1話:おじさんと女神

―――――――  1  ―――――――




「おじさーん、おっじさーん!お・じ・さーーーん!」


 うーん、むにゃむにゃ……

 はっ!

 ち、近い!顔が、近い!

 誰だ、このおねーちゃんは?

 ん?いい匂い!クンクンクンクン、クンカクンカ、スーハースーハー!

 うん、まろやか!このにおい、よき!


 ハッ!?

 俺はなにをやってるんだ?

 誰だ、このおねーちゃんは?

 俺はなぜ、こんなところに寝転がっているんだ?

 それにしても、いい匂い!クンクンクンクン、クンスカクンスカ、ブェーックション!

 おっと、くしゃみがでちまった。

 おねーちゃんの顔に思いっきり、つばブッカケちまったが、ま、しゃーない。


「きったないなぁ~……おじさん、目、覚めた?」


「だれだ、ちみは?」


「女神です」


 なんだ、コイツ?

 女神を自称するとは……はっは~ん、おつむ、弱いコだな?

 かわいい顔して、かわいそうに。


「君が女神なら、さしずめ俺は魔王様だなァ~?ふぁーっはっはっはー!」


「もちろん、知ってるよ。爆乳大魔王美少女“パカ”ちゃんさまでしょ?」


 むっ!俺のかりの姿、VTuberブイチューバーパカちゃんを知っているとは。

 さては、おまえ――

 ――俺のファンだぬん!


「ぬぁーんだ、“パカちゃんねる”のリスナーさんか~♪よき」


「ちがうよ、おじさん!ちょっと考えればわかるでしょ?

 おじさんのこと、おじさんって分かってるんだから、おじさんのファンじゃないでしょ?」


「…………――ああああああああっ!」


 思い出したっ!

 生放送の配信中、あやまって素顔をさらしちまったんだ!

 でも、そのあとの記憶がない。

 自分でもあまりにもビックリして気絶しちまった気がする。

 つまり、ここは病院かなにかか?

 もしかして、このおねーちゃんは看護婦さんかな?

 それにしては、珍妙ちんみょう恰好かっこうをしよるな?

 肌色成分が多すぎる、気がする。

 ――痴女ちじょかな?


「おじさんね、死んじゃったの」


「はぇ?」


「おじさん、ショック死しちゃったの」


「え゛っ?気絶したんじゃなくて?」


「うん、おじさん、モニタに映った自分の顔見て、あまりのブサイクさに耐え切れず、ショック死しちゃったみたい」


「ちがーう!自分のブサイクなツラは毎日、鏡見て知ってっから、んなもんでショック死するかっ!

 ショックを受けたとすれば、素顔を晒しちまったことだ!」


「あ~、そうかも?」


「……んで、ほんとに俺は死んじまったの?」


「うん。今はアディショナルタイムみたいなもの」


「……うむ、急にスポーティーだな?」


 周囲を見回してみる。

 何もない、真っ白い空間。

 背景の1つもない。なんて雑なVRワールド。

 訳の分からん話をするくらいなら、もちっと雰囲気作れっつーの!


「ま、冗談はさておき、君はだれなんだい?」


「女神です」


「さっき聞いた。もう、そういうのいいからw」


「おじさん、死んでまで現実逃避するの、いくない」


「……こマ?」


「はい、マジです!」


「……ウソだぁーーーッ!うそだとってくれよ、神様ァー!!!」


「いえ、だから、女神の私が云ってるんですから、ガチなんです」


「うわーーん!」


「ちょっと、落ち着いてください、おじさん!まだ、完全に死んだという訳ではないんです。アディショナルタイムみたいなもの、って云ったでしょ?」


「……くわしくッ!」


 あっ、彼女、あきれているな?

 いきなり、こんな訳の分からんところに連れてこられて取り乱さずにいられるかっつーの!

 俺のメンタルのもろさ、ナメんじゃねーぞ!


「まず、おじさんの寿命、まだ、尽きる時期じゃないんですよ」


「え?」


「死神による本日の死亡届出とどけでにおじさんの名前ないの。つまり、本来、おじさんは死ぬ予定じゃなかったの」


「……はぃ??じゃあ、なんで死んだの?」


「おじさんのメンタルが予想以上にクソザコ過ぎたのかも?あるいは、手違てちがい?」


「前者はともかく、手違いってなんだよ、手違いって!」


「まぁ、それは置いておいて、死ぬ予定のない人間をさばくことできないの」


「裁く?」


「そう、天国送りか地獄送り、もしくはシベリア送り」


「えーッ!?地獄はともかく、シベリア送りはヤダー!……んで、俺はどこに送られるん?」


「決まってない」


「お、おう」


「死ぬ予定にない人間を天界や地界に送ることはできないことになってるの、神々のウィーン条約的なもので決まってる」


「……なるほど」


「とは云え、霊界のインターチェンジ的なここにまでやってきた人間を、何もしないでそのまま元の世界に戻すこともできないの、神々のワシントン条約的なもので決まってる」


「……よく分からん」


「そこでチャンスを与えまーす!」


「チャンス、だと?」


 チャンス、ねぇ――

 しかし、あのくっそはずかしい状況に戻ってまで、生活して行く自信ないぞ。

 黒歴史として、ネット上でずーっといじられちまうぞ!

 人気声優になった時、文春砲くらうぞ!

 いや、それ以前にずっとあのネタこすられちまう。

 気になって気になって、すでに薄めの頭髪も、ゴッソリ抜け落ちちまうよ。


「不安になってますね?」


「そりゃまぁ……」


「大丈夫ですよ。与えたチャンスをクリアすることができれば、あの出来事をなかったことにします」


「なん……だと……?」


「あの出来事そのものをなかったことにしないと、また、死んでしまう可能性があるんですから、当たり前です」


「おおっ!確かにッ!!」


「はい」


「んで、どーすりゃいい?何をすれば、なかったこと、にしてくれるんだ?」


「大魔王になって世界征服してください」


「了解ッ!なんだ、そんなことかぁ~……って、

 ――ぁぃぅえええーッッッ!!!!?」

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