第5話 エグバート王国 第二王子 ヘイデン
イライアスは、王の間から階下に降りるための隠し階段を慎重に進んだ。
後ろからエドワードがしっかり付いてきているかを確認しながら、前方から敵が襲ってきても防げるように、剣先を行く方向に向けて歩みを進める。
汗が額をつたう。
ほんの少し前まで、戴冠式で新しい王の誕生に立ち合い、誇りと喜びに満ちていた気持ちが、今は、怒りで胸が張り詰めていた。
ゆったりと程よく緊張が保たれていた全身の筋肉も、臨戦態勢で血管という血管すべてが、心臓から激しく送り出される血液を受けて、怒張を強め、筋肉が過度の緊張を漲らせている。
「王子、この先の扉を抜けると階下の通路に出ます。そこからは敵と遭遇するかもしれませんので、私の元を決して離れぬようにお願い申し上げます」
イライアスが進行方向に身体を向けたまま、顔だけエドワードの方に振り返り呟いた。
「わかった。イライアス、隠し通路まで誘導を頼む」
エドワードは、自分の背後から追手が来ないか、階段の上を見上げて返答した。
二人は、階段の一番下に辿り着き、目の前の壁を少し前へと押し込んだ。
壁に少し隙間が空いて、外の状況を確認できた。
外の通路には見える範囲では敵は見当たらなかった。
イライアスは壁を少しずつ押しながら、慎重に辺りを警戒した。
人が一人通れる程の隙間ができると、イライアスは頭だけを通路側に出して、敵兵が潜んでいないかを確認した。
「王子、どうやらこの通路にはまだ敵兵の姿がありません。すぐに先を急ぎましょう」
イライアスがエドワードに伝えてから通路に飛び出した。
エドワードもイライアスに続いて通路に出た。
「王子、この先の突当りの角を曲がったところに隠し扉があります。急ぎましょう」
イライアスが歩みを始めた。
突き当りまで着く途中に、曲がり角が一つある。
そこに敵兵が潜んでいないか、イライアスは遠目から通路の横壁に背中をこすり、対角線上の曲がり角を確認した。
敵兵や味方の兵が発する怒声が遠くに聞こえる。
曲がり角の先からだった。
「少しずつ何かが近づく足音と壁に何かを擦り付ける音が聞こえます」
イライアスは、エドワードに声をかけて駆けだした。
曲がり角が近づく、何かが待ち伏せしているのか、気のせいか。
イライアスは、思い切って曲がり角に飛び込んだ。
曲がり角の死角に敵がいないことを確認し足早に通過した。
ただ通過する際に、遠くの方に、人影らしきものを確認したが、目もくれず駆け抜けて通過した。
エドワードもすかさずイライアスの背中を追った。
曲がり角に差し掛かり、エドワードは曲がり角の奥に目を向けて、足音と壁をこする音の正体を確認した。
一瞬時が止まったー
勢いよく曲がり角を通過しかかったエドワードの足が、曲がり角の中間地点で止まる。
曲がり角の先から、持っている剣を壁に擦り付けながらゆっくり向かって来る金色の髪の人影が目に入ったのだった。
「ヘイデン」
不意にエドワードが叫び、握っていた剣を構えた。
エグバード王国の王子のみが纏うことを許される青い甲冑に身を包んだ男がエドワードに近づく。
「お、王子」
突き当りの角まで一気に進んでいたイライアスが驚いて振り返り、エドワードに声をかけたが、エドワードの歩みはイライアスの方ではなく、曲がり角の奥の方から向かってきた青い甲冑へと進んでしまった。
イライアスが曲がり角まで引き返してきた。
しかし、エドワードの姿は見当たらなかった。
イライアスは、曲がり角の先の通路を駆けた。
先に見える曲がり角には、敵味方が入り混じって、剣を合わせている人混みが見えた。
イライアスが奥の曲がり角に差し掛かった時、息を切らせたエドワードの姿がイライアスの目に飛び込んできた。
「王子、ご無事でしたか」
イライアスの顔に安堵の表情が浮かぶ。
「イライアスよ、先程、我々の方に向かってきていたのは、弟ヘイデンだった」
エドワードが苦々しい気持ちを表情に露わにして呟いた。
「ヘイデン様ですと」
イライアスの目に怒りがこみ上げ、眉尻が吊り上がった。
「奴は私の姿を見るなり踵を返して、来た道を引き返したのだ。私は、奴の背を追ったが、追いつけずに見失ってしまった」
エドワードが壁に拳を当てて吐き捨てた。
「王子、先を急ぎましょう。王様から命じられた山の祠を目指すのです」
イライアスが、項垂れるエドワードの背中に声をかける。
「山の祠・・・」
エドワードが思い出したかのように呟き、イライアスの方を向く。
「山の祠か」
もう一度、エドワードがイライアスに呟くと、イライアスも「いかにも」と言わんばかりに、強く頷くのだった。
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