第4話 エグバート王国 国王 サイラス

長く続く城の回廊。


中庭に降り注ぐ暖かい春の陽光。


抗う事の出来ない戴冠という宿命により、旅に出たいと悶々としていたエドワードの冷めた心を、王の間へ向かう一つ一つの景色が、ゆっくりと静かに温めそして緩めていった。


「エドワード王子ご到着」


王の間の入口で控えていた門兵の一人が声をあげた。


両側に直立する二人の門兵の間を、衛兵を先頭にエドワードが王の間へ歩みを進めた。


「エドワードよ、いよいよお前もエグバートの王位を継ぐ時がやってきた」


玉座に鎮座しているサイラス王の、低音の効いた重厚な声が、エドワードの顔を持ち上げた。


―いよいよ戴冠式が始まる。そして、旅をすることも出来ず、この国を治めるためだけの生活が始まるのだ―


エドワードは心の中の葛藤から目をそむけるように、王に向かって拝礼をした。


「イライアスよ、始めるがよい」


サイラス王が玉座のすぐ横、一段低い場所で青い甲冑を身に着けた、エグバート王国軍近衛兵団長のイライアスに言い渡した。


「これより、戴冠式を執り行う」


イライアスは王に向かって一礼すると、

ゆっくりと王の間に響く低音の声で叫んだ。


エドワードは、ゆっくりとした歩みで、玉座から立ち上がった王の前に進み出た。


やがて、エドワードが王の前で片膝をついて王冠を戴く刹那だった。


王の間の入口がざわめきだした。


「何事か」


精悍な顔立ちのイライアスが、凛とした表情のまま、入り口付近の兵士に怒鳴る。


すぐさま、一人の兵士が玉座の手前に来て片膝を地に着けて深々と頭を下げた。


「申し上げます。ヘイデン様の軍勢がクーデターを起こし、先程城内に侵入しました」


兵士が息を切らして言った。


「何と。ヘイデンじゃと・・・」


眉間に皺を寄せながら、サイラス王は持っていた王冠を地に落とし呟いた。


「第二王子であられるヘイデン様は、此度の戴冠式に先立って、王国西側の城リーバールに封じられたはずだぞ」


イライアスが、虚を突かれた思いをにじませながら呟く。


「し、しかし、あの旗と軍勢は紛れもなくヘイデン様のもの・・・」

兵士が恐る恐る申し立てた。


「申し上げます」


王の間の入口からもう一人の兵士が息絶え絶えに入ってきた。


「バーンハルト軍の軍勢がヘイデン様の軍に加担している模様。城外で巨漢の魔族が猛威を振るっており、わが軍の士気が低下しております」


サイラス王は、目を閉じてじっと立ちながら口を噤み、部下の兵士の声に聞き入っていた。


そして、何かを決断したかのように、大きく目を見開いた。


「エドワードよ、ヘイデンはもはや魔導士バーンハルトの配下に下ったようだ。イライアスと共に山の祠を目指すのだ。そこにお前の武器となる聖剣が眠っている」


王は言い終わると、自分の胸元から取り出したものをエドワードに手渡した。


それは、エドワードの手のひらの上で、妖艶な金色を輝かせた丸い石であった。


「その石の名は金乾石だ。古の賢人の遺志が込められておる。その石を持つ者は賢人の残した八卦の術を解き放つことが出来る」


「父上、私はどうすれば良いのでしょうか」


王からの突然の告白にエドワードは戸惑いを隠せなかった。


「本来ならば、王位をお前に継承した後に二十年前と同じく私が八卦兵の一人として、魔導士バーンハルトを討伐せねばならぬはずであったのだ。だがそれももう叶わぬ。エドワードよ、お主に託す事にする」


父が息子に向ける初めての強い眼差しであった。


エドワードは、内心戸惑う気持ちはあったが、父の眼差しを受けて、じっと話に耳を傾けた。


「行くのだ。同じ石を持つ仲間が他に七人おる。その者たちを見つけ出し、魔導士バーンハルト率いる魔族からこの世界を救うのだ」


サイラス王は言い終えると、右手で剣を鞘から抜き放ち、鞘を捨て左手でアーサーを王の間の奥に行くように突き放した。


「父上」


エドワードは、戸惑う気持ちから我に帰り、自分の腰に下げていた剣に手を伸ばす。


「エドワード、祠に向かうのだ。この奥に階下に向かう隠し階段がある。そこから階下に降りて城から脱出するための隠し通路に向かうのだ。イライアスがその道を知っている。共に山の祠を目指すのだ」


サイラス王は、エドワードとイライアスの盾になるように仁王立ちし、侵入者を待ち構えた。


「イライアスよ、頼んだぞ」


王は背中越しにイライアスに言った。


「かしこまりました」


イライアスは短く、王の背中に向けて応答した。


このような臨戦の状況でも、冷静に王の判断に対して、異論を唱える事を一切せずに、忠実に遂行する事を厭わない人間性こそが、王がイライアスを近衛兵団の長たらしめる所以である。


エドワードは、それでもその場を動こうとしなかったが、振り向かずに正面を見据えたままの父の背を見て、脱出を促すイライアスの声が聴こえる方へ歩みを進めた。


「父上、必ず他の七人の仲間を見つけて、世界を魔族の手から守ります」


去り際に、大きく見える父の背にそう叫ぶと、エドワードは振り向かずに王の間を出て行った。

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