第6話
【境 視点】
豊、上村さんがあの少年に名前をつけてくれた。やはり名前がないのは困る。
年齢も分からない。
本当にどんな生活をしてきたのだろう想像がつかない。
よくここまで生きてこれたものだ。
心に深い傷を負っている様に見える。
豊の心を俺達が癒す事ができるだろうか。
俺はまだあの子の心から笑った顔を見た事がない。
この時、村に少しだけだけど変化が訪れていた。
変化といってもほんの少しだ。
花がいつもより多く咲いたり、作物が多く茂ったり、木々も元気そうに見えたり、全然見かけなかった、動物達が姿を見せるようになったり。
その程度なのだけど、そんな村の変化に気づいていない境ではなかった。
なにより自分がうきうきしている。
笑う事がなくても、ちょっとした事で表情が明るくなっている、目が優しくなったりしていく豊を見て、懐かない猫がちょっとづつ心を開いている様で、嬉しかったのだろう。
今朝の事だ。
猫の鳴き声がうるさいと目を覚ます境はあることに気が付いた。
豊の布団がやけに膨らんでるとそう思った。
境は不審に思い、豊の布団をひっぺがえし叫んだ。
「なんじゃこりゃー」
不細工から可愛いのまで、小さいのから大きいのまで猫の大群が豊にくっつき眠っていた。
目を覚ました数匹が泣いていたようだ。
朝、目を覚ました豊は、あれ、いつのまに?なんてのんびり言っていた。
連れ込んだのは一匹だったらしい。
という事は猫が猫を呼んだということか。
と、そんな事を思い返しながら、境はにやにや顔で家に向かっていた。
豊が待っているであろう、家に。
腕には二人で食べる食材と、今朝の猫達のミルクをいっぱい抱えていた。
また仕事、増やすかな……。
それより割りの良い仕事を増やした方が良いかな。
調査は割が良いけど……でもなー。
思い返して境は小さくため息を吐く。
荷物が落ちそうになり慌てて持ち直し帰路を急ぐ、豊の反応を想像し、にやける境に、蛙が汗を流し、道を譲った。
そんな時、横からすごい勢いで未羅が駆けてきた。
あまりにすごい速さなのだろう砂埃が立っている。というのは言いすぎだろう。
だがそう言ってもいいようなすごい形相の未羅だ。
「どした?そんなに走って、転ぶぞ? 転んだらレディーの顔が台無しだぞ? 」
境の声も届いていないそんな様子の未羅であった。
「なんか、あったのか? 」
眉を寄せた境は慌てて荷物を家に置いた後、後ろから未羅を追いかけた。
未羅は思ったよりも足が早く追いつけない境だったが、さすがの未羅も大人の足にはかなわない。
何とか未羅の手を掴んだ境に未羅も足を止めたがどうにも足が止まらないという感じでジタバタ動かす。
「どした? 何があったんだ」
未羅も慌てすぎて何て言ったら良いか分からず言葉に詰まる。
「ユタ君、出て行っちゃったの! 」
その言葉に驚く境だが理由が分からず頬けた顔をしていた。
「何でだ? 出て行く理由がないべ? そんなそぶりもなかったし。嘘だろ? 」
中々信じようとしない境に今度は未羅が太い境の腕を引っ張る。
「良く考えたら私、ユタ君が行った場所、分かんない。心当たり無い? 境? 」
しばらく考え込み境が言葉を発した。
「あいつの居場所は家しかねえ、それ以外と言えば俺があいつを見つけたあの場所か? 」
境の言葉に未羅の顔が明るくなった。
「よし、行こう! 境、案内よろしく! 」
未羅が駆けだしたのを境は慌てて追いかける。
「遠いんだぞ? 本当に出て行ったのか? 理由は? 」
境の言葉に走りながら未羅が振り返る。
「走りながら話す、急いで! 」
未羅に促されながら境も足を動かした。
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