第5話

 随分歩いた。

 考え事をしながら歩いていた割にはちゃんと目的地にたどり着いた様だ。

 懐かしい、あの生ゴミのつんとした嫌なにおいが漂ってきた。

 だけど、僕にはお似合いだ、そう豊は思った

 まだそんなに長く離れていたわけではない、情景もあまり変わっていなかった。

 寂れたビルが並ぶいつもの風景、汚れた空気。

 変わった事と言えば斜め横にいたホームレスの小母さんが居なくなった様な気がした。

 良い意味で居なくなったのなら良いが嫌な想像しか浮かばなかった。






「クソ坊主、生きてたんだな、なんか食いもんあったらよこせよ」




 ホームレスのおじさんのお決まりの挨拶。

 あの頃と変わらない。




 豊の場所、大きな枯れ木は誰にも取られてなかった。

 待っていたかの様にぽつんと立っている。

 豊が少し、いなかったからか中は少しだけ荒らされていた。だけど住めないほどではなかった。

 枯れ木は大きく前と変わらない様にも見えたが寂しそうに見えた。

 豊はゆっくり近寄り、そっと触った。




 やっぱり暖かい。




 あの、ほら穴の横にあった青々と茂った大きい木ほどじゃないけど、豊の冷たくなった心には温かかった。




 ただいま。




 豊が大木に呟くと枯れているのに枝が揺れた気がした。




 おかえり、そう言われた気がした。

 なんだか目から水が溢れてきた。

 これが涙というものか、泣くということか。

 今までどんな辛い事があっても泣いた事はなかった。

 泣くなんて感情、なかった。

 こんな気持ち、幸せなんて気持ち、知りたくなかった。

 僕の涙が木の根っこに流れ、なんだろう、気のせいだろうか、また少し木が温かくなった気がする。

 今日からここがまた僕の家だ。







【境 視点】7日前。





 俺の世界は色がない。




 大男が今日もゆっくり周りを見渡しながら歩いている。




 ここは本当ひどい。

 見るに堪えない。

 匂いもすごい。




 大男の名前は境、見るからに強面で周りも避けて通る。

 仕事のしすぎで少々疲れているからか年齢以上に年に見える事を本人も気にしている。

 白髪も気にしすぎな性格なのなのもあり、神経から来ているのだろうがぽつぽつと生えている。

 境は色々な仕事をしていた。

 そのうちの一つで、この町の状態を調査し隣町まで届けるという仕事があった。




 この町は本当に酷いものだ。

 皆もう生気がない。

 死んだ目をしている。

 まあ俺もあいつらと出会う前はそうだったかもしれないな。




 境は思い出すように小さく笑った。


 昨夜の酷い豪雨の所為かボロボロの町が更に見るに堪えなくなっていた。




 この橋ももう危ねーな。




 境は土の状態と木材の腐り具合、コンクリートのひび割れ状態を報告書に書き込む。

 細かい所まで見るのはかなりの労働だった。

 人数が居ればそう大した仕事でもないのだろう。だがこの町には皆、なかなか来たがらない。よって調査人が不足していた。

 見放された地ではあったがこのままではいけないと、そう考える人たちも中にはいたのだ。


 境には仲間がいた。




 血のつながりは無いが家族の様なものだ。

 彼らを守るためなら辛い仕事も辛くなかった。

 汚い仕事も嫌じゃなかった。

 自分には丁度いいと思っているぐらいだ。

 人を傷つける以外の仕事はなんでもやった。




 だが、こんな見かけでも、心優しい境には、辛い仕事はいくつかあった。

 この調査もその一つだった。

 苦しんでいる人の姿は見るに堪えない。

 この日も久々の調査日、朝から町中を歩き回っていた。

 今日は特にぬかるみも多く歩くだけでも一苦労だ。

 この町も隅々まで歩いていたが、来たことない所があったようだ。ふと違和感のある一角に目線が止まった。




 こんな大きな木、この町中には不自然だな。

 ここは水も土も悪い。

 元は綺麗な木だっただろうに枯れちまってる。




 近くで見ようと近寄ると、足が固まった。

 その木の根元に、すごい目で睨む少年が居た。




 酷い恰好だ、服も顔も泥にまみれて真っ黒。

 まだ幼い。

 綺麗な水色の瞳が印象的だ。

 捨て子か?家出か?

 それにしては、ここに随分居ついてる様子だ。

 屋根代わりに枝と枝の間に、布まで巻いてある。上手くしたもんだ、雨の時、布だけだと染みて濡れるだろうに、上手く、どこかで折ったのかひろったのかした枝を何本かを組んで積み上げている。水を伝わせ、濡れないようにしているのだろう。


 周りの人間を信じることができない、そんな目をした少年。

 笑顔も全然心から笑っていない。

 上辺だけの笑い。

 何だか昔の自分を見ているようだ。




 気がつくと境は少年に声をかけていた。

 この、のちに豊と名のつく少年。

 この時、豊は恐怖に怯えていたのに、境は全然気づいてなかった。



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