第10話

「はぁぁぁあああ!!??」


神谷は頰を赤く染めた嘉納から全力で逃げていた。

なぜかと言うと…


「何故逃げるんですか!?愛を誓い合った仲でしょう!」

「知らねえよ!ていうか昨日会ったばかりだろ!いつ言ったんだよ!」

「ここで貴方が告白したじゃないですか!」

「昨日はコントロールの練習を教えてくれ、と頼んだだけだ!ていうか同性愛なんて法律で許されてないぞ!」

「愛に法律なんていりませんよ!」


ルームの中で全力で追いかっけこする二人を見ていた綺麗な赤色の髪をした女子はため息をついて、立ち上がる。


「しーんたろー!!いつになったら練習始めるの?せっかく来てやったのにー!私に教えろ、こらー」

「お前、邪魔しに来ただけだろ!」

「教えてくれないなら帰るよ!」

「いや、帰れよ...」

「僕がいること忘れてませんか!?」


走りながら神谷は良い事を思いつく。


「そ、そこまで俺と付き合いたいなら条件がある」

「...仕方ない、良いでしょう」


嘉納は追いかけるのを止めて、立ち止まる。

こいつ、馬鹿だろ。


「そうだな、綾音が俺よりプラーナの使い方が上手くなったら考えてやってもいい...」

「ちょっと!なんで私を巻き込むの!?」

「たこ焼きで許せ」

「今日の晩飯で許す」

「くっ...。背に腹は代えられない」


嘉納は少し考えて口を開く。


「ふむ...綾音さんとはそちらの女子で良いのか」


嘉納は俺の横にいる綾音を指しながら言う。

すると、綾音が自己紹介を始める。


「あ、そーです。よろしくー。おぉ、君の金髪かっこいいねえ」

「いやいや、君こそ、その赤い髪はルビーのように美しい」

「おー!見る目あるね。これ地毛なんだぞ。すごいっしょ」

「地毛!?ほんとか!だから、綺麗なのか。素晴らしい!」


え、えー...なんか即打ち解けてるんですけどー。

すると嘉納が振り返り、再度確かめにくる。


「この綾音さんを、伸太郎より強くすればいいんですね?」

「呼び捨ては止めてくれ。寒気がする。ま、まあそういう事だ」

「任せてください。そうすれば...」


嘉納と目が合う。

瞬間、嘉納は目を背けて顔を赤らめる。

何故だろう。恐怖と背筋に寒気が走る。

俺はホモじゃない。俺はホモじゃない。俺はホm...。

一人で逃避行に走っていると肩を叩かれる。


「行っちゃたけど...」


嘉納は見ていない間に出て行ったらしい。


「俺は...え?あぁ、行ったか。なんか巻き込んで悪かったな」

「べっつにぃ~」


そっぽを向きながら綾音は答える。


「これで一つ面倒事が無くなったな。でも結局、何も成長してねえし...」


言った後に自分が犯したミスに気付く。


「今なんて言った?」

「あ...はは。いや、そういう意味じゃなくて。ですね」

「つまり私があんたに勝てるわけが無い、と」

「いや、そうではなくてですね」


顔も見せずに、綾音はルームの扉まで近づいて、


「決めた!あんたを越してやる。そして、嘉納と付き合わせてみせる!」

「え、いや、ちょ...!」


ドアが音を立てて、勢いよく閉められる。

やっちまったなぁ。綾音は一回怒ると融通が利かないからな。

いや、まあ俺が悪いんだけど。けど、付き合わせるってどういう事だよ。


「はぁ、練習すっか」


元気のない声でぼそぼそと言いながら神谷はようやく練習を始めた。




昼休憩

「なぁ、一斗。昼休み...ってこんなに空気冷たかったっけ」

「俺に聞かないでくれ」


学生が、授業の疲れや勉強に使う休憩時間の一つである昼休み。

普段は、仲良しな友達と談笑しながら昼ご飯を食べる楽しい時間だ。

しかし、今日の一年D組の昼休みは寒波が襲っていた。

原因は言うまでもなく...。


「「「....」」」


女子達から無言の圧を感じる。


「おい、やっぱりなんかあった?」

「頼むから俺に聞かないでくれ」

きっと綾音がさっきの喧嘩の事をみんなに言ったんだ。ふーんだ。

女子からひそひそと話し声が聞こえてくる。


「え、神谷君ってそっち系なの?」

「綾音ちゃんが言ってたよ」


...え?


「ルックス良いけど、陰キャだから」

「奈々美ちゃん告らなくて良かったね」


...え、なんで?つーか陰キャってなんだよ。

その前に奈々美ちゃんって誰だよ、早く告ってきてくれよ。


「綾音ちゃんに相談してなかったらホモに告るとこだったね」


...は?


「更には二次元のロリ好きだってさ」

「ひえぇぇぇぇ。犯罪者予備軍じゃん」


...死のう(切実)


「ん?伸太郎どうかしたか?」

「あぁ、俺は一回死んだほうが良いみたいだ。は、はは」

「...そ、そうか」


いつも二人で食べているので、目の前にいた一斗が放心状態の俺を心配して声をかける。

そして、神谷はこのテンションのまま学校一日を乗り切った。



そして、終礼。

担任である紫水先生は、いつもなら簡単に終わる所で話を続ける。


「うーい、お前らー。私の独断と偏見で委員を適当に割り振っといたぞー」


紫水先生が壁に、何か書きこんである紙をピンで止める。


「学級委員は黒井、斬山」


なんか裏で仲良くなるパーティーとかやってたらしいけど、やっぱそうかぁ。

色んな仕事を自分からやっていってた気がするし、この二人は適任だろう。


「プラーナ委員は神谷、高枝。文句あるか?神谷」

「...ないです」


わーお、入っちゃたか。面倒だなぁ。てかそんな委員あるんだ。


「魔法委員は黒金、九重」


どっちも知らないなぁ!!??


「あとはー、雑務委員は神谷、九重」


雑務しんどそうだなぁ、かわいそうに...。

...は?


「なんで!?」

「なぜ!?」


同じく声を上げた女子と目が合う。


「なんでってこの前、一緒に雑務やったじゃない?」

「いや、俺とか二つ目ですよ!?」

「断ります」


九重がばっさり切り捨てる。

そーだ、断れ!今回は応援するぞ!


「だーめ、雑務くらい仲良くやりなさい」

「...無理です」

「氷菓ちゃーん、おーねーがーいー」

「下の名前で呼ばないでください!!」


九重が少し赤くなる。

目が合う。

と、同時に九重が深呼吸をして口を開く。


「やっぱり無理です」


えぇ...今の間は完全に仕方ないわねっていう流れじゃん?

ねぇ?生理的に無理なの?


「生理的に無理です」

「せんせい、死んでいいすか」

「はぁー。あんた本当に女々しいわね。たかが一人の女子に生理的に嫌われてるだけでしょ」

「神谷君は女子全員に嫌われてますよ」

「あ、そうなの...なんかかわいそうね」


さっきまでの事を思い出して、死にそうになる。

俺は二次元のロリ好きでホモ。俺は二次元のロリでホモ。俺は二次元のホモ。俺は二...。


「おーい、神谷ー!生きてるかー」


紫水先生の声で現実に戻される。


「はっ...!?ダイジョ―ブデス。ボクハ」

「駄目ね。まあ雑務って言っても仕事がほとんど無いから大丈夫よ」

「...なら良いですけど」


九重が渋々、引き受ける。


「じゃあ解散っ!!!」


紫水先生は嬉しそうに終礼を終わる。


終礼後、机に突っ伏している俺に綾音が声をかける。


「ほら、伸太郎。おごり」

「人を財布みたいに扱うんじゃありません。」


綾音が拗ねたような口調で言う。


「いや、約束だったし」

「まあそうだけど、今日の晩ご飯だっけ。で、何が良い?」

「そこまで決めるのなんか悪いし、伸太郎が決めて」


わー。すっごい怒ってるよ。けど、悪いと思うなら自分で払え!!


「えーと、じゃあお前の店行くか」


綾音の両親はラーメン屋を経営している。

中学時代、それを知らずに店に行ったら綾音が働いていて、話しかけるなオーラがにじみ出ていた事があった。


「はぁ?なんで私が自分の親の店に行かなきゃならないの?」

「まぁ、久しぶりに行きたいから。あそこのラーメン美味いんだよなぁ」

「そんなお世辞いらないし」

「...お、お世辞じゃないよ。はは」

「じゃあ、あんただけ値段倍で」

「え!?」

「冗談。早くいくよ」


先に教室を出ていく綾音が少し笑っていた気がした。

...気がした。

というか、そう思いたい。

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