第3話





 なんで私の方がこんなに立場弱いの? 確かに私が酔って暴れたのが原因だから何にも言えないけどさ。唯、どうしてるかな? 私、ずっと唯の事、傷つけてたんだ。だから、こんな罰が当たったのかもしれない。

 唯に逢えなくなったらどうしよう。私の人生はずっと唯と一緒に歩んできた。唯が居なくなる毎日なんて考えただけで何だが胸が痛い。

 唯、寂しいよ。話、聞いてほしい。なんかこの騒動のせいで達也の事はどうでも良くなっちゃった。事情があったかどうかなんて関係ない。浮気してたのは事実だし。大体、この身体じゃ会えないしね。

 私って男見る目無かったんだな~。知ってたけど。なんで私はダメ男に惹かれるんだろう。

 そんなこと考えている場合じゃない。これからの事、考えなきゃね。

 



 都はベッドに入り布団をかぶる。

 


 んっ、男くさい。

 


 顔を歪ませ慌てて布団の中から顔を出す都は電気を消し窓から見える月を見ながら唯の言葉を思い出していた。

 その日、都が見た夢は3年前のあの日の夢だった。

 何時もはお酒を飲まない唯が珍しく飲んで酔っ払っていて逆に都は飲んでおらず二人でヘロヘロになりながらアパートに帰った日の事だった。

 やっと、ベッドに着いたと思ったら都の足がもつれて二人してベッドにダイブした。都の上に唯が乗った形になり、その時唯が一瞬起きた。月明かりに唯の顔が照らされて綺麗で都が一瞬見とれたその時、キスをした。

 起きた都は見た夢に思わず熱くなる頬を抑えた。実際はキスしそうになったところで唯がまた力尽きて都の上に馬乗りになりながら崩れ落ちその下を何とかはい出てきたのだ。



「今日も特訓始めるぞ。トイレも頑張って立ってしてもらいたい所だけど」

 からかうように早川が言う。

「やだ、あんな気持ち悪い所触るなんて」

 立って行うトイレで尿をする時は、男の象徴たる部分を持たなければならない。現在そのことについて都と早川は口論していた。

「男嫌いなわけじゃないだろう?」

「そうだけど、早川さん私のタイプじゃないし、彼氏以外のそんな部分なんて私、興味ないもの」

 都は頬を膨らませ怒っていた。メイク顔の都がすれば可愛い表情だが背の高い男前がするとちょっと不気味である。

「俺の顔でそんな顔するな。分かった、個室に入ることは妥協しよう。もう撮影まで日にちがない。今日は外に出てもらう。木崎が今日は非番だから呼んでおいた。だけど行動を慎めよ? ゲイなんてスクープされても困るからな」

 早川はにやりと意地悪そうに笑った。

「私は女性なら誰でも良いような、あなたとは違うのよ」

 チャイムの音に言い合いは一時中断し、二人で玄関に急ぐ。

 扉を開けて立っていたのは少し気の弱そうな背の低い青年。




 あっ、病院でそれとなくフォローしてくれた人だ。なんか早川の友人って感じしないな。イケメンでもないし、フツメンって感じ。ああ、医者だったな、そう言えば。



 そんな失礼なことを考えていた都だが、木崎と目が合い会釈をする。

「とりあえず中に入って」

 都の身体で早川が言い、木崎を中に入れる。

 木崎は一瞬戸惑った後、中に入る。

「こっちが義和なんだよな?」

「そっ、俺が早川義和」

「知っていても、なんか違和感というか慣れないな。でも、義和があんな表情する分けないもんな」

 不安そうなイケメンの都に目線を向けた後、木崎はソファーに腰かけた。

 見た目に反して意外に堂々とした言い方ね、もっと気弱そうに見えるのに。でも早川より木崎さんの方が優しそう。今日の外出も平和に過ごせるかも。

 と、思っていたら意地悪そうな笑顔で木崎はこちらを見つめていた。

「じゃー行こうか?都ちゃん?」

「その体にその呼び名はまずいんじゃねーか?」

 早川のもっともなツッコミに、うんと、頷いて見せる木崎。

「じゃ、義和ちゃん、行こうか」

 覗き込むように木崎が言う。

 木崎さんは笑顔が柔らかい。雰囲気イケメンだ。

「はい、よろしくお願いします」

一瞬木崎の笑顔に見とれた後、立ち上がる。

「義和が素直に返事するなんて新鮮! って、紛らわしいね。都ちゃんは義和ちゃんね」

 なんと優しいスマイル。なんか出かけることも楽しみになってきた。

  

 木崎と都が行った場所は、コンビニと、公園。トイレには三回入った。初めはゆっくり都に合わせて歩いていた木崎だが男性の歩くスピードはもっと速いと指摘を受け、不自然ではない程度に都が前を歩き、その後ろから木崎が付いてくる。

 木崎は後ろから容赦ない声で指摘をし、歩く指導は夕方まで続く。その他にもベンチでは座り方。足を広げて座ることがどうしても恥ずかしく、何度も都は注意された。

 木崎は初めこそ優しい口調だったが、慣れてくると段々言葉もきつくなり、休みの日よく来ていた都の大好きな公園も嫌な思い出の場所に代わりそうなほどだった。

「うーん、しゃべり方は少し、ましになってきたけど色々な動作や仕草はどうしても染みついたものがあるから難しいね。なるべく店の窓に映る自分の姿を見たり、自分自身で気を付けてみて」

「はい」

 都の声もどんどん沈んできていて表情も固まってきてしまっていた。

「よし、明日は義和にお願いしてお休みにしよう、一人で好きな所行ってきな。だけど、歩き方、仕草、しゃべり方、自分で十分注意して行ってみてね」

 突然変わった木崎の優しい言葉に表情が明るくなる単純な都である。

 明日は唯の絵が小さなギャラリーで展示される。作品は三点だけらしいけど、唯に内緒で行ってみようかな。

 次の日、早川は少し困った顔をしていたが木崎に説得され都のお出かけを了解した。

 早川の姿の都はオシャレをできない為、地味目で黒縁眼鏡の恰好での外出である。

 唯と会ったときは眼鏡を外してたいたからこっそり見れば、気づかれないはず。都はそんな風に思っていた。

 都は交通機関を使わずギャラリーまではなるべく歩き、ショーウィンドウをチラ見し、歩き方など仕草を確認しながら歩く。以前の病院までの道のりの時よりは、変な視線は減ったように都は思えた。

 住所までたどり着いた都は足を止めた。ギャラリー内のクリエーターの紹介の看板があり唯の名前も小さくだが載っていたのを見つけ、表情が緩む。入場料はかからないと分り、都はさっそく足を踏み入れた。

 ギャラリーの中は空間使いがとても綺麗で、柔らかい個性的な絵が飾られていた。

 暫く色々な絵に目線を奪われていた都は、唯の声が聞こえ思わず物陰に隠れた。

 唯は綺麗な女性や格好いい男性に囲まれて優しく楽しそうに笑っていた。都の事など忘れてしまっているかのようなその姿に都の胸が小さく傷む。

 唯を囲む団体に動きがあった。昼食に行こうとその中の一人が言っているようで唯もその人達と一緒に出て行ってしまった。

 都は寂しいようなほっとしたような複雑な気持ちのまま一人で絵を見続け山崎唯の名前の絵を見つけた。

 一枚目、二枚目ととても唯らしい綺麗で素朴な絵が並んでいたが、都は三枚目で思わず声が出てしまいそうになった。

 そこには柔らかい笑みを浮かべ、ネイルを塗っている都の上半身の絵が飾られていた。

 あまりに綺麗に描いてあるから一瞬別人かと思ってしまった都だったが、ほくろの場所、良く使う髪留めを見つけ自分だと確信した。

 都は嬉しくてくすぐったくて、でも唯に今、逢えないし、この気持ちをどう表したらいいか分からない。そんな複雑な気持ちに、戸惑いを隠せずにいた。心の奥がぽかぽか温かくなったような日向ぼっこしているようなそんな気持ちの裏腹に、先ほどの他の人と楽しそうにしていた表情の唯を思い出し、心にとげが刺さったようにチクっと傷んだ。

 複雑な気持ちを抱える都は、帰り道では行き道のように気を付けながら歩けなかった。心が何処か置いてきぼりになった気がしていた。


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