第7話
【豊 視点】
その時、豊の居た所の道をはさんだ場所のゴミ箱に何かがぶつかった音がした。
豊は生きてく為、危ない者から逃れる為、人一倍気配には敏感だった。
慌てて振り返ると、ぼさぼさで目を隠すほどの長い毛が生えた、大きい、なのにやせ細った生き物がいた。
猫? にしちゃあちょっと大きいかな?でも見かけは猫だ。
あれ? 目がこの暗闇なのに光ってない。
長い毛で、隠れているのだろうか?
なんかぼさぼさで飼い主も居ないみたいだし僕みたいだ。
「おいで」
呟いていた。
猫の耳がぴくぴくと動く。
警戒しながらも引き寄せられるように近づき、豊の胸に突進してきた。
こいつ目が見えてない?
ペロッと豊の涙まみれの顔を舐める。
ザラっとした猫の舌。
くすぐったい。
豊の泥にまみれた顔も奇麗に舐めてくれる。
慰めてくれているみたいだ。
猫の長い毛の隙間から、開いているか開いてないかの細い眼が見えた。
こりゃ見えない訳だ。
猫の目には目ヤニが、びっしりと隙間なしに付いていた。
どうしよう、とりあえずこの目ヤニを取ってあげないと、人間だと目薬っていうのがあるんだよな。だけどここにはないし、綺麗な水で洗えばちょっとは違うかな。
この木にはちょっとした秘密がある。
木の目の前に大きな岩があって、その岩でちょうど隠れているけど、豊が入れるくらいの大きさのウロがある。
ウロの中は奥につながっていて空洞になっている。中に入っていけそうだけど出て来れなくなりそうなので入ったことは無い。
だけどその入り口部分に出っ張りがあって、上からそこに濾過されたかのような飲めるくらい綺麗な水が、少しづつだけど垂れている。豊がここを去る前に(と言っても、まだ何日か前のことなんだよな)置いていた水をためる容器にちょうど、いつもよりもたっぷり水がたまっていた。
豊はズボンのポケットから丸まった布を取り出した。
何かに役に立つかもと拾っておいたものだ。
豊はそれを軽く水で洗い、猫の目元を優しく拭いた。
猫も抵抗せずに大人しくしている。
猫の目がゆっくり開いた。
何回も瞬きをする猫。
ちゃんと見える事にまだ慣れないみたいだ。
猫は青い目をしていた。
引きこまれる様な綺麗な青だった。
大きく目を見開き僕に焦点を合わせると、顔を擦り寄せてきた。
「くすぐったいよ、見えるか?良かったな。お前温かいな。」
豊は猫をギューっと抱きしめると、あまりに心地よくて、一緒に眠った。
いろんな思いを忘れてしまうかのように。
「いた、ユタ君いたよ」
木の根元に横になって眠っていたら意識の片隅に未羅の声がした。
もう辺りは真っ暗で眠っていた豊は聞こえてきた少し懐かしい声にゆっくりと目を開けた。
そう言っても今朝まで聞いていた声だが、夢の中だろうか?
やけにリアルだ。
息を切らした様な境の息使いも未羅の後から聞こえてきた。
境の大きな胸板に豊は顔を押し付けられた。
夢じゃない。
抱きしめられている。
鬚が刺さって痛い。
「馬鹿か、どれだけ心配したと思ってる。」
境の怒鳴り声が大木の枝を揺らすぐらい響く。
探しに来てくれたの? 見ず知らずのこんな僕の為に?
声を聞くとやっぱり迷惑かけているのに、安心したのと嬉しかったのといろんな感情が溢れてきて、豊の目から涙がぼろぼろこぼれ落ちた。
「あっ境が泣かした。いけないんだ」
未羅の声に、境の恐い顔が困った顔に変わった。
「どうしてこんなことしたんだ」
答えられない。
優しい境には迷惑じゃないと言われるだろう。
迷惑じゃ無い訳ないに決まっている。
「まあ、いきさつは未羅に聞いたんだけどな、あのさ、俺、働き口増やしたのも、お前をつれてきたのも好きでした事だ。お前の為にやってんじゃない。俺がそうしたいんだ」
境は小さくため息をつき僕の頭を撫でる。
「なんでそこまでって思うかもしれない。俺も人、嫌いだったんだ。俺も親が居ない。家族が居ない。なんかお前の目、俺に似てる」
何も言わない豊に境は焦れたように、抱きしめる。
「とにかく、俺にはお前が必要なんだよ」
境の声が心に響く。
必要。
そんな事言われたことがない。
豊が境の顔を見た。
汗まみれだ、確かに隈もある。
「僕」
嗚咽交じりで上手く言えない。
なんだか女々しい奴みたいで自分が嫌だけど、ちゃんと自分の気持ちを言いたかった。
「僕、嬉しかった。見ず知らずの、僕に優しくしてくれて。今まで一人で生きていくことが当たり前だった僕に」
豊はなんとか涙を止めようと下を向いた。
境は正面から気持ちを言われこいつはこんなに喋れたのかと内心驚いていた。
「だけど、こんなに良くしてくれた貴方達にこれ以上、迷惑かけたくない。僕は一人でも生きていける」
何とか涙をひっこめた豊はそれでも大人ぶっていても内心は子供だった。
本当は甘えたかった。誰かと一緒に過ごすあの空間に戻りたかった。
「一人で生きていけるやつなんていない。人は支え合って生きてくもんだ」
豊は引っ込めた涙が再び溢れてしまいそうになり顔を見られない様に下を向いた。
我慢して身体が微かに震えている豊に、泣いていることが境にはバレバレだった。
境はしゃがみ、覗き込み豊と目線が合う。
境は強面であるその顔をすべて隠せる様な優しい笑顔で豊に笑いかけた。
優しく大きい指で豊の涙を拭いながら境は言った。
「俺もお前の支えが必要なんだ」
大きな手で背中を撫でられ豊の涙腺は壊れ涙が溢れ出した。
僕、甘えてもいいの?
一人じゃなくてもいいの?
一緒に居てもいいの?
言いたいことはいっぱいあるのに上手く言えない。
「にゃー」
岩の裏に隠れていた猫が飛び出してきて豊の足元にすりよった。
「あー、フィガー」
未羅が目を丸くしてそう叫び、猫を抱きしめた。
「なんでここにいるの?ここん所見ないと思ったら……。ヤブが、ずいぶん探してたんだぞ」
こらっと未羅は優しく猫の鼻をちょっと押した。
「帰る場所あったんだな。良かったな」
猫の頭を撫でながら豊は少し寂しくなった。
「お前もあるだろう」
境はそう言い、グシャグシャっと、乱暴に豊の頭を撫でて、
「帰るぞ。もう俺は眠たい。」
と大あくびをした。
立ち上がらない豊を見て、境が荷物を抱えるように豊を持ち上げた。
こんな格好、嫌だ。
豊はバタバタ暴れ、なんとか下ろしてもらい、立ち上がった。
豊の涙はすっかり乾き、心も温かくなった。
猫(どうも名前はフィガ―らしい)を抱っこした未羅と境が並んで歩く、その後ろを豊が歩く。
「ありがとう」
豊は小さな声で呟いた。
僕は一人。そう言っていたのは昨日までの話。
家族が出来た。
境の顔、未羅の顔、フィガーの顔、通りの窓ガラスに映る僕の顔。
皆の顔が笑ってて僕もつられて笑ってて、明るい明日が見えた気がした。
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