4話:おじさんと聖女

―――――




「みーつけたァ!」

「例の娘だッ!」

「アイツだぁー!」

「取り囲めッ!」

「ヒャッハー!」


 荒野――地元でスナタ草地そうちと呼ばれる荒れ地。

 男たちは統一感のない、思い思いの革製の軽鎧を身にまとう。

 クロスボウやボーラ、短弓、偃月刀えんげつとう他、物騒な得物えものを手にし、駄馬を走らせ、前方を疾駆しっくする女を追う。

 ローブ、正確には僧衣をまとった少女は追いすがる男たちから逃れようと駿馬しゅんめる。


 司祭からゆずり受けたこの駿馬であれば、そこらの馬では追いつけない。

 しかし、馬の休息が明らかに足りていない。

 伝え聞いていたとは云え、辺境の治安があれ程まで悪くなっているとは思いもしなかった。

 路銀ろぎんも奪われ、命より大事なこの聖板タブレットをなんとか死守したものの、果たして逃げ切れるだろうか?


「神よ!わたしを祝福したまえ!」


 ――ザシュッ!

 ボウガンの短矢クォーラルが駿馬を襲う。

 暴れる馬からかろうじて落馬をまぬがれたものの、野盗やとうたちとの距離はほとんどない。


「ふぇーッへっへっへっへ、とっ捕まえてヤルッ!」

「ヒャッハー!」


 ああ、逃げ切れない。


「神よ!聖なるご加護をッ、祝福されし正義の天使をつかわし給えっ!」


 聖板タブレットきらめき、奇跡の言霊ことだまが光り輝きながら浮かび上がり、天空へと弾け飛んだ――




―――――




 ――プルルルルルッ!

 おっ!

 ちょっと、くすぐったいゾ!

 バックルに装着しているスマホがバイブ機能で振動。

 なんだろ?着信?SMS?

 何気なくスマホ画面をタッチ。

 すると、スマホ画面がホログラムのように眼前に浮かび上がる。


「えっ?えっ!?なにこれ?フローティングイメージディスプレイみたいなヤツ?ヘッドセットとか着けてないのに、見られるワケ?なんか、すごーい!」


・・・トントントン― ― ― ツーツーツー・・・トントントン


 なんだ、コレ?

 あっ!――SOSボスケテ、か?

 遭難そうなん信号、というか、緊急合図、そんな感じ。

 一体、ダレから?

 ま、無視するか――


 ――いやいや!

 攻略本にも書いてあった。

 プッシュ通知には積極的にアプローチしていこう、と。

 大体、いいイベントの発生条件、みたいな感じで説明してあったし。

 よし、ちょっと行ってみるか?


 GPSエクストラセンサリーパーセプションで場所を探る。

 あっ――

 思ったより近い。

 よし、ほんの少し、飛行速度を上げるとするか。

 そーれっ!


 ――ドンッ!

 音が遅れて伝わる。

 美少女と化したおじさんは、マッハを超えて飛び立った。




―――――




「キャーッ!」


 馬が倒れ、少女は投げ出された。

 たまたま、転げ落ちた方向と角度が良かったのか、少女の負傷は深刻なものではなく、精々、かすり傷と打ち程度。

 しかし、大事に至らなかったのが返って不幸。

 野盗たちに追いつかれ、周囲を囲まれる。


散々さんざん、逃げくさりおって」

「手ぇー、かけさすなよ、小娘がッ!」

「ヒャッハー!」


「ああっ、神さまっ、天使さまっ!どうかこのあわれな子羊に救いの手を……」


「ぐっへっへっへっ、あの御方おかたに引き渡す前にじっくりと俺達で味わってヤルゥ!」

「たっぷりとかわいがってやるからナァーッ!」

「ふぇっふぇっふぇっふぇっ、笑顔でスカートをまくれぇ~!」

「ヒャッハー!」


「――ああ、神さま……天使さま……」


 ――でやっ!

 ドドーーン!

 大地を踏み締める爆音が辺りに鳴り響き、土煙つちけむりが舞う。

 砂埃すなぼこり霧散むさんすると、そこにはガニまたでスクワットでもしているかのように腰を低く落とし、ねじれた角を生やした爆乳の美少女が踏ん張っている姿があらわれた。


「――ぃててててっ、着地ぃー……飛ぶのはいいけど、着地むずかしー!タイミング、分かんないぞぇ!」


 野盗たちは始め驚愕きょうがくの表情へとこわばり、やがて下卑げびた笑みを浮かべる。


「ボス!空から女の子がッ!」

「なんだッ、この半裸の娘っ子は?」

「娼婦かぁ~?」

「ぐっへっへっへっ、一緒にひんむいちまえっ!」

「ヒャッハー!」


 半裸?娼婦?

 一体、だれのことを――

 はうあ!

 そーいや、俺、いや、ってVR上、やたらと性的えちえちな衣装のキービジュアルだった。

 肩出しヘソ出し太股ふともも出し、おっぱい上半球かみはんきゅうほぼ丸出しだし。肌色成分、ぱないの忘れてたし!あのポンコツ女神と大差なかったし。

 ま、いっか。


「ああっ!天使さまァ……」


 あら?

 きゃわいいコ!

 恰好かっこうからして聖職者?

 その子が持っている石版が妙に光っている。

 ――!?

 なるひょどォ!アレが“端末”代わりになってを呼んだのネ!

 ん?それ以前にちょっと違和感が……


「ファッ!?天使?が?」


「――天使さま……お助けくだしあ」


は残念ながら天使じゃないんだぬーん。大魔王なんだYo……あッ!」


 ――これかっ!?

 ベルトからカラビナで吊した瓢箪ひょうたんを手に取る。

 確か、こいつの中にの仲間、スライム――天使のスライム――が封印されてるんだっけ?

 よーし、こいつを、天スラを呼び出そう。


「来やがれ!第一の眷属けんぞく天使リムスの史萊姆・アンゲルス”!」、どやっ?


 それっぽいセリフをはきつつ、ヒョウタンの口から栓をスポンと抜く。

 ――ぶりん!

 ヒョウタンの口からドス赤黒い粘性ねんせいのゲル状の物体がぴょこっと出る。

 ――ぶりっ、ぶりぶりぶりっ!

 不快な音を立て、どんどんとその粘性の物体がれ流れでる。

 ――ぶりぶりぶりぶりゅりゅりゅりゅりゅりゅ!!!!!!ぶつちちぶぶぶちちちちぶりりいりぶぶぶぶぅぅぅぅっっっ!!!!!!!

 なんか……

 ――ぶっちっぱ!

 き、きったないなぁ~。


 たかだか30cm程度の大きさのヒョウタンからは想像できない程の容積を誇るドロドロした赤黒いスライムがあらわれると、プルプルしながら不透明な雫状の姿を形成する。

 時折、ボコボコと泡立ち、その泡が破裂しては紫色がかった煙を噴出。

 見るからに、毒々しい。

 知性があるのかどうかさえ分からないけど、取り敢えず、命令してみよう。


「天使のスライムよ、その少女を助けるため、あの人間のオスどもやっちゃいな!」


 ――ぷるっ。

 ん?

 ――ぷるぷるぷるっ。

 ん?ん?

 ――ぷるぷるぷるぷるっぷるんぷるんぷるんぷりぷりぷりぷりり。

 やたら、震えはじめたぞ?

「……てけり、りっ、てけり、りっ!」

 あっ!?鳴いた!


「パッ、パパッ、パパパパッ……パラコッチディオイドゥミコシスプロクティティスサルコミュコシス・カーカスコッツオキシダイズドスプラッタードディスゴージガイ様ァァァ……」


 野盗たちがたじろぐ。

「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!!」

「……なっ、なんだアレは!!」

「う、うわぁぁぁ」

「ヒャッハー!」


 こいつ――しゃべるぞ!

 意志疎通できるタイプのモンスターやん?

 いいねっ!

 よし、けしかけるぞぃ。


「さぁ、スライムよ。やっちまうのです!」


「……パカ様ぁぁぁ…………」


「おっ!」


「……おいら、ニングェンのオスはキライ……」


「――え?」


「……そっちのメスが……ぃぃ」


「――ダメです」


 ――ふむ。

 どうやら、ダメみたいですねぇ……

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