第13話

「へー、じゃあそこで一斗と初めて会ったのか」

「そうなの」


花音はそう言うと頬を少し赤める。


「なるほど。花音は一斗は幼稚園から一緒だったんだなぁ、なんかあまりこんな話しないから新鮮だな」


花音は相当、一斗に惹かれているようだ。

一斗の話をする時だけ、顔が生き生きしている気がする。

微笑ましいなぁ…。青春だなぁ…。


「ねー、聴いてるー?」

「え、あぁ」

「じゃあ今してた話はなーんだ」

「あー、一斗の話」

「おー。正解!本当に聴いてたんだー、神谷くんってぼーっとしてる事がたまにあるから不安になるなぁ」


ちょろい!花音さんちょろすぎ!


「そういえば、中学校の最後の時期にゲーム仲間が出来たって言ってなかったー?」


花音が突然、思い出したかの様に話題を口にする。


「あー、いたなぁ…」


仲間って言っても一人だけ、だけどね!


「名前はえーっとね。ここまでは来てるの!」


〝ここまで〟と言いながら胸の少し上をとんとんと空を注視しながら人差し指で叩く。

胸が大きいのは分かった。そんなに主張してたらまな板の子達に喧嘩を売っていると思われるよ?

多分、綾音がここに居たら容赦なく目の前の怪しからんモノを鷲掴みにしてるだろう。

あいつ本当にやりそうで怖いわぁ…。


「思い出したー!織田裕二!」


進めていた歩みを急に止めて、俺の顔を指差し、名前を当ててくる。

人の顔を指差すんじゃありません。

あと、惜しい。それはとても有名な俳優さんだ。

東京ラブストーリーを思い出したわー。


「織田祐一な。教室でもみんなに間違えて覚えられてたなぁ…」


実際、本人はかの有名な俳優とはかけ離れた存在で、中学時代は引きこもりだった。

というか、ゲーム仲間とは言っても顔を合わせて話したのは一回だけだ。

大体はゲーム内のクランチャットかフレンドチャットで話している。


「どこの高校行ったんだろー」

「どこって言っても近くにあるのは中央高校くらいだろ」

「まあそーだよねー」


興味があるのかないのかよく分からない返事をして、再び歩みを進める。


「っと、気づいたらもうここか」


目の前に広がる交差点で右には綾音の屋台と俺の家、左に行くと花音と一斗の家という風に分かれる。


「じゃあまたねー」


花音は勢いよく手を振りながら、陽気に道路へと消えていった。


「はぁ…」


俺は花音が見えなくなるのと同時に溜息をついて、右の道路へと進む。



「ただいまー」


いつの間にか誰もいない家にすら帰宅の挨拶をする癖がついているのに気付く。

原因はすぐに思いつく。


「いつもはあいつらが来てるもんな」


何故か綾音が俺の家の鍵を持っているので、三人で勝手に入ってるときがあるのだ。

この家を借りた時に鍵は二つ貰ったので、その一つだろう。

玄関に置いてたもう一つの鍵無くなってたし。

普通に窃盗罪で訴えられるレベルだ。

まあ綾音には常識が通じないので放っておこう。

そんなことを思いながら、階段を上り、自分の部屋へと入っていく。

部屋は窓から差し込める夕焼けに染まり、橙色へと変化していた。

その光景と自分の部屋の独特の安心感によって、睡魔が襲ってくる。

そして、ベッドに横になる為に制服を脱ごうとする。

暑苦しい制服のボタンに手をかけるが、気力はもう限界に近く、うまく外れない。

少しの間、ボタンと格闘していたが二勝三敗で敗北を喫して、制服を脱ぐのを諦める。

そして、そのまま胸元をだらしなく開けたまま、糸の切れた操り人形の様にバタリとベッドに倒れこむ。

汚いが、毛布を干せば何とかなるだろう。

そんな適当な言い訳を自分に言い聞かせるくらい身体は疲労していた。


「久しぶりだな…」


横になると意識が朦朧として、目頭が熱くなり、瞼が自然に落ちてくる。

そして、眼の前が真っ暗になり、意識が完全に落ちて…。


「ワンワンニャオーン!!ワンワン!!」


動物の鳴き声の着信音が頭に響く。ん、あー、綾音の悪戯かぁ…。この前、俺の携帯いじってたからなー。

しかし、そんなのは些細なことで、再度完全に意識が闇に落ちて…。


「ぎゃおー!!ぎゃーぎゃー!!」

「んもぉぉおおお!!!うるせぇよ!!!」


鉄の様に重たい上半身を気合で一気に起こし、徐にポケットに手を突っ込む。

スマホを取り出し、目を細めて画面を見る。

寝起きの目には画面の発光は辛く、文字がぼやけて見えるがおそらく綾音からの着信だろう。


「はぁーぁ」


俺は本日二度目の深いため息をつき、少し考える。

最近の綾音は少しやりすぎだと思う。

ご飯をおごらせたり、勝手に家に入ったり、冷蔵庫の物を勝手に食べたりとよくもこんなに悪行が出来るものだ。

おそらく、彼女には良心が無いのだろう。

一度、きちんと怒っておかないといけないかもしれない。

そうだ。これが友達というものだろう。

俺は決心して、着信に出る。


「あのなぁ、お前は最近…」


文句を言おうとした瞬間、携帯電話のスピーカーから嗚咽交じりの甲高い声が聞こえ、耳に刺さる。


「どうしよう、伸太郎!!」


綾音が叫び終えると同時に、おそらくルーム内からであろう女子の悲鳴や男子の怒号が飛び交っているのが聞こえる。


「おいおい、なんか世界が滅びそうな雰囲気してんな」


頭に血が上っていなくて思いついたことを適当に冗談で返すと、綾音に涙声でキレられる。


「ふざけてる場合じゃないの!!一斗が死にそうなんだよ!!」

「え…あ、ごめん。」


綾音に初めて本気で怒られて、一瞬で眠気が完全に飛ぶ。

キレた綾音に驚いたのかルーム内のみんなが静まり返るのが携帯越しでもわかる。


「わ、悪かったって、あー、それで俺はどうすればいい?」


ルーム内のみんなの状況と綾音のテンパり具合から察するに一斗に身の危険があったのは分かる。

しかし、俺は何も知らされていないし、知る由もない。

もしかしたらの状況に備えて、俺は家を出る。

制服のままで良かったと安堵しながら、綾音の反応を待ち、路地を走る。


「一斗が二人を守って死にそうなの!!」


やばい。綾音の言っている事が一つも理解できない。

敵襲か…?いや、その可能性は1つ足りとも無いはずだ。

俺は困惑しながらも大通りに出て、学校を視認する。だが、ここからの道のりが遠い。

安全のためとかいう理由で大通りに校舎を建てたらしく、平らで長い坂を登らなくてはいけない。

先ずは赤信号で息を整える。


「とりあえず深呼吸を…」

「そんなこと言ってる場合じゃない!!今にも…」

「綾音!!落ち着け!!」


俺の大声に驚いたのか綾音が息を飲む。


「でもっ」


それでも綾音は震える声で話そうとする。

俺はそれを制して、深呼吸を促す。

綾音が冷静になるのを待ちながら、青信号になった横断歩道を必死に走る。


「ん…落ち着いた」


まだ声は震えているようだが、これなら話せそうだ。


「簡潔に頼む」

「一斗が、模擬戦をやろうとしてる二人に注意したんだけど、悪ノリが過ぎたみたいで一斗に斬りかかって、それで怪我をして今、血がすごく出てる。」

「意識は?」

「それは大丈夫。話せるくらいの意識はあると思う」

「なるほどな」


何があったか大体見えてきたのは良いが、俺のスタミナが限界に近づいている。

走る速度がどんどん落ちてきているのが体感でもはっきり分かるし、頭に上手く酸素が回らず、考えるという行動が思うようにいかない。

俺自身、驚いたがかなり頭が混乱しているようだ。


「とりあえず、職員室に一人向かわせろ」

「今、行かせた」

「あと、今すぐ教室だ。教室のほうがかなり近い」

「え?なんで」

「もしかしたら九重が回復魔法とか使えるかもだから。それは綾音が行ってくれ。携帯は一斗と話せる位置に置いといて欲しい」

「う、うん。分かった」


携帯を床に置く音が聞こえて、綾音が走っていくであろう足音も聞こえる。

俺は坂を全力ダッシュしながら、一斗に尋ねる。


「おーい、生きてるか?」

「一応」


かろうじて生きているのはわかるが、明らかにいつもより生気が無い。


「おぉ、正直、返事がくるとは思ってなかったぞ」

「でも、ボーっとしてきた」

「あー、それ頭に血が回ってないからだな」


まあ俺も今、同じような感じだけど。


「もしかして、やばい状況なのか」

「いや、むしろ正常だろ」

「なら…良かった」

「で、どこやられた」

「んー、たぶん右腕の下くらい」

「おいおい、大雑把過ぎないか?」

「血で傷口なんて見えないし、右腕全体痺れてるんだよな」


痺れてる…?自分の状況を冷静に分析してるのすげぇな。


「んー、まあとりあえず死なないから大丈夫だろ」

「何で分かるんだよ」

「勘だね」

「ま、伸太郎の勘はよく当たるからな。期待してるよ」

「期待ってなんだよ。絶対だ」

「ははは、言うと思った」


上り坂を駆け上がりながら何か話さなきゃと思っていると電話の相手が厳しい口調へと変わる。


「私を呼んだところで何も出来ないわよ!」

「やっと来たか」

「綾音さんから聞いたけど、回復魔法なんてものは存在しないし、黒井君には悪いけどレスキュー隊の人が来るまで安静にして待つ事ね」

「待て待て、はじめから回復魔法なんてあると思ってねえよ。九重の魔法か何かで腕を凍らせることって可能か?」

「何を言ってるの!そんな事したら傷口が余計...!!」


九重の声が次第に大きいものになってくる。

一斗の惨状を目の当たりにして焦っているのだろうか。


「いいから。保証は俺がする」

「凍らせるのが成功せずに傷口が悪化するかもしれないのよ」

「いーや、九重なら出来る」

「貴方に私の何が分かるのよ...」


九重には荷が重すぎただろうか。

職員室の先生が既に通報してるだろうし、やはりレスキューが来るのを待つしかないか。


「成功の保証は無いわよ」

「恩に着る」


俺は急いで電話を切り、坂のラストスパートを全力で上がる。

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