第2話
えっ、どっどういうこと? こんなテレビや小説みたいなこと……。
混乱する頭を整理するかのようにもう一度、鏡に目を移す。
身長は百八十cm、越えているだろうか。
都の現在の身体はほどよく筋肉もついていて、街で見かけても見とれてしまうくらい容姿が整っている。
そして、その姿を都はつい昨日見たばかりであった。
私とあの昨日飲み屋で見かけた胡散臭いイケメンとの体が、入れ替わってしまっているという事なの?
これはきっと夢の中だわ。感触や色が、やけにリアルだけどそういう夢を見ることもあるわよね。
そう結論付けた都は目の前にいる自分の姿は頭の隅に追いやり再びベッドまで歩き出す。
「おいおい、やっと起きたと思ったらまた寝る気かい? まあ現実から目をそらしたい気持ちは分からなくもないけどね」
また、私の姿をしたそいつがしゃべりだした。
「あの、胡散臭い姿の男に、私がなったって言いたい訳?」
都は自分の出した声のあまりの低さに一瞬固まった。
「俺の声でそんな喋り方するなよな、しかも胡散臭いなんて俺に対して失礼すぎじゃね?」
目の前の私の姿をした人物からは長年聞き慣れた声が聞こえてきた。
目が覚めてきた都はゆっくりとベッドの端に腰かけ、両手で頭を抱える。昨日の事を思い出そうとするけど、頭が割れるように痛く思い出せない。
「いったいこれ、どういう事なの?」
都の声は弱弱しく震えていた。
「俺にもはっきりとは分んないけどさ、昨日足下がおぼつかない酔ったあんたを 追っかけて、まあ俺も昨日は酔ってたのもあるし少し記憶はあいまいだけどさ、家に送って行こうにもフラフラのあんたは自分の住所も言わねーし、大変だったんだぜ。で、俺のアパートの階段上がっている途中あんたが急に怒り出してさ、階段の所で足を滑らせて、一緒に落ちたって訳」
沈黙が部屋の中に流れ、もう一度都は周りを見渡し自分の手足などを見て状況を把握しようと必死に考える。
「ここは何処? こんなに頭痛いのに、病院とかは行かなくて大丈夫なの?」
「まあ、行った方が良いだろうな、頭、打ってるし検査が必要だと思うぞ。救急車を呼べない事情が俺には有ってさ。俺がかばったこの体は何処も打ってなかったみてーで、ちょっと意識が飛んだだけですぐ目が覚めたんだ。俺も一瞬パニックになったけど友達を携帯で呼んで、まあ声も俺、あんたの声だったし、あんたというか俺の彼女のふりしてさ、呼んだ訳よ。友達医者なんだ。目が覚めたら病院の方に来て欲しいって。打った場所や脈とか確認してくれて部屋まで一緒に運んでくれたんだ」
都は話を聞き、少し冷静になってきたが、取りあえず検査の為、彼の友達が務めているという病院に行くことにした。
一緒にいる所をあまり公に見られたらまずいとの事なので都は一人で病院に向かった。
この体だった奴の名前は早川義和というらしい。
一人で外出、しかも自分の姿ではない男の姿なのはかなり緊張したが病院も近く検査も無事終わり、特に大きな異常もなく早川の(現在では私のという方が正しいだろうか)アパートに戻ってきた。
病院までの道のりはハプニングの連続だった。
都がまず困ったのはトイレである。
男子便所に入らなければならない事をすっかり忘れていた都は、初め、間違って女子トイレに入り出会い頭に声を上げられそうになり、慌てて外に出た。勇気を出してようやく中に入った都だったが、周りも、 もちろん全員男でトイレ内に尿を出している音が鳴り響いていた。
あそこを持つなんて、もともと潔癖な面もある都には考えられなかった。好きな人以外のあそこは気持ち悪いと都は思っていた。
それに、立って用をする事も考えられない都は大きい方をすると思われるのは恥ずかしと思っていたが、個室トイレに入った。たまたまなのか都の入ったその個室のトイレは見るに堪えないほど汚れていた。
前の人が流してなかったのか下痢をした後がそのままになっており円を描くように便器内にこびりついている。おまけに便座にも飛び散っている。
しかも匂いも強烈な為、吐いてしまいそうだ。考えた末、まず流すがこびりついているのか全然流れない。
「もう流れないじゃない」
都は左の指で鼻をつまみながら流したが流れる様子はない。流し過ぎてタンクの水が無くなり自分のしたものが流れなくなる恐怖もよぎり何回も流せない。この男子トイレには個室が一つしかなく他のトイレを探すにはもう都の膀胱は我慢の限界だった。
トイレットペーパーを厚く巻き取り、便座を上げ、便が接触しないようにトイレットペーパーを敷き、空気椅子のような状態で用を達した。
病院までの道のり、受付、通路、普通に歩いたり喋っているつもりでも、何かがおかしいのかわからないがやたら視線を感じた。とにかくすごく怖かった。
早川の部屋はマンションの三階で踊り場があるタイプ。上から踊り場までは五段ほどだ。落ちたと言っても二、三段だったという事が推測された。
都は少しほっとしながら部屋に入り、居間へ向かうと私の姿をした早川が暢気にテレビを見ていた。
「私はドキドキしながら行ったって言うのに暢気なものね、あっ私の職場! 無断欠勤!」
「大丈夫だぜ、荷物探って、携帯見つけてさ、職場って、丁寧に登録してあったからそこにかけた。パスワード付けてないと不用心だぜ? ああ、階段から落ちてちょっと記憶もあいまいだからしばらく休むって言っといたよ。有休、長いこと残ってたみたいだし、使わせてもらったぜ?」
楽観的に答え、ソファーにくつろぐ早川に怒りがふつふつと湧いてくる都である。
「ちょっと勝手に!」
「ああ勝手にわりーな、まあー俺が行ってめちゃくちゃにしてもかまわないって言うなら俺が行ってもいいけどな?」
早川は悪代官の様な顔でにやりと笑った。
しかし都の顔だから迫力はない。確かにそれは困る。
ごもっともと納得してしまった都は思わず黙り込んでしまった。
「まあ、すぐ戻るかもわかんねーし、見通しも立たねーから様子を見て長くかかりそうなら俺も会社に行くよ」
確かに私の姿で女性を口説いたり、ナンパされまくっても困る。
その時、都の携帯が鳴った。誰かを確認せず早川がとる。文句を言おうと声を上げようとした都だったが早川は一指し指を口に当てる。静かにしろという事だろうか?
「都?中々つながらないから心配したよ。昨日は御免。都の気持ちを考えずに言い過ぎた」
早川はスピーカーにしてくれたのか携帯から唯の声が響いた。
都は思わず低い声のまましゃべりそうになったが早川から止められる。
「ええっと、唯ちゃんだっけ」
早川は表示された名前を見たのか勝手にしゃべり始めた。
「何?まだ怒ってるってことだよね、確かに私、昨日は自分の事しか考えられなくて。」
都は早川と唯の会話に内心ひやひやしていた。
私は唯の事、ちゃんなんて付けて呼ばないよ。唯は鋭いんだから、って言っても今の状況が分かる訳ないんだけど。
「怒ってない、わよ。私ちょっと用事がございまして、今忙しいんですのよ」
何? その変なお嬢様言葉! いくら何でもおかしすぎる!
「あなた誰? 声、真似してるの? それ都の携帯だよね? 都は何処」
早川は困った表情をし、スピーカを普通の状態に戻し音が聞こえないように手を当てる。
「この子、唯ちゃんだっけ? 信用できる?」
昨日の事をまだ怒っていた都だったが背に腹は代えられないと小声で早川に伝えた。
「彼女以外信用できる人、私、居ないわ」
「だから俺の体で女言葉使わないでくれよ、気持ちわりーだろうが。」
再び早川は携帯をスピーカーに戻したのか唯の声が響きだす。
「ちょっと、聞いてる? 本物の都を出してよ、無事なの?」
「分かったよ。都さんは無事だ。事情を話すからここまで来てくれるか?」と言いながら早川は、この自身の部屋のある三階建てのマンションまでの住所を告げていた。
十五分ほどして唯がアパートに到着するまで途方に暮れながらどうやって唯を誤魔化そうかと都は考えていた。
インターフォンの音に都の身体が思わずはねる。
「出なよ」
早川の声に都は自分が出なきゃならないことにワンテンポ遅れて気づき、インターフォンに応対し唯を招き入れた。
ドアを開けると同時に唯がすごい勢いで部屋に入り込んできた。
都の姿をした早川を見つけるとホッとしたのかその場に崩れるように座り込んだ。
「都、無事で良かった。昨日は御免、電話何回かけても出ないし、メールも返信ないし、心配した」
声を発しようと見た目は都の姿である早川は、口を開こうとするが一瞬考えるような表情をし「とりあえず、座りなよ」とソファーに唯を促し、自分も唯の前に腰かける。
不思議そうな顔をしながら唯はソファーに座った。都も早川と距離を取り唯の斜め前に座った。
唯は都が自分の横ではなく、前に座った事に眉をひそめていた。
「唯さん、だったっけ?昨日、ちょっと俺達はハプニングがあってさ」
早川は隠す様子もなく話し出した。
慌てる早川の姿をした都を無視した唯は、不思議そうな表情をしながら身を乗り出す。
「あなた、誰? 本当の都は何処?」
「やっぱりあんたはするどいな」
口は悪いがのんびりとした口調で早川は答える。
「何、言ってんの、あんたの喋り方が思いっきり変だからでしょ。」
低い声で女言葉をしゃべる早川の姿をしている都を不審そうな表情を浮かべながら唯は見ていた。
「お前も人のこと言えねーよ」と早川に言われ思わず都は自分の口元を押さえた。
「どういう事?」
唯の表情がどんどん険しくなる。
「協力者が必要だと思ってね、俺の友達にもほら例の医者の。話してあるし」
「ちょっと勝手に!」
そう都は怒りそうになるが病院でさりげなくフォローしてくれた若い医者がいたのを思い出し言葉を止めた。
「意味が分かんないんだけど」
唯の声が低くなる。冷静に緊迫感が漂うような声に、一瞬その場の空気が固まる。
「まあ、簡単に言うとあれだな、テレビドラマでよくあるパターンの入れ替わり? って、言うのをそこの都さん? と俺がなっちゃったっていう訳だな」
「端折りすぎでしょ」
早川の暢気な説明に都は怒りが膨らみ思わず怒鳴りつけた後、唯の顔を見る。
都はこんな顔になったのを唯に見られたくなくて思わず手で顔を隠しながらかすれる様な弱弱しい声で言った。
「唯、私、都だよ。信じられないかもしれないけど」
「二人してからかっているの?」
二人の顔をゆっくりと交互に見た唯は淡々と答える。
「本当だよ、何言ったら信じてくれる? 唯の事なら何だって言える」
真剣に話す端正な顔の男性が嘘をついているようにも見えずまた不安そうな表情が都に見えてしまった唯は都の顔をした早川に目線を移す。
「ええっと、あなた、ちょっと外してくれる? 二人で話したいの」
「分かった、コンビニでも行ってくるよ。」
早川が伸びをするように立ち上がりカバンから自分の黒い財布を取り出す。
「男子トイレに入らないでよ? 歩き方も気を付けて! ガニ股禁止!」
分かったんだか分かってないんだか分からないが、早川は軽く手を上にあげて外に出て行った。
再び早川の姿をした都は唯テーブルを挟み向かい合わせでソファーに座る。
「本当に都なの?」
唯の声はまだ疑っているかのように口調が固い。
「お願い信じて、あの早川ってやつも、ああこの身体の奴の名前ね、なんか胡散臭いしもう訳が分かんなくて、唯しか私、頼れる人いない。この身体、なんかいつもより汗いっぱい出てくるし、背はなんか高くなったから、ちょっと気分がいいけど、私が歩いたり喋ったりすると皆見てくるし、もう訳が分かんない」
都は思わず身を乗り出し、目元も赤くなっていた。
「都っていう証拠は」
都の勢いに少しひるむ唯は少しだけ口調が優しくなった。
「私、川村都は小さい頃、義理の母から虐待を受けていました。三歳の時、父が今の義母と結婚して新しい家に住み始めて、その隣に住んでいた唯と出逢いました。家の中に居場所が無くて自分の家なのに家の中が怖くて唯と一緒にいることが私の心のより所でした」
昔を思い出しているのか都の声がだんだん暗くなっていった。
「都から聞いたのかも、その話が証拠にはならない」
都の言葉に少し信じかけていた唯は返す言葉が弱くなっていく。
「私の身体は見えない所は痣だらけでした。今は消えているけど、右胸に大きな痣があって私は、結婚できないって悩んだこともありました」
声が段々かすれてきて涙が数滴流れ出す都の言葉に、
「もういい、もういいよ」
男性の姿で涙を流す都に、唯はうろたえた。
「唯がねっ、言ってくれたんだよ。子供の頃、私の身体を見て、綺麗だよ、どんな人より綺麗だよって」
「分かった、分かったから」
早川の姿が唯には泣いている都に見えた。眼を擦ってもそう見えた。
唯は都の隣に腰かけ一瞬ちゅうちょするが優しく頭を撫でた。
「お願い、協力して。私、唯しか頼れない」
都の言葉に本当なんだろうかと考えこんだ後、唯は困惑の表情を浮かべた。
「都、ごめん。ちょっと時間くれない?心の整理がしたくて」
「何で?今の状況、私、唯、無しじゃ無理だよ」
しばらく唯は男になってしまっているのにぐしゃぐしゃな泣き顔になっている都を見つめ困ったように自分の頭をかく。
そして決心したように都を見つめ話し出した。
「私、都に話してなかった事がある」
「えっ何?唯とは秘密なんて無いって思ってた」
唯は言葉を発しようとするも上手く言葉が出てこずに沈黙のまま数分が続いた。
やがて決心がついたかのように都の目を見つめ唯は話しだした。
「私、性同一性障害なの」
「な、何、それ?聞いたことあるような気がするけど」
唯の言葉に都は何が言いたくてそんなことを言い出したのか全然わからず眉をひそめる。
「分かりやすく説明すると、身体は女なのに心は男なんだよ。まあ人によって度合いがあって私は少し中性寄りだけどね」
唯の声は小さく少し震えていた。
「へっ!えっええとそれって」
唯の声は耳に届いているが都には言っている意味がよく分からなかった。
「そう、都にはあまり受け入れてもらえないって思っていたから言えなかった」
唯はそう告げ怖がるように難く目をつぶっていた。
都はようやく唯の言っていることが分かり今まで自分が言ってきた言葉の数々を思い出し、体が震えてきた。
「ごめん。私、今まですごく酷いこと言った。本当にごめん」
都は泣きじゃくり唯にはすがりつこうとするが、唯はその手を優しく外し都を起きあがらせる。都に目線を合わせた唯はすぐに視線をそらす。
「それはもう良いんだ、都は知らなかったんだし。でもね、本当に勝手なんだけど、私、今の都の状態が羨ましくてしょうがないんだ。私が夢見ていた姿にこんなに簡単になれた都が」
唯の表情は硬く唇をかみしめ悔しさが声に出ているようだった。
「何で? 唯、綺麗だし、ああいうのは女性として綺麗じゃない人とかがなっているんじゃないの?」
今までそういう世界とは無縁だった都は唯の言っている意味が分かっている様で分かっていなかった。
「そうじゃない。今、都、体感してるじゃない。どう? そんな格好良い姿になれたら男でも平気?私はね毎日がその状態なんだよ」
唯の言葉に都は先ほどの病院内での事を思い出す。
「あっそうだよね、ごめん、本当にごめん」
二回三回と都は唯に頭を下げた。
「顔を上げて都。なかなか理解してもらうのは難しいよね。それとね、男性になりたいとは思ってるんだけど、男の人って、苦手なんだ。私。だから気持ちの整理に時間がいるって事。分かってもらえるかな?」
そう告げて唯はアパートから立ち去った。
暫くして買い物を終えた早川が戻ってきた。両手に食材を抱えて。
「あれ? 唯ちゃんもう帰ったのか? その顔どうしたんだ? 真っ赤だし目が腫れてきてるじゃねーか。泣いたのか?」
珍しく優しい口調で早川が目の前まで来て目線を合わせる。
「何でもない、唯はもう帰った」
泣いている顔が見られたくない都は横を向く。
一度ため息をついた早川はキッチンに向かって歩き出す。
「どう? 協力してもらえそう?」
早川はテーブルに荷物を降ろした後、水で浸し絞ったタオルを都に渡す。
「ちょっと難しいみたい。だけど人には話さないと思うし」
都の声はいつものような強い口調ではなく壊れてしまいそうなほど弱弱しいものだった。
「何だ、話しをしたの、失敗だったな」
明るい空間に切り替えようとわざと茶化すように早川は言う。
「そうね、あなたちょっと事の重大さが分かってないって言うか口が軽すぎるわよ」
早川の気づかいに元気が出てきた都は声に明るさが少しだけ戻る。
「はいはい、悪かったな」
早川は安心したように、いつもの悪ガキのような表情に戻り、舌を出す。
落ち着いてきた都は現実を思い出し途方に暮れる。
「とりあえず、これからどうしよう」
「そうだな」
答えながら早川は冷蔵庫を開けペットボトルのお茶を二本取り出し一本、都に渡し、もう一本の口を開ける。
「唯に服、持ってきてもらえば良かった」
「なんで?女の子がボーイッシュな格好しているの、可愛いだろーが」
「私がそんな格好しているの、すごく違和感ある」
「俺があんなピラピラしたもん、着れる訳ないだろうが」
早川はダイニングの椅子にかかっている都のスカートを指さす。
「あれ、すっごくお気に入りなんだよ。あっ! 着替えているってことは私の裸、見たの?」
ガラッと怒った表情に変わった早川の身体をした都は早川に詰め寄る。
「大丈夫だ。女の身体なんか見慣れている、こんな小さい乳を見たところでなんでもねーよ」
と言葉繋げようとする早川が最後の言葉を発する前に都は小さなクッションを早川に向かって投げた。
「おいおい、女の身体にこんな物でも投げつけんなよ。女の子は大事に扱わねーとな。あっそう言えばちゃんとした自己紹介まだだったな。病院に軽く変装というか地味目な格好で行ってもらったのには訳があるんだ。俺、早川義和はモデルでさ。外国の雑誌の方が多いから日本ではそんなには知られてねーけど。だからさ、まだ記者に家とかはバレてないし、救急車はまずかったって訳。こっちの勝手な都合で悪いな、大事に至らなくて良かったよ」
早川の説明に少し不満だった都だが、頷きながら「あっ私、検査の報告してないよね?」と思い出したように言う。
「メールで友達にとっくに聞いたよ。良かった。良かった。俺の大事な顔が傷つかなくて」
早川の言葉にまた不満そうな表情を浮かべる都である。
「どっちの心配してるのよ」
「もちろん俺のだよ。あっ、話変わってこれからは都ちゃんの携帯はこのまま俺が持っておくとして、はい」
と悪びれもなく言いながら早川は黒いスマホを都に渡す。
「これ」
都は不思議そうな表情を浮かべそれを受け取る。
「俺のスマホ、俺も今、丁度休暇中なんだけど、一週間後から撮影なんだよ。それは断れねーんだ。スタッフも動くからこっちの都合では変えれねーし。という事で猛特訓な」
真剣な表情の早川に都は一歩後ろに下がる。
「えっ、何よ」
「まずは歩き方。いつもの自然なガニ股風とまっすぐ綺麗に歩く撮影用の二種類覚えてもらうから、それとしゃべり方。俺に変な評判つけねーでくれよ?」
早川はお手本と言う様に二種類の歩き方を歩いて見せた。
「ここで共同生活するって言うの?」
驚きを隠せない表情を浮かべ都が言う。
「女がしょっちゅう出入りしてる所、人に見られちゃ不味いんだよ」
困ったように頭をかきながら早川が都にお願いする。いつものイケメン顔なら女の子達はコロッと言う事を聞く表情だが顔はメイク前も細目の都である。
「この前の店では二人も侍らせてたじゃない」
思い出したように話す都は、すっかりいつもの調子に戻っている。
「あそこのマスター知り合いなんだよ。あの店でしか遊んでねーよ」
「本当かな?」
疑う様にして早川を見ながら都は眉をひそめた。
「嘘ついたってしょうがないだろう? どうせお前を襲おうったってこの姿じゃ襲えねーよ、性欲もわきようがねーし」
それもそうねと、納得し都は頷いた。
「寝る所は隣に和室があって布団も押し入れにあるから。俺が和室で寝っからさ」
「意外と渋いのね」
都はくすっと笑顔を浮かべた。
「とにかく、歩き方からな! 時間ねーから!」
それから早川の鬼のような猛特訓が始まった。
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