第14話
それより、何で俺こんな事してんだろ。
友達だから、という理由で片付けられたら簡単だ。
生憎、俺は友情なんてのは持ち合わせてはいない。
持っていないどころか、むしろ、誰かとの繋がりなんて知る由も無い人生のはずだ。
一斗に限った事ではない。
綾音や花音とも同じように気兼ねなく話せるのは何故だろう。
己の行動と葛藤しながら黙々と走っていると、目的のルームに着く。
ドア越しでもざわついているのがよく分かる。
注目を浴びたくはないので、静かにドアを開け、ルーム内へと入る。
状況は大方、予想通りだった。
数人の女子は端に寄って怯えており、ほとんどの男子は真ん中に群れていた。
近くに行くと、生々しい暗褐色の血が床にへばりついていた。
「悪い、どけてくれ」
群がる男子を押しのけると、荒く呼吸をする一斗が倒れていて、横には泣きそうな綾音と冷静にふるまう九重が座り込んでいた。
紫水先生は難しい顔をして、腕組みをしていたが、俺の存在に気付くや否や、申し訳なさそうに頭を下げる。
「頭を下げないでください」
「すまない、私の管理ミスだ。軽視しすぎたようだ」
「いえ、俺らにも非はあると思います。多分」
一斗の左腕の傷口は九重の氷魔法で完全に凍っていた。
「先生、本当にすいませんでした」
九重の後ろにいた男子二名が先生の前に出てきて震えた声で謝る。
一斗とよく話していた子達か。
紫水先生はそれを手で制して、首を横に振る。
「これは私の監督ミスだ。君達は悪くない」
突如、俺は心臓をグッと握られたような感覚に陥り、苦しくなる。
もし、俺が一斗に余計な事を言わなければ、一斗は怪我をしなかったかもしれない。
「…ッ」
ふと、綾音と目が合ってしまう。
いつもなら綾音の不安を取り除くために、何か気の利いたことを言うだろう。
だけど、紅い瞳から流れ落ちる涙を見て、俺は目を逸らしてしまう。
「ここです!!」
ルームの扉が乱暴に開かれ、女性の先生の誘導する声が聞こえる。
振り返ると担架を担いだ救命士と思われる大人が先導されて何人か入ってくる。
「怪我人は!?」
救命士の一声で、男子達は一斗から一斉に離れて道を作る。
救命士は一斗に駆け寄り、一通り状態を確認する。
俺は少し離れてその様子を見守っていた。
「こういうのはプロに任せればいいのよ」
紫水先生が小声で一言かけてくる。
それはいつものうわべの言葉とは違い、本心のように思えた。
せーの、という掛け声で一斗の身体が担架に乗せられる。
持ち上げられる一斗の身体には凝固した血がベッタリとついており、思わず目を背けてしまう程だった。
「一斗は助かりますか!?」
俺の横にいた綾音がいつの間にか救命士の一人の腕にしがみついていた。
救命士は涙声で必死に話す綾音の頭に手を置き、微笑む。
「大丈夫ですよ。その為に僕たちがいるんですから」
それまで慌てふためいていた綾音は安心したのか驚くほど、静かになりトボトボと戻ってくる。
さっき、俺が言えなかった綾音を安心させる言葉を簡単に言う救命士に腹は立ったが、それ以上に自分にも腹が立つ。
それから、一斗が運ばれた後のことはほとんど覚えておらず、先生たちにルームから追い出されて気付くと、廊下を綾音のと無言で歩いていた。
はっとして、俺は綾音に行き先を尋ねる。
「えーっと、俺たち何してるんだっけ」
「荷物...教室に取りに行く」
「あー、そうだったな」
そんな話してたっけなぁ
会話の節々に違和感を感じながらも黙って歩き続けていると、目的地に着く。
綾音は音を立てて、ドアを激しく開いて自分の席へと荷物を取りに行く。
無言の気まずさに耐えかねた俺は平然を装いながら、話しかける。
「いやー、さすがに驚いたよな。一斗の意識が戻り次第、お見舞いでも行くか」
よく考えてみれば平然とできるのはおかしい話だった。
「なんでよ...」
「ん、何が?」
「何でそんなに冷静でいられるのかって聞いてるの!!」
焦りとストレスを溜めこんでいたであろう綾音のどうにか保たれていた精神のバランスが崩れた瞬間だった。
「いや、なんでって」
「いつもいつもこっちは心配しているのに、あんたは何にもないような顔をして私たちには少しも話してくれない。私がさっき電話した時だって少しも焦らずにいつも通りに話すし、中学の時だって、授業にも出てもいないのにテストの点数が物凄く良かったの知ってるんだから。それでも一斗に分かりきった問題を聞きにいったりしてたのも知ってたんだから...」
綾音は目から溢れる涙を拭いながら、声を荒げるが、次第に声量も小さくなっていく。
当の俺は何を言えばいいのかわからなかった。
何故、綾音が点数を知っているのかも分からなかったし、ここまで怒る理由が見当たらなかった。
呆気にとられて立ち尽くしていると、綾音は悲しそうに俺を睨みつけながら
「いつも適当にペラペラ話す癖に、こういう時には黙るんだ」
と言い放ち、荷物を利き手に持ち直して、俺を押しのけて教室を出る。
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