第9話


「ユタ君、眠ってるの?」

 机の上の広げた本に顔を伏せていた豊は未羅の声に朦朧とした中意識を取り戻そうとした。

 いつの間にか眠っていたらしい、自分の頬が濡れていることに気付く。




 泣いてた。

 恥ずかしい……。




 豊は出ていた涙を欠伸の様に見せかけて腕で拭き未羅と目線を合わせた。

 窓の外はもう日が昇って来ていた。


「あ、ああ未羅ちゃん。起きた?」




~今ある幸せを当り前だと思わないで下さい


 寝る場所 食べられる事 笑える事

 それを当り前に持てる事がどんなに尊くてどんなに幸せか

 

 偉そうに言える立場じゃない僕がこんな事を言うべきではないが

 

 当り前な事を当り前にできない者が多く居る


 この世の中で


 今ある幸せを大事にして欲しい

 

 地面に這いつくばって生活していたあの頃

 食べられる雑草を見つけた時

 次の日も生きていけると思った

 笑い方なんて忘れてしまった

 

 たまに見かける親子連れに

 見た事のない自分の親を恨んだ


 どうせ死ぬなら

 僕も連れて行ってほしかった~


 




 昔の事を思い出していたら書きながら眠ってしまったらしい。

 

 本に挟んでいた昔書いた詩の紙切れが目に入った。

 それを眺めながら昔はこんなに簡単には眠れなかったのに。


「ユタ君、ちょっと外に出れる?」

 未羅は携帯を見ながら目線をこちらに向けた。

 

 現在、携帯電話の普及が進み、電波は何処にいても繋がる無料Wi―Fiが普通の世の中であった。

 それにより貧乏人も携帯電話を持つことが出来た。


 豊はもちろん持っていなかったが。

 神妙な表情の未羅に少し不安になりながらも豊は未羅の後ろをついて家の入口まで歩いた。

 玄関まで向かう豊は途中の部屋の中の状態に目を奪われた。

 今日は帰ってから疲れていたからすぐ眠ってしまった。



 目が覚めて未羅が同じベッド上で隣にいる事に驚きながら起こさない様ゆっくり起き上がり、自分の机に座って本を見ていた豊だったが、境も仕事で疲れていたのか、食材はちゃんとしまわれていたものの他の境の仕事道具などあらゆるところに散乱していた。


 荷物を置いた後、慌てて豊を探し回っていてくれた事が分かる部屋の惨状だった。

 よっぽど疲れたのか境はまだ寝床で眠っている様だ。

 嬉しいのと罪悪感にさいなまれる豊であった。



 扉を開けると家の前にはヤブという名の少年が立っていた。

 

 最後に会ったのは境が豊のせいで嫌な思いをしていると叫ばれた時だった事もあり、戸惑いを隠せない豊だった。

 


 目を合わせたヤブと豊はすぐお互いにそらしてしまった。

 しばらく沈黙が続く。

 

 

 豊の手は汗でびっしょり濡れてしまっておりヤブも眉間に皺を寄せながら右手で自分の太腿を落ち着かない様にかきむしっていた。

 

 それを後ろから呆れたように見ていた未羅が外に出てヤブの後ろに回り背中を大きく叩いた。

「もう! 何しに来たのよ! 」


 未羅に活を入れられヤブもようやく緊張の糸が解れた様だ。


「今日は言い過ぎた。ごめん。」

 まず一番にそう言ったヤブは大きく頭を下げた。

 直角と言っても良いほど綺麗なお辞儀だ。

 そして、勢いが付いたという様に一気に喋り出した。

「俺、境先生は皆に優しかったのになんかお前に対してだけ違う気がして悔しかった。こいつの事もありがとう」

 ヤブの豊に対する謝罪の途中、ヤブの後ろからヤブに擦り寄る様に白い大きな猫が顔を出した。

 また何か言われると構えていた豊だったが、まさかの謝罪に驚き思わず口を開けた。

 

 意識を何とか元に戻し、ヤブと目線を合わせた。 

「良いんだ。教えてくれてありがとう。境、いや境先生に迷惑かけないよう、僕も働くよ」


 昨日、泥まみれだった猫が綺麗になっている事に気が付いた豊は思わず笑顔を漏らすが謝罪を言われ、やはり少し恥ずかしく、どう答えて良いか分からず少しぶっきらぼうに答えた。

「そう言うこと言いたいんじゃなくてだな。とにかく俺のやきもちだよ! 悪かったよ、ん! 」

 恥ずかしいのか顔を真っ赤にさせて右手を豊の目の前に開いた状態で出し怒鳴るヤブに思わず笑みが漏れる豊であるが何を求められているか分からず困ったように眉を潜ます。

「だから、ん! 握手だよ。未、未羅がうるせーんだ。恥ずかしいから早くしろ。」

 再びヤブは握手を求めるように豊の前に手を伸ばす。




 握手。落ちてた漫画本で見たことある。実際したことはなかったけど……。




 豊は恐る恐るヤブの手の平を優しく握った。

 それを見た未羅は満足そうに笑う。

「これで仲直りだね」

 えらいえらいと二人の頭を交互に撫で満足げだった。

 

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