第4話

 畑までの道のりを歩きながら皆へ何ができるだろうと考えていた豊は、今までより随分軽い足取りだ。

 隣にはもちろん、境と未羅。

 未羅とも少しずつだけど、話をするようになった。

 表情も明るく子供らしい表情も浮かべるようになった。

「ユタ君、今日お仕事ちょっと早めに終わらせてもらって、学校早めに行きましょう」

 ユタ君というのは豊の事、豊って言いにくいと未羅がつけた呼び名。

 未羅は育った環境もあるのか、本当に大人びた喋りをする。

 豊は不思議そうに首を傾げるが、

「分かった、トムさんに言ってみる」

 そう呟いた。

「何だ?二人で内緒話か?俺も混ぜろ」

 境が拗ねたように口を尖らせ割り込んでくる。

 小さい葉っぱを、さらに小さく千切る。

 これじゃーどちらが子供だろう。

 クスクス笑う未羅。

「おじさんには内緒」

 ねー、と色っぽく、豊にウインクする。




 女の子と接する機会があまりなかったから、こういうちょっとの行動もドギマギしてしまう。




「まあいい、危ない事はするんじゃねーぞ」

「はーい」

 声を揃える二人にニコニコ顔の境だった。


 未羅に言われたとおり今日は早めに仕事を終わらせ、今、二人は学校に向かう途中だった。

 入口に向かおうとすると、未羅が豊の手を引いた。

「ちょっと見せたいものがあるの、来て」

 未羅は急かすように豊の手を引張り学校の裏手の方に向かう。

 そこはちょっとしたアジトの様な不思議な雰囲気。

 小さなほら穴とその横に守り神の様な大きな木があった。

 その木は大きさといい、雰囲気といい、豊の前の寝床に似ていた。

 こちらの木の方がまだまだ元気で青々としているが……。

 何だか懐かしくて引き寄せられるように豊は木に触れた。




 なんだこれ。

 びっくりした。

 僕の寝床にしていた木もなんだか温かい気がしたけど、これは比べ物にならない、人肌の様に暖かい。

 なんだか心が癒される気さえしてしまう。




「ユタ君何してるの?こっちよ」

 未羅がほら穴の中から手まねきしている。

 ちょっと名残惜しいけど三回その木を撫でて未羅がいるほら穴に向かった。

「あの木、気に入ったの?」

 豊はもう一度木を見て頷いた。

「結構古くからあるみたいよ、大きいでしょ?」

 そう言う未羅はなんだか自慢げだ。

「あっ、そしてね、じゃーん」

とほら穴に手を伸ばし、

「ここが私達の秘密基地」

そう、ニコニコ顔の未羅が言った。




 私達と言うと、他に誰かいるのだろうか。




 豊はまだ未羅以外に学校に友達はいなかった。

 今まで同年代と過したことはなかった。

 どう接するか豊には分らなかったのだ。


「ん?未羅か?」

 のっそりと、細見の子供にしてはひょろ長い身長の男が出てきた。

 見たことない顔だった豊は少し警戒した。




 他のクラスの人かな。




「のぶ君、昨日話しした、ユタ君よ」

 そんなふうに未羅が豊を紹介した。

 豊は軽く頭を下げる。

 ノブ君という男、豊より少し年上だろう落ちついた雰囲気、だけど何を考えているか分からない無表情。色が白く、鼻の周りに小さなそばかすが多くあった。

 少々猫背で掴みどころがない感じだ。

「おまえか、俺はよそ者をここに入れるのは嫌だ。未羅がどうしてもと言うから……、だけどやっぱ嫌だ。」

と眉間に皺を寄せる、ノブという男。




 そりゃそうだ。

 自分の陣地に人を入れるのは嫌だろう。




 一人で生きている時、豊にも自分だけの居場所があった。あの寝床にしていた、ほのかに温かい枯れた木。

 あの木のあの場所、あそこを誰かに取られるのが嫌で豊なりに人を寄せ付けないようにしていたりしたものだ。

 あの木には呪いがかかっているとか、ありもしない噂を流したりしたのだ。

 まあそれぐらい、自分の場所って大事という事が豊にはよく分かっていた。

 その時ほら穴の中から豊くらいの背のわんぱくそうな少年が顔を出す。

「なんだ、騒がしいな」




 少年は確か同じクラスの、名前はなんだっけ?




「お前か、境先生の所に来た、厄介もんってやつ」

 少年はすごい剣幕で喋り出した。




 こんなに怒っている人を見るのは久しぶりだ。




 びっくりして豊は目を丸くした。

「ヤブ、何、言ってんのよ」

 未羅が慌てて口を挟む。

「お前さ知ってんの?お前が割り込んできたせいで皆、困ってんだよ。境先生なんて、夜中に仕事増やしたんだぜ。最近なんか隈が増えたみたいで疲れた顔してるしよ。お前なんかな、ここにいる資格なんかねーんだよ。」

 久しぶりのはっきりとした拒絶に豊は目を見開いてしまった。


 豊は気がついたら走り出していた。




 知らなかった。

 そりゃそうだ。

 僕が幸せになった分、他の人にしわ寄せがいくよな。

 そんなに皆に迷惑をかけてしまってたんだ。

 優しさに甘えてしまってたんだ。

 境の優しさに。




 ココにはいられない。




 豊はそう思った。


 豊はここ数日間の幸せな出来事を思い返しながら歩いていた。

 初めての人との触れ合い、暖かい温もり、優しい笑顔、身体を楽しく動かすこと。わくわくしたり胸がはずんだり。

 それと同時に自分のせいで迷惑をかけてしまったという罪悪感が豊の頭を支配した。




 自分はあの頃生きてく事で精いっぱいだった。

 境達だってそうだろう。

 裕福ではない。生きるだけで精いっぱいなはずだ。

 あの集落へは帰れない。

 境達のところには……。

 僕の居場所はあそこじゃない。


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