第8話
「…つまりこうしてプラーナは生成されてると考えるのよ。」
紫水先生が黒板に書いた白線やら文字ををペチペチと指示棒で叩く。
あれから数日経つと忙しかった日が嘘のようにさらに忙しくなる。
つまらない授業だけで忙しいのに宿題やらやることが多すぎる。
まあ俺は一斗達が解いたのを写してるだけなんだけどね、ははは。
「こら、神谷ちゃんと聞け。」
「聞いてます。」
そして初日以降、紫水先生は何かと文句をつけて俺をパシリに使う。全く酷い人だ。
「はぁ、神谷がやる気なさそうだから実践練習にするわ。授業は三十四ページまでやる予定だったからちゃんと目を通しておいて。」
クラスのほとんどから歓声が上がる。
「...なんで俺のせいなんですか。」
「うるさいわね、さっさと行くわよ。」
みんなが嬉しそうに席を立って早足でルームへと向かう。
「なーいす、伸太郎!」
「よっしゃ、今日こそコツを掴むぞ!」
「ははは...。」
綾音と一斗が嬉しそうに走っていく。
ちなみにこの時間は魔法とプラーナが分かれていて、花音は魔法なので別で授業らしい。
「何してんのー?ほらー、行くよ。」
「うーい、分かった。」
ルームでは既に何人かが練習をしていた。
横では一斗が型となる木刀を持って目を瞑っていた。
授業でも自分の型にはまりそうな物を持ちながらイメージすると分かりやすいとか言っていた。
そんな事して本当に出来んのかよ。っわ!いきなり目開けんな、怖ぇよ。
「いやー、わかんねぇな。」
「そりゃ、分かんねえだろ。」
「伸太郎が言ってた感覚さえ分かればなぁ。」
「俺にも説明がつかないから無理だな。」
「...なんだそれ。」
それだけ言うとまた目を瞑り、瞑想にちなみ迷走をし始めた。...寒いな。
「さーて、俺もやるか。」
俺の場合は何か嫌な事があった時の事を考えながら双剣の形を想像すると、手が少し痺れてくる。
これあってるよね?もしかして手が痺れているだけ?
「おーい、神谷ー、どんな感じだ。」
紫水先生が欠伸しながら聞いてくる。
「はぁ、なんで俺に聞いてくるんですか。」
「綾音ちゃんが、あんたがコツを掴んだって言ってたわ。なんか手に暖かい感じがするとかなんとか。」
あいつ...。
横目で綾音を見るとルームの隅で女友達と座って話していた。練習しろ!
「詳しく言うと痺れるって感じですかね?この感じは合ってるんですかね。」
「まぁ感覚に一概に正解なんて無いとは思うけど、多分あんたの感覚はビンゴね。」
「...適当ですね。」
「どれもそういうものでしょ。」
この人は、実践授業が暇で楽だから理由をつけてよくするのか。
「まぁ引き続き頑張りなさい、早く生成できるようにしなさい。」
「まぁ急ぐことでも無いですから。」
「急ぐことよ、そろそろ私もお金が欲しいころだし...。」
「はぁ...?」
何言ってんだこの先生。
それだけ言うと、先生はご機嫌に鼻歌を歌いながらどこかへ戻っていった。
やっぱ分かんねえな。
そして俺はプラーナで双剣を生成する練習に戻る。
ふーむ、嫌だったこと...。何かあったっけか。
この前、冷蔵庫の中の食材を食べられた事...正直、嫌な事と言われたら違うな。
生きてて何だかんだ嫌な事って少ねぇな。
他には親,,,親?そういや、なんで俺って両親の事知らないんだ。
知らないというより覚えてないのか。
..ん?おぉ!なんかあったかい感覚来たぞ。
「うわぁ、出来てるじゃん!」
「わあ!って綾音か。びっくりしたなー。」
「びっくりしたのはこっち。すごーい、綺麗~。本物っぽいわー。」
「え、本物じゃないの。」
「え、本物なの。」
会話と、両手に違和感を感じて見てみると透き通った緑色を帯びた双剣の形をした物が手の中に収まっていた。
「っわぁ!なんだこれ!」
「え、気づいてなかったの!?」
「綾音と話すときは基本、適当に合わせて喋っているだけだったからびっくりしたわ。」
「...最低。でもすごいじゃん!一斗ー、見てこれ!」
「なんだよ。今いいとk...あ!出来てる!?お前!天才か!」
一斗が大きな声でそんな事を言うものだからみんなが集まってくる。
...うわ、めんどい。これ消せないのか。
と、思っていると身体がすとんと人形のように落ちる。
まるで力が入らない感じで立つことすらままならない。
「なにしてんだ、伸太郎。」
「いや、力が...入らない。」
一斗が変な人を見るような目でこちらを見る。
他の周りにいた人たちもひそひそとこっちを見て話し出す。
あぁ。恥ずかしい。頼むからどっか行ってくれ。
「だ、大丈夫!?私先生を呼んでくる!」
綾音は人が変わったように焦って先生を呼びに行く。
いつもと違う綾音を見た。あんな綾音初めて見たわ。あいつに焦るという感情なんてあったのか。
綾音はすぐに先生を呼んで戻ってきた。
「せんせい!伸太郎がいきなり倒れて...!」
近づいてきた先生は倒れ込む俺を見るなり笑顔で開口する。
「おー!神谷!よくやったな!」
「...皮肉ですか?」
「力が入らないのはプラーナを一気に使ったせいよ。それをコントロール出来たらようやく三流ね。」
「はぁ...。」
「あと、その双剣は自分の手から離したら消えるわよ。えー、後は...迂闊に触らないこと。それ一気にプラーナを凝縮してその形に収めているから今の切れ味はたぶん相当やばいわね。まあその双剣を振る元気もないだろうけどね。」
「そう...ですね。分かりました。」
「あんたはこれからコントロールの練習ね。次からは別のルームで一人で練習ね。」
「はーい。」
「気合の無い返事ね。」
「力が出ないんですから勘弁してください。」
「えーと黒井君。このルームの正面の休憩室に神谷を運んでおいて。横になれるスペースがあるから。」
「分かりました。」
双剣から手を放して、武器を消す。
そして、一斗におぶってもらう。
「悪いな。」
一応、謝っておく。
「そう思うなら、早く回復してコツを教えてくれ。」
「はいはい、分かった。」
背中でよく見えないが一斗が笑う。
優しいかよ、お前はモテろ。
あ、そういえば綾音、にも謝って、おかなきゃ..な...。
夢を見た。
真っ暗なところで何かを待っている夢だった。
途中、どす黒い何かが自分の内臓の中から込み上げてくるような感じがした。
俺は選択をもう間違わないと決めた。
俺は...。
「っかはぁ!ごほっ、ごほごほ。気管に、ごほっ!」
目を開けた瞬間、夕日が眩しくて細目になる。ついでにむせる。
「はぁ...大丈夫?」
綾音が顔を覗き込んで来る。近い!花音と言い、俺がもっと男子って事を知って!
「え!?あれ、あー、綾音か。」
「あー、って何?花音の方がよかった?」
あからさまに不機嫌になる。
「え、あ、そういう意味じゃなくて、それより何か黒い夢を見た気が...。」
「...。」
完全に拗ねたようだ。
「ん、そういえば悪かったな。」
「...何が?」
「えーと、俺に力が入らなくなった時、すぐに先生呼んでくれたじゃん。」
「はぁ、伸太郎はほんとに謝るね。」
「え、悪かったか?」
「もう、それでいいわー。」
枕もとの横に座っていた綾音は足を揺らしながら、肩を落として弱々しく笑う。
一体なんなんだ。まあいいか。
「一斗と花音は?」
「やることがあるらしくて帰った。途中まではいたんだけどね。家が知り合いだからか最近多いよねー。」
「そうか...って、今何時だ!?」
窓が橙色の夕日を反射していたのを思い出し、質問する。
「さっきは六時半だったー。」
「じゃ、今は七時近くか。」
ずっと横になっているのもあれなのでとりあえず腰を上げる。
「いてて、よっこらせ。先生にとりあえず言わなきゃ。」
「起きて大丈夫?」
「ん、力入るし、歩けるな。」
「先生が、起きてすぐ帰れそうなら帰れってさー。」
「相変わらず適当だなー。んじゃ、帰るか。」
「うん!それでー、看病してたから何か奢ってー!」
綾音は笑顔で病人に夕飯を奢れと言ってくる。
来ると思ってたけどさ。
「ったく、それ狙いで看病してただろ。」
「えへへー、そうとなればお好み焼き屋にレッツゴー!美味しい店知ってるからさー。」
「はいはい。」
持ってきてくれたのか、横に掛かっていた荷物を無造作に持ち上げて、立ち上がる。
「ほらー、行くよ!」
早いことにもう綾音は扉の近くにいてぶんぶんと手を回していた。
「これが平和か...。」
小声で自然に思ったことを口に出す。
「ん、何か言ったー?聞こえないぞー。」
「いや、何でもない。いくぞー!今日は一杯食べるぞ!」
「いえーい!」
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