第4話

 早川の家に着くと早川は相変わらず暢気に雑誌を読んでいた。

「おかえり。もう休日はいいのか?」

 気分転換に都を外に出したはずの早川だったが複雑な表情を浮かべ帰ってきた都を心配に思いながらもからかい口調で声をかける。

「いいっ。今日はもう寝る」

 色々と考えすぎた都には早川のふざけたような物言いが癪に障った。

「おいっ、もうすぐ撮影なんだから筋肉落とさないでくれよ? 腕立て30回してから寝ろよな」

 強く言い返してきた都に安心な表情を浮かべた早川は容赦なく告げる。

「鬼っ!」

 そばにあったクッションを早川に向かって投げるが早川は上手くキャッチした。

「そうそうぶつけられても困るからね」

 にやっと、いやらしく笑う早川にムカムカを抑えられないがなんとか堪え、素直に従い腕立てした後、ベッドに入る都だった。

 汗かいちゃった。もう今は何も考えずに眠りたいのに。

 次の日からまた都の特訓の日が続きあっという間に撮影の日になった。


 


 でも私、頑張ったもんね。男言葉とでも言ったらいいのか、何とかしゃべれるようになったし。俺って言いながら、とりあえず語尾に気を付けたらいいのよ。

 撮影場所は古い倉庫のようだったが、スタッフの手によって上手くセットが出来上がっていた。



「早川、久しぶりだな」

 二人のイケメンが現れた。一人は背が高く、黒髪で目力がすごくて、いかにも俺様って感じだけど、もう一人の背が低い方はメイクをちょっとしてる様で綺麗な顔に仕上がっており、都のタイプであった。

「ええと、お久しぶりです」

「義和ちゃんお久」

 二人になんとか声を返した都に対してタイプと思ってた方からしゃべりかけられた。

「へっ?」

 意味が分からなくてしばらく呆然としてしまった。

「俺だよ、木崎、医者って言っても研修医の給料だけじゃやっていけなくて。たまにバイトで呼んでもらっているんだよね。メイクで何とか誤魔化して患者にもバレたことないよ。ちなみに隣の奴の名前は藤原 拓斗だよ。義和のライバルみたいな奴」

 こっそり木崎? さんが、耳元で教えてくれた。

 まじですか。女性も変わるけど男性も変わるんだな、なんだか妖艶な感じ、男なのに凄く色っぽい。



「なんか早川いつもと雰囲気違うな? もっといつもは俺に反抗的というか、とがったイメージだったんだけど。いつもそんななら可愛いのにな」

 そういいながら藤原さんが頭を撫でながら目線を合わせてきた。

「止めてください」

 都は思わず目線をそらす。

「敬語なんて初めて使われたな、まあ今回は三人でたっぷり絡みがあるから。よろしくな」

 そう言ってもう一度、都の頭を撫でて藤原はスタジオに向かって歩き出した。

 都と木崎もゆっくり歩き出す。



「今回の設定、俺が中性的で男か女か分からない設定なんだと。しかも、二人で奪い合うんだってさ」

「二人って誰かって? もちろん義和ちゃんと拓斗」

 


 にやりと笑う木崎さんが妖艶でドギマギしてしまう。

 撮影は時間がかかったけど何とか無事終了した。

 藤原さんの鋭い視線が頭から離れず心臓が暴れまわってる気がした。

 休憩中、聞き覚えのある争っている声が聞こえた。藤原さんと木崎さんだ。

 止めに入ろうと傍まで走るが思わず物陰に隠れた。

 藤原さんと木崎さんがキスをしていたからだ。心が痛かった。心の奥底がズーンズーンと大きく重みを増しているようだった。

 何とか撮影を終え無事自宅に帰り着いた。明日からは藤原さんともう一人は女の子との撮影らしい。木崎さんは本業もあるから今回みたいにたまに呼ばれるとの事だった。

 

「早川、なんか今回のお前、いつもの勢いがないな。張り合いがねーよ」

「何でもないよ、お、俺はいつも通りだよ」

 しゃべりも前よりは普通に喋れていると思うけど、勢いまで求められても困る。

 というか藤原さん事あるごとにスキンシップが激しくて、まあ撮影だから仕方ないけど心臓が痛くて仕方ない。

 私、いろんな人の事、思って心揺れて、おかしいな。こんなに浮気性じゃなかったはずなのに。




「あっ今日、撮影とは別に可愛いゲストが来て居たぜ、ショートカットのボーイッシュな女の子。セット様に作ったパネルを持ってきてくれているらしいぞ」 

「そうなんだ?」

 答えながらセットの方に目線を移すと唯がいた。パネルの前に立っておりそのパネルをスタッフが固定している所だった。


 声をかけられ唯が振り返る。モデルの女の子がじゃれるように笑いかけそれに笑顔で答えている所だった。


 また、心が落ち着かないというかもやもやするような気持ちになり、どす黒い感情が都を襲った。そんな自分に戸惑う都だった。


 その時パネルが小さく揺れるのが見えた。

 危ない。


 とっさに身体が動いていた。ありえないほどの全力疾走。早川の身体だからか、都はいつもの何倍も速く走れた。

 ギリギリ間に合い唯の上に落ちてきたパネルの間に滑り込めた。

 パネルは発泡スチロールだった為、大事には至らなかったが、都が目を覚ましたのは病院のベッドの上だった。



 ベッドの傍には唯がいた。

「目、覚めた? 大丈夫? 都って、呼んでいいのかな」

「うん、唯、久しぶり」

「助けてくれてありがとう」

「ううん、いつも助けられているの、私だもん」

 起き上がろうとすると肩に痛みが走る。

「寝てて、肩の筋、ちょっとやられちゃったみたい。この所、大変だったみたいだし、休養も必要だよ」

 優しい言葉と、唯と話が出来ていることの嬉しさに、思わず一粒二粒と涙がこぼれていた。

「あれ、おかしいな。そんなに痛いわけじゃないのに」

 唯がそっと都の手を握る。

「ごめんね、不安な時に一人にして」

「うんん、私の方こそ。許してもらえないかな? 唯と一緒にいること。まだ唯の準備が出来てないなら、たまにで良いから逢いたい。話がしたいの」

「今回の事、私のせいでもあるし、私も少し、気持ちの整理できたから、これからはまた一緒にいよう」




 それから唯は私の入院している間、何度も病院へ足を運んでくれた。

 そうそう、私が唯と逢えない間、早川の奴は唯とちゃっかりメールを交換して状況説明をしていたらしい。唯もなんだかんだで、私の事心配していたとの事。また早川が町で女の子二人と肩を組んでいる現場を、唯が取り押さえてくれて、上手く引き離したりしてくれていたらしい。

 唯と早川が仲良くなっているのは何だか面白くないがそのままにされていたら私が女性をたぶらかす魔性の女みたいな変な噂が立つ所だったので、唯に感謝である。

 


 それからの数日は幸せだった。早川はこんなでも有名人だったらしく病院のベッドは個室だし労災も入院保険もおりそうだし。金銭面の心配もなさそうだしね。

 そういえばそろそろ私の方も仕事に行ってもらわないとやばいな。首になってしまう。

 

 唯にそのことをメールすると早川は私の入院中にとっくに仕事に行き始めていてくれたらしい。私のカバンから勝手にカギを出し唯にアパートにも案内してもらって私の家から通っているらしい。

 びっくりして早川に仕事の方大丈夫かメールで聞いてみる。俺にできないことはないとの暢気な返信にホッとしたのもつかの間、紀子ちゃん可愛いねと書いているのを見て慌てて手を出しちゃだめだよと返信を送った。


 


 そうして平和な日が続くと信じていたがなかなかそうもいかないのかテレビをつけると私というか早川 義和と山崎 唯の写真が写っている。唯の方の名前は伏せられていてイラストレーターと言っていたが二人の熱愛騒動が報じられていた。

 こんなに色んなことがあると元に戻る方法も探れやしない。

 どうしよう携帯を見ると早川から事務所が何とかしてくれるからじっとしていろとメールが入っており、唯からも心配するメールが届いていた。唯にはしばらく病院には来ない様にメールをして、再びテレビの方に目線を移した。

 あの写真、病院の中庭で散歩していた時のだ。うかつに外に出るんじゃなかった。唯にまで迷惑がかかってしまった。

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