第15話
教室を出たところで、何故か綾音は立ち止まって、少しバツの悪そうな顔をして振り返ってくるが、踵を返し、そそくさと走って行ってしまう。
俺は追いかけることも止めることも出来なかった。
「何だったんだ、あいつは…」
「神谷君って最低ね」
「わぁっ」
先程、綾音が開けっぱなしにしていったドアから九重が睨みを利かせながら出てくる。
なるほど、綾音が振り向いた理由が分かった。
「服装や身だしなみも最低だけど、根性もひねくれているようね」
「服装も身だしなみも一緒だろ…」
ひねくれた俺の返答に頭を抱えるような仕草をし、非難する目を向ける。
「なんだよ、俺が全部悪いのかよ。」
「全てとは言わないけれど、少し女性への気遣いがあっても良いのではないかしら」
「気遣い…か」
俺はその言葉に妙な違和感を感じる。
目の前には相変わらず、腕を組み凛々しく立つ九重がいる。
俺は無性にその立ち姿が気に食わなかった。
「ッ!!」
ふと脳内に閃光が走り、頭にかち割れんばかりの金切り音が響く。
頭を上げると、目の前には四肢が引き裂かれているであろう女性が鮮血に染まり、倒れていた。
恐る恐る面を見ようとするが、人とは判別できないくらいに潰れていた。
その死体から逃げる様に後ずさりをするが、震える足に何かが引っ掛かり尻もちをつく。
その瞬間に身体を支えようとして床についた手に生暖かく、どろりとした液体が付着する。
段々と苦しくなっていく。
呼吸をしようにも口の開き方もおぼつかず、鼻から入ってくるのは鉄のにおいのみ。
喉には突き刺さるような異物が込み上げてくる。
「何か言いたそうね」
九重の不満そうな声が聞こえ、俺は顔を勢いよくあげる。
「酷い顔をしてるわね」
「あぁ、少し気分が悪いだけだ。それより、さっきの気遣いとはどういう事だ。お前は戦場のど真ん中で怪我をしたやつの手当てをするのか?」
考えるよりも早くに口が動いていた。
いきなりの尖った口調に九重は少し驚いたが、負けじと声を張る。
「その状況と今の状況では何の関連性も無いはずよ」
「だとしても綾音は弱すぎる。これからの事を考えれば、たかが一人の怪我で喚かれちゃ困るだろ」
「そ、そんな事はこれから知っていけば良いことでしょう」
「そんな軽率な考えでお前は戦争に行こうとしていたのか」
「なっ…!先程の傷の手当の件で多少はマシな方だと見直したけれど、私の見当はずれだった様ね」
九重は握りしめていた拳を開き、腕を組む。
「なんで俺の評価を勝手にされなきゃいけないんだ。そもそもお前は言葉の一つ一つが上から目線なんだよ、お前が誰かは知らないがその口調をやめないと友達なんて出来ねーぞ。一緒に戦える仲間なんて論外だ」
「知らないですって…?はぁ、道理で今までのような言動や反応なわけね」
互いに口論がヒートアップして、神谷の口調も更に激しいものとなっていく。
神谷はもう引き下がれなかった。思いつく言葉を全て九重にぶつけていた。
「お前が誰かなんてどうでもいい。こんな口喧嘩をしている暇があれば、綾音に戦場で仲間を切り捨てる練習でもさせればいいんじゃないか」
俺は半笑いの煽り口調で思ってもないことを口にする。
「本気で言っているのかしら?」
九重は肩を震わせながら、俯きがちに問うてくる。
「当たり前だろ。そもそも強けりゃ仲間なんて要らないんだよ。戦場でも弱い奴からどんどん無駄死にを…」
パァン!!!
少し暗くなり始めた教室に喧嘩の終止符を打つ甲高い音が響く。
神谷は反応は出来たものの理由を理解できずに平手打ちを真正面から受ける。
脳天が揺らぎ、少し眩暈はするが、足に力を入れてよろめくのを防ぐ。
「それ以上は言わせないわ。貴方はどこまで最低なの。自分の友達は疎か勇気ある英雄ですら愚弄する気なのかしら」
ここでの英雄というのは言うまでもなく戦死者の事だろう。
「貴方は少し頭を冷やすべきよ。自分の言葉に少しは責任を持ちなさい」
そう言う九重の声は震えていたが、言葉の中に曲げようのない何か強く信じるものが視えた気がした。
九重は怒りを露わにして、俺を睨みつけて、教室を後にする。
俺は茫然としていたが、頬に熱が込み上げて、痛みを知覚すると共に声にならない声を出す。
…なんだかとても情けない。
女子二人と喧嘩した挙句に口論で熱くなるなんて俺は何をしているのだろうか。
プライドをずたぼろにされたようなやり場のない虚しさに胸が痛くなる。
「これが罪悪感ってやつか」
梟がどこからともなく鳴くのを聞きながら教室で一人、俺はロボットが感情を抱いたかのようなセリフを吐いた。
Faker いろは @iroha117
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