第10話


 次の日は快晴。今日も頑張って働こうと部屋を出てリビングに向かった豊の目の前にはリビングで大勢の猫にミルクを与えている境の姿が映った。

「あっ、えっと、猫、僕、勝手に連れ込んじゃってて、一匹しか布団には入れてなかったのに気が付いたらこんなに……」

 戸惑いながら言い訳する豊に境が手招いた。

「育てる奴が増えたら働き甲斐があるってもんだ。まあ金持ちじゃねーからあんまり多いと困るがな」

 そう言いながらもニコニコ顔の境には説得力がなかった。

「僕も働くよ! 」

 真剣な顔の豊の頭を撫でながら境は言った。

「もちろん働いてもらうさ。だけど子供らしいことをすることも時には勉強だ。今日は連れて行きたい所があるんだ。」

 にやりとワンパク坊主のように笑う境にちょっと怖いと思う豊であった。




「ユタ君、境先生、遅い!待ちくたびれて迎えに来ちゃったよ」

 家の前から聞こえてくる未羅の声に二人は目配せをし、朝食をかっ込み用意を急いだ。

 男共は皆、女性には弱かった。

 豊の準備はすぐ終わった。持っている服も少なく選ぶ時間もいらない。

 今日は学校ではない為、教科書も必要ない。

 リュックサックの中には本が一冊。

 本の内容は豊の悔しかった事など色々な思いが連なった日記のようなもの。

 本の見た目は変わっており下部分に穴が三つ空いている。

 他には鉛筆。ズボンのポケットにはお守りの青い石のみ。今日も石は青く淡い光を放っていた。


 玄関から男二人が出た時には待ちくたびれた未羅と、少々小太りの中年女性の上村が居た。

 この前の豊の家出騒動の後に聞いた話だが未羅は上村の家に居候している。もちろん血は繋がっていない。あの日、境の家に泊まっていたのは泣いている豊を慰めようと未羅は必死だったのだろう。



「私、大きくなったらこの町出てお母さんとお父さんを探すの、もっともっといっぱい勉強して知恵を身に着けて旅をするの」

 そう未羅は言っていた。




 僕にも何処かにいるのかな? お父さんとお母さん。



 

「豊!早く来ね―と置いてくぞ」

 境の声に我に返り、慌てて、未羅と境と上村の三人を追う豊だった。


 今日はかなりの距離を四人で歩いた。

 境はクーラーボックスや大きなリュックサックと大荷物を持っていたが一番前を歩き、歩き難い地面の足場を作ってくれる様に草をかき分けてくれる為、道はかなり歩きやすくなっていた。

 夕べ雨が降ったのか草木に雨粒が光っており木々の隙間から見える青空も皆の気分を向上させた。

 境は鼻歌を歌い、未羅は途中にあまり見かけない蕾が開きかけている花に目が奪われていた。

 豊は機嫌が良い前の二人を見て自分の気分も上がっていくことを実感していた。

 その時、豊は自分の前を歩いていた上村の足取りが遅くなりいつの間にか自分が追い抜いてしまったことに気が付いた。

「ちょっと待って疲れたから休憩したい」

 豊の声に振り返った境も上村の顔色が少し赤くなっていることに気が付いた。

「そうだな、今日は女性が二人も居るしな。その岩場で休憩しよう」

 四人は岩場の陰に寄りかかりながら境が持っていた水筒から交互にお茶をもらいせんべいのお菓子が入った小さい子袋の一つを分け合い休憩を取る事にした。

「昨夜は雨が降ったみたいだけど晴れて良かったわね」

 そう笑顔で言う上村の顔色も戻ったように見えた。

「そうだね。ところで今日はどこに行くの?」

 少し安心した豊は疑問に思っていたことを上村にたずねた。

「うふふ、内緒よ」

 そう言いながら笑う上村はちょっとお茶目で優しくて暖かくて本当の母親みたいで豊には眩しく見えた。

「まあ変な所じゃねーよ」

 ぶっきらぼうに言う境に豊も安心したように頷いた。

「ユタ君お茶どうぞ、もうちょっと歩くみたいだから水分補給をしっかりしないとね」

 未羅の笑顔に豊の疲れも吹っ飛び鼓動が熱くなった。

「ありがとう」

 豊はお茶を受け取りながらお礼を言った。

 しかし何だか気恥ずかしく目が合わせることができずにお礼のみ言う豊に不思議そうに首をかしげる未羅であった。




 緑の多いこの空間は、爽やかな風もあり、居るだけで癒されるような感覚になる気がした。

 それからは境も足取りを加減しゆっくりと目的地まで歩いた。

 森の奥には透き通った水の川縁と、奥には滝も流れていた。

 丁度、滝に小さな虹がかかっており幻想的な空間が広がっていた。




 世界は広いな、僕の中ではあの場所だけが僕の世界だった。あの場所を抜けるとこんな綺麗な空間もこの世にはあるんだな。




 


 豊は自然という美しいものに目が離せないでいた。

 最近心が落ち着いているからか見るもの見るものが豊の目には素晴らしく美しいものに映っていた。

「ユタ君、何ぼーっとしているの、はいコレ」

 そう未羅は言い豊に境が作ったお手製の釣り竿を渡された。

 未羅自身のものも未羅は持っており、良い座り場所を見つけた未羅はもう釣りを始めていた。

 上村は火をおこし飯盒の準備。トロそうに見える上村だったがテキパキと火を起こしている。

 境に至ってはお手製の槍で直接魚を取っておりもう数匹がバケツに入っている様子だった。

 豊も慌てて後れを取らないよう未羅の隣に行く。

「ありがとう」

 先ほどの返事をしてなかったのを思い出し慌てて返事をした豊も初めての釣りに戸惑っていた。

「未羅ちゃん釣りってどうやってやるの?僕、恥ずかしいんだけど初めてなんだ。餌をつけるんだよね? 餌ってどれを使うの? 」

 豊の言葉に未羅は竿を横に置き未羅と豊の間にあった大きな石をひっくり返した。

「コレをつけるのよ」

 石の裏には芋虫をどうかした様な気持ち悪い虫が沢山いて思わず豊は声を出してのけぞった。


 先ほどから恥ずかしい所ばかり見せている気がして豊は耳まで赤くなっていた。 


 モソモソと動く虫達の見た目と感触が気持ち悪いと顔をしかめる豊だったが平気な顔で未羅が虫を掴んでいるのを見て躊躇しながらも作業を再開した。

 


 未羅は小さな魚が何匹か釣れている様だった。ココに来るのも初めてではないのであろう。

 

 豊は数時間後やっとの思いで小さいのが一匹釣れた。

 しかし釣り上げた時、魚と目が合ってしまい心が痛み結局、逃がしてしまった。

  



 僕に釣りは向いてない。




「そろそろご飯にしましょう」

 境の釣った魚も焼き、支度を終えた上村が豊と未羅に声をかけた。

 境はちゃっかり席についていた。皆で「いただきます」と声をそろえて言った後、お喋りをしながら三人は魚が刺さった太い串を手に取り食べ始めた。

「おいしい」

 思わずつぶやいたのは豊だ。

 焼きたての魚はほくほくしていて美味しく、豊はむしゃぶりつく様に食べた。



 ゴミ捨て場から拾って来たものとは段違いの美味しさだ。



 一緒に、大事に思っている人達と食べると、こんなにも美味しいものなんだと、豊の箸はいつも以上に進み、それを三人は笑顔で見つめていた。

 

 腹ごしらえが済み三人は一休みし、上村は片づけをしていた。

 上村の行動を見ていた豊と未羅は手伝おうと立ち上がったその時、滝の向こうから上がってきた夕日が見えた。


 あまりの美しさに四人とも動きが止まりぼんやりと夕日を眺めていたその時、豊のズボンのポケットと未羅のポシェット、境の上着のポケットが強い光を放った。

 

 三つの光は豊からは青、未羅からは黄色、境からは赤色の光線が豊のリュックサックに向って光っていた。また豊のリュックも淡くだが光を放っていた。

 

 三人は不審に思い光の下であるものを取り出した。

 

 それは豊の青い石、未羅の黄色い石、境の上着のポケットから出てきたのは豊と未羅の持っている石と似通っている赤い石だった。

 境の持っている石だけ少し渋みかかった色だった。

「何これ! 」

 未羅の言葉と同時に他の3人も驚き表情が固まった。

 

「ユタ君のリュックサックに向かって伸びてるみたいだけど」

 未羅が自分の持っている黄色い石の光の方向を指さした。


 豊は自分のリュックサックの口を開いて中を見てみると、いつも持ち歩いている日記変わりにしているハードカバーの穴が三つ空いた本が淡く光っているのを目にし、ゆっくりと本を取り出した。

「豊、それは一体」

 境のびっくりした声に豊も、訳が分からず答えられずにいた。

 その時、三つの石が意思を持ったかのように三人の手から飛出し、淡く光る本の穴めがけて動き出し三つの石がぴったりと本の穴に収まった。その時、本の表紙に『天使の書』と文字が浮かび上がる。



「うわ―――――っ! 」



 目を見開き大きな叫び声を上げた豊の額が緑色に強く光り豊以外の三人が驚愕に包まれたと思ったら豊は意識を失い倒れてしまった。 




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