第12話

「おはよー!」


昨日とはうって変わって、綾音はいつも通りの綾音だった。

いつも通り、三人が家の前で待っていた。


「んー?何かわたしの顔についてる?」


何も言うなと言わんばかりに脅すような笑顔で見てくる。

ひえーっ!こっわ。


「そういや、一斗ってプラーナの特訓の方は順調か?」

「あー、もうすぐ全部完成するぜ!」

「一緒に残って頑張ってたもんねー」


一斗と花音はどうやら残って自主練をしていたようだ。


「え、残ることって出来んの?」

「えっとねー、紫水先生に聞いたらー、ルームのカギ貸してくれたの」

「それで、クラス全員で残って練習してるわけよ」


一斗がどや顔で言ってくる。

ん?全員?


「それ、俺に言った?」


一斗は俺のツッコミに対して、苦笑いをする。


「いや、誘って良いのか分からなくてな…」


おい!いや、気持ちは有り難いけど!


「綾音は知ってたのか?」

「知ってたよ。今日から嘉納に教えてもらうー」


俺、全く聞いてないんだけど...。



6時限目。

「うりゃああああ!!ふぅ...こんなもんでいいだろ」


神谷の両手には銀色の双剣が生成されていた。

少しすると呼吸も落ち着き、身体に違和感もなくなる。


「これで少しは戦えるように見えるだろ」

「おおー!完成したみたいだな」


どこからともなく現れた紫水先生が神谷の肩をポンと叩く。


「もう驚きませんよ」

「完全に気配を消していたんだがな」


紫水先生は逆に驚いた顔をする。


「俺にもその気配の消し方教えてくださいよ」

「もしかしたら来週の授業でそこらへんの事を説明するかもしれないからきちんと聞くように」


えー、適当だなー。

授業は大体寝てるからなー。困った。


「それより、よく一人でここまでやったわね」

「まあ誰も助けてくれないんで、それで次の訓練は何ですか?」

「以上よ」

「え!?……いや!もっと教える事あるでしょ?」


紫水先生は少し考え込んだ後に、顔を上げる。


「後は正直、センスと身体能力ね」

「えぇ…」

「基本的な戦い方や魔術の属性のあれこれは授業で習うし、実践授業はこれからプラーナを難なく生成出来るようにするのが目的となるから少なめにしようと思ってるわ」


まずい!授業が多くなるなんて俺の睡眠時間が増える一方だ。

何とかして阻止しなくては…寝るのも大変なんだぞ!


「でもEクラスの他の人達はどうするんです?」

「あー、そういえばあんたは居なかったから知らないのね」

「Eクラスの中にプラーナが一人、魔法には二人、生成の仕方をマスターしてる子が配属されているわ」

「え、何歳の人!?」

「それは当たり前だけど同年代よ」

「え!俺が一番乗りじゃなかったんですか…」

「何言ってんの。あんたより生成が上手い同級生や同年代なんて何万人といるわよ」


このあとの紫水先生の話によると、もともと中学校から訓練されていた子もこの高校に上がってくるらしい。

中学で訓練ってどんな事してたんだ…。

俺の中学時代は…起きてゲームして、いつもの3人が迎えに来て、学校に連れていかれて、帰って、たまにみんなでゲームして……いや、思い出すのはやめておこう。

というか知らなかったけど、ここ付属の高校なのか。

聞くところによると、クラスはA〜Dまでが付属の中学から上がってきた生徒、E〜Fまでが他校から集められた生徒のようだ。

普通に知らなかった、まあ俺はこの近くで育ってないからな。仕方ない。

一通りこの学校の説明や仕組みを受けていると、ちょうどみんなのいるルームへと着く。


「あっ、紹介しておくわ。この子は志保ちゃんよ」


先生はちょうどルームから出てきた女子を捕まえて勝手に紹介を始める。


「「.......。」」


紹介されてお互い顔を合わせるが、どちらも話そうとしない。

志保と言っていた女子は黒髪のショートで、毛先がくるんと捻じれている。

そして、目を合わせてから一度も表情が変わらない。

この子は表情筋無いの?そういや、あの髪型は中学時代、綾音がしていた髪型だ。

毛先だけのパーマとか言うんだっけ?


「もしかしてあんたらって仲悪い?」


見兼ねた先生が声をかける。


「「いえ.....」」


ハモった!!!......だから何だ。

まあここは男らしく、俺から自己紹介でもしておくか。


「あー、俺は」

「私は星空志保。よろしく」

「あ、えっ…」


それだけ言うと彼女は先生にお辞儀してスタスタと歩いていってしまった。

俺、名前言ってないんだけど。


「ほら、入って」


先生は、呆然としている俺をルームへと促す。


「はぁ…」


ルームに入って少し経つと、先生はクラスの皆を真ん中に集めて話を始める。

俺もそれを聞こうと周りと同じように三角座りで座る。

話の内容は実践授業を減らすという話だった。

この話は先程、聞いたので適当に聞き流していると横に一斗が腰を下ろす。


「どうだ?」

「何が?」

「プラーナの生成だよ」

「あぁ、もう問題なく生成出来るようになった」

「クラスの皆も大体出来てたしなぁ」

「ぶっ倒れたのは俺だけか?」

「あぁ、なんで倒れたんだろな」

「わかんねぇな。そういや、花音はどんなもんだ。魔法の方は」

「九重さんの指導が良くてほぼ全員詠唱は出来るようになったらしいぞ」

「へぇ、二人のうちの一人は九重の事か。道理でいつも偉そうなわけだな」

「まあそう言うなよ、それより魔法は色々と面倒らしいぜ」

「属性とかの話?」

「それもそうだが、詠唱の文を覚えたりとかプラーナに比べて一対一では非力だから覚える事ややる事が沢山あるらしい」

「へー。魔法の方がカッコいいとは思ってたけどプラーナで心底よかったわ」


俺が魔法なら色々と詰んでたな。

しかし、魔法は地道な努力で補える分、プラーナは努力をしてもセンスが土台となるから上達しない人は辞めていき、普通の生活へと戻って行くようだ。

…っと、話していると紫水先生に睨まれる。

一斗も紫水先生の視線に気づいたのか姿勢を正す。


「つまりはこの学園が戦いを教える場であったとしても普通以上の勉強も出来ないと意味が無いと言う事だ。この学園に入る前に入学試験があったのはそういうことだ」


話を聞いていなかったので文脈は分からないが、普通の高校並みの勉強力も必要って事か…?

また数学とか古典とかやるのか…。めんどいなぁ。


「まぁ、君らが行っていた中学と同じように教科テストもあるという事だ。プラーナはプラーナで実技もあるわ。えーと、後言うことは…あー、そうそう。ここは単位制だから気をつけなさい。留年とかあるわよ。

最後に、この学校辞めたい人が居たら相談してきてね。以上。かいさーん!」


…テンポが早いし、大事な事を最後にさらっと言うなぁ。

それだけ言うと、先生はルームから出て行く。

そして、少し経つと、胡座をかきながら友達と話す人、ルームから出ていく人がちらほらと出てくる。

今のが6時限目だったからさっきの先生の話は終礼代わりだったのか。うーむ、さすがの適当さ。


「んー」


神谷は立ちあがり、背中を伸ばして両手を目いっぱい挙げる。


「あー、この姿勢は本当に肩が凝るな」

「わかる」


一斗も同じように立ちあがり、身体を伸ばす。

「んで、一斗は今日はどうするんだ?」


「俺は残ってみんなと模擬試合とかして行くけど」

「え、そんな事もやってんのか?」

「いや、今日からだ」

「ほぅ…まあ怪我とかには気をつけろよ。武器がまだ完全に完成してないとはいえ、普通に切れるんだからな」

「え、そうなのか?」

「当たり前だろ。みんなが今、練習で使ってる武器は実戦でも使われる物なんだぞ。未完成だからって言って振り回すなよ。じゃあ俺は帰るから」

「そうなのか、わかった。気をつける、忠告サンキュー!じゃあな〜」


俺は一斗と別れて、教室に荷物を取りに行こうとルームを出ようとする。

ルームを出るドアのノブに手をかけようとすると、勢いよくドアが開く。


「嘉納、只今参上!うわぁっ!!」

「あ?おー!久しぶりじゃん」


こいつこんなキャラだったか?


「し、伸太郎も元気そうで何よりだ。うむ!」


忘れてたけど、こいつ何故か知らないが俺に気があるんだった…。

どう話を切ろうか考えていると、後ろから背中を押される。


「あ、嘉納来たー!今日からよろしくー」

「ん?あぁ、綾音か」


びっくりしたー。そういや、今日から教えてもらうとか朝に言ってたな。


「綾音さん!メールで教えた感じの練習方法で良かっただろうか?」

「うん、メール見てないけど何でもいいよー!」


連絡先を交換するの早くない?というかどのタイミングで交換したんだよ。


「伸太郎ってもう帰るんだっけ?」

「あぁ、時間が勿体ないからな」

「ゲームする時間の方が勿体ない気がするけど?それに私との技術の差がぐんぐん離されるぞー。ふっふっふっ」


離される以前に先ずは追いつけよ…。


「お前、プラーナの生成すら出来てないって一斗から聞いたぞ。このクラスの少数精鋭派閥だな」

「練習したらすぐに出来るし!」

「ダメな典型例だな」

「そーやっていつも馬鹿にするんだから!」

「実際、いつもテストとかその名言で赤点だろ」

「テ、テストは勉強だから私の守備範囲じゃないし」


ダメだこいつ。


「ま、まあ頑張れ…」

「むー。嘉納ー、もう行こ!特訓するよ!」


綾音はそう言うとルームの空いてるスペースへと行ってしまった。


「え?あ、はい!それでは伸太郎さん、お元気で!」

「お、おぉ…」


いきなり名前を呼ばれた嘉納は驚くが、さっさと綾音を追いかけていく。

やっぱり嘉納ってたまにキャラぶれるよなぁ。

…帰るか。


教室のドアを開けると、俺の席の近くに一人ぽつんと人形みたいな奴が座っていた。

あー、さっきのやつか。名前は星空だったはず。

荷物だけまとめて早く帰ろう。

俺は自分の席に近づき、スッと机の中の教材を鞄に詰める。


「…」


え?今後ろでなんか星空さんが喋った気が…。俺に話しかけたの?いや、まさか。でも俺以外に人いないし。


「な…し……の」


やっぱり何かを喋っている。驚く程、声が小さい。

神谷は少し振り向いて確認する。


「えっと、俺に話しかけてる?」

「なんで……」


俺を見ている黒い瞳が何か自分の中身を見られている気がして、少しゾワッとする。


「悪い、聞こえないだけど。なんて?」

俺の耳が悪くなったのか…?

「なんで一緒にいるの?」

「は?」

「…」


沈黙が続く。

何の事だ?

そういや、喋ることすら二回目か。


「あー、悪い。気づいてなかった。集中すると周りの声とか聞こえなくなるんだよ。俺に何か用があったのか?」

「やっぱりいい」


星空は下を向き、しゅんとする。

あ、なんかちょっとかわいい。

先程の不気味さは欠片も感じられず、ただの可愛いロリになっていた。


「え…。あー、そうか。まあ何か言いたいことがあったら気を使わずに言ってくれ」


こいつはたまにいる不思議ちゃん枠だな。

気の利いた言葉を考えていると、教室の外から話し声が聞こえる。

時間的に魔法適性のルームで紫水先生の終礼みたいな話を聞き終えた同じクラスの人達だろう。

一刻も早く立ち去らないとこの静かな空間にひびが入るだろう。

神谷にとって教室の雰囲気はあまり好ましいものでは無かった。

例え、教室で本を読んでいても周りの雑音が頭に入ってくるし、聞きたくない話だって聞こえてしまうからだ。

だから、教室にいるのは騒々しくて仕方がなかった。

しかし、騒々しいのが嫌いなわけでもなく、いつも一緒にいる三人のやかましさは今は心地の良いものだった。

それは彼らが俺に気を使っているからだろうか。

目障りと思ったのは初めだけだった。


「さっさと帰るか」


神谷は独り言のように呟き、鞄に手をかける。

と、同時にクラスの人達が談笑しながら入ってくる。

出て行くタイミングを失い、全員が入り終わるまで待つ。

そして、列の最後だと思われる九重が入ってくる。

普段、一人でいるので、どうせ一人なんだろうと思っていたが、今日は誰かと話していた。


「でさー、神谷君ったらなんて言ったと思う?」

「さあ?」


あー、神谷君の話かー。分かるよ。愚痴りやすいよね!うん!………え?


「神谷君がね〝俺が本当にいるべき場所を見つけた〟とか言ってね、ゲームしてるの。なんかその情景が面白くってシュールで笑っちゃった」

「そうね」


会話になっているのかは分からないが、愚痴ではないようだ。安心。


「あ、神谷君!待っててー。今、帰る支度するからー」

「え?あっ…」


俺、一人で帰りたかったんだけど…。

俺の話をする声の正体は花音だった。

花音はドアの側で立ち尽くす俺を見つけては、バタバタと急いだ足取りで自分の席へと戻る。

残された九重と神谷の間に沈黙が続く。

俺は内心、いつも通り何処かへ行けよ!とか、何この空気!とか喋っていたけど。

先に重苦しい静寂を破ったのは九重だった。


「貴方、中学時代から相当変わっていたみたいね」

「それはお互い様だろ」


実際、九重も相当変わってるはずだ。

一斗に聞いてる限り、俺に対してだけでは無く、男子全員に冷たく当たるらしい。

だが、男子からは相当人気があるらしい。

ドMなのか。

逆に嫌っている人も相当いるそうだが、反感を買うのは仕方ない話だ。


「私は貴方みたいに不節操な生活はした事はないけれど」

「少しの不節操な生活は健康に良いらしいぞ」

「えっ、そうなの?」


素直かよ。なんか今日は当たりが軽い気がする。


「当たり前だろ。ずっと同じ生活を延々としてたらいつか気が狂うぞ」

「たしかに。でも根拠が無いわ」

「根拠ねぇ…。じゃあソースは俺」

「ますます根拠が無くなったわ」


こいつ、やっぱりムカつくぞ。


「あー、それよりこの後どうすんの?」

「そんなことを聞いてどうするの?」

「なんとなく?」


本当は話すことが無くなっただけだ。


「お父様のお仕事が終わるまで教室で待つわ」

「ふーん」


興味の無い事は聞くもんじゃ無いな。

話が続かない。


「お待たせー」


九重とのお喋りとかいう苦行で待たせておいて、少しも悪びれのなさそうに花音が笑顔で寄ってくる。

今日も一人で帰ろうと思ったのに…。

そういえば、花音と二人きりで帰るのは初めてかもしれない。

大体、花音と一斗はハッピーセットみたいな括りだと思っていたからな。

昔からの幼馴染らしいし、仲が良くても別になにも不思議ではない。

後、花音と綾音は性格的には全くの真逆だが、馬が合うのでほとんど一緒にいる。

だから、花音が一人でいるのは凄くレアだ。

友達なんてケロッと作ってしまうコミュ力はありそうなもんだけど、一斗と綾音以外に話してるところなんてほぼ見たことが無い。

話していたとしても綾音の友達と、だろう。


「じゃあ花音さっさと帰るぞ」

「あ、うん!氷華ちゃん、じゃあね!」

「えぇ、さようなら」


それだけ言うと九重は俺に一瞥も無しに自分の席へと戻っていった。

あれ、俺には?うん、まあ俺からも挨拶なんてしてないからイーブンだな。引き分けだ。


「おーい、神谷君?」


九重を軽く睨んでいると花音が目の前で手を振って反応を確かめてくる。

うっ、わぁ、胸が揺れてる。す、すごい…。

手を左右に振るにつれて、花音の大きい胸も……いや、ダメだ。魅了されるな。

これ以上見ていたら花音の信用を落とすことになる。

しっかりしろ、神谷!


「あはは…大丈夫。むしろ、ずっとこうしていたい」

「……?よく分かんないけど、ほら、早く帰るよ!」


花音は小さな歩幅でトコトコと小走りで行ってしまう。

よし、花音の信用は守れたらしい。

さぁ、帰りでどんな話するかなぁ…。

俺は教室を出て、廊下で鼻歌を歌いながら歩く花音を追いながら黙々と話題を考えた。

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