第5話

先生同士が楽しそうに話しているのを横目に神谷は正面を盗み見て震える。


「何かしら」


目の前の美少女が俺をにらむ。


「何でもない」


俺は心の中で、九重とこれだけ話すことができるならコミュ障を脱しているのでは、と考えていた。

こうなったのはすべて面倒ごとが嫌いで適当な紫水先生のせいだ。

今は段ボールをすべて開封し終えて、教科書や参考書、生徒たちに配る物を仕分けしていた。


「やっぱり結構量があるなぁ」

「そりゃ、そうよ。今年入ったのは...えーと何人だっけ?」

「258人です。しっかりしてくださいよ、、あなたも担任なんですから」


前川先生が紫水先生のフォローをしっかりする。


「あれ、前川先生はこの学年の担任なんですか?」

「ん、そうだよ。部門別では魔法の担任をしていて、B組の担任だよ」


あ、そういえば自分の組を知らないや。教室に行くとき一斗について行っただけだからな。


「...紫水先生。俺って何組ですか?」

「はぁ?あんた正気?D組よ」


どうやら俺はD組らしい。


「あなた、自分のクラスすら知らないなんてどうかしているわよ」


九重が作業する手を止め、呆れた顔をする。

まぁ、今回は自分の方にほんの少しだけだが非があるのでスルーする。

そういえば、魔法やプラーナは覚えたら日常的に使っていいのだろうか。

こんな機会滅多にないので先生に聞けることを聞いておこう。


「先生、魔法やプラーナはそこら辺りで使ってもいいんですか?」

「あー、街中で魔法やプラーナを使うのは生活魔法レベル以上の物は法律で規制されているから駄目だよ。この学校の敷地範囲内なら一応認められてはいるけど。また明日のオリエンテーションでそこら辺については言うはずだよ」


へぇ、でも普通に街中で使ってもばれなさそうだな。


「ばれないなら使ってもいいと思っているのだろうけど魔力やプラーナは使うと眼には見えない跡が残るから調べられたら残念ながら一発であなたという事がばれるわよ」

「なんで俺が街中で使う前提なんだよ。...でも跡が分かったからって俺とは特定できないんじゃないか?」

「はぁ、あなた無知も良いところよ」


さすがにカチンときて言い返そうかと思ったが、紫水先生が会話に口を挟む。


「仕方ないわ、九重ちゃんが知りすぎてるのよ。あなたは私よりも詳しいわよ」

「紫水先生はもっと勉強してください。あと、何度も言いますがその呼び方やめてください」

「あのー、それで結局なんで個人を特定できるんですか?」

「それは人間の個人のDNAが魔力やプラーナに入ってるからだよ」


へぇ、DNAがなぁ。理解できるようで全然わからん。


「でも全国民の中から一人を見つけるなんて出来るのか?」

「そこで特定を楽にするための血液検査とかが明日あるから休まないでね。怒られるのは私なんだから」

「休むわけないじゃないですか。中学でもほぼ休んだこと無いですよ」

「私が綾音ちゃんから聞いてないと思ったの?あんたが中学時代不登校だった事」


あのやろー!!!もう俺の家ぜってぇ入れてやんねーからな!




一方その頃三人は...。


「はいー、俺が一位ー」

「あーあ、最後のアイテム運が無かったな~」

「ちょっと!?このNPC私しか狙ってこないんだけど!?ちょ、やめっ。あぁっ、落ちたー!」

「やっぱり伸太郎がいなきゃ一位取れるな」

「神谷君はやってる時間がおかしいんだもん~」

「なんでこんなとこにバナナ!?ああっ!?また落ちたじゃん!!」


ゲームを楽しんでいた。






「へぇ、不登校だったのね」


九重が目を細めながら言う。


「なんだよ、不登校で悪かったな、ふん!」

「いえ、不登校になるのは仕方ない事よ、性格が性格なのだから」

「はぁ?お前だって性格変わんねえだろ」

「私は他人の告白現場を隠れて盗み見るなんて野暮な事はしないわ」


それを言われてはこちらとしてはもう何も言えない。


「また、九重ちゃん告白されたの?もういっそのこと付き合っちゃえば良いのに」


紫水先生が会話に横やりをいれる。

たぶん紫水先生は綾音と同じタイプだ。会話に参加したがる。


「絶対に嫌です。男性は苦手です」

「そんなこと言ってると歳をとる度に後悔するわよ」

「ははは、実体験は流石に説得力ありますね」

「神谷、あんた留年にするわよ」

「ご、ごめんなさい」


いや、けどすごい説得力でしたよ。本当に。


「..ふふふ」


俺は初めて笑った九重に目を奪われる。なんだ、笑っていればただの女の子じゃないか。


「何を見ているの、気持ち悪いわ」


...た、ただの女の子じゃないか(震え声)


「神谷、君は運がいいわね」

「はぁ...?」

「九重の笑顔を初日から拝めるとはね」


紫水先生が虚空を見ながらしみじみと語る。

そんなに激レアなのか。まさか俺のガチャ運がこんなところで役に立つとは。


「人の笑顔を物扱いしないでください。そ、それに...私は普通に笑うことくらいできます」


うおぉ、照れてる。ちょっとかわいいな。二次元の女の子にこの良さは無いな。


「何を見ているの、本当に気持ち悪いわ」


...本日二度目だ。全く、いつ言われても精神がすり減るぜ。はは、は...。


その後も九重の鋭い言葉に精神をすり減らしながらも黙々と仕分け続ける。


「っと...これで全部か」

「はぁ...やっと終わったーー!」

「巻き込まれた私に対価はあるんでしょうね...」

「ほら、神谷。あぁ、言ってるわよ、対価を払いなさい」


連れてきたのはあんただし、対価を払うのもあんただろ!


「じゃあ、今日の夕食は僕のおごりという事で、みんなで食べに行きませんか?」


前川先生が閃いたように提案する。


「さーんせーっい!」


紫水先生のテンションが一気に上がった。この人の性格は一日で大体わかった。こういう人だ。



「九重さんは?ご両親にも言っておきますが...」

「...なら私も行かせてもらいます」


少し考えた後に、答える。


「神谷君は行くかい?」

「うーん、家に帰った後に特にする事は無いけど...」


あ、ゲームする約束してたわ。ま、いっか。


「あぁ、そうか。確かに両親も心配するかもしれないしね...」

「いや、俺は両親いないんでその辺は大丈夫なんでやっぱりごちそうになります」

「そうだったか、すまないわね」

「いえいえ、一人のほうが楽な事もありますしね」


すこし空気が重くなり、申し訳なかったので微笑しておく。

毎回この話題になるとこんな空気になるんだよなぁ、ちょっと辛い。


「あぁ、そういえばそんな事がプロフィールに書いてあった気がしないでもないわ」


思い出したように紫水先生が口を開く。


「そこは覚えときましょうよ」

「じゃあ、そういうことで焼肉に行きましょー!」


接続詞間違えてませんかね。まぁその適当感が今はありがたいのだが。


「え!ちょっ...勘弁してくださいよ。紫水先生!」

「ほら、さっさと行くわよ!車とってくるわー、にっく、にっく!やっきにっくー!」


そして上機嫌に教室を飛び出していった紫水先生の事を、前川先生が追いかけるように出ていく。

九重が立ち上がり、教室を出る間際に振りかえる。


「何しているの、行くわよ」

「え、あぁ、行く」


立ち上がり教室を見渡す。

仕分けが終わってもこのままこれほっといて良いのか。教室汚いぞ。

振り向くと既に九重は先に行ったらしく、出口のドアが閉まっていた。

...これ、段ボール箱を捨てなきゃだめだろうし。

更には生徒に配るための大事なものもそのまま床の上に置いて行っちゃだめだろうし。


「はぁ、最後に一仕事するか」


肩を落とし、神谷は段ボール箱を集めて、仕分けした教材等をクラス単位で綺麗に片づける作業をし始める。


教室は橙色の夕日が差し込み、空いた窓から春風が優しく吹きこんでいた。

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