまり後ろにこけて腰を抜かすほど驚き、未羅は逆に目を見開き興味津々に豊の作業を眺めていた。
ちなみに上村は隣の部屋に行ったものの何かの力が働いて隣の部屋のソファーで眠らされてしまっていたが、三人は気づいていなかった。
豊の唱えた呪文と同時に老犬が変化した。
尻尾が三つあり右目は青く左目が金色、表情に愛嬌があり首には赤い紐が緩く巻いてある小柄の白い若い犬の様なものに。
その犬の両耳の横には小さな角が生えている様だった。
『リイ様お久しぶりです。その節は私と分からなかったでしょうに助けて頂きありがとうございます』
その白い犬のようなものは豊にお辞儀をしながら声を発した。
心の奥に語りかけられる様な声で。
未羅と境にも聞こえ二人の表情は更にびっくりして固まっていた。
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