第7話 あなたはどれだけ苦しかったのかしら、寂しかったのかしら
「良かった。いい天気ね」
支度を終え、バルコニーで一休憩していた私は、澄み渡った青空を眺めながら目一杯伸びをした。薄い桃色のドレスが風に揺れる。今日は庭を散策する予定だから、普段より少しだけ動きやすい仕様だ。
油断すると緩みそうになる頬に手を当て、何とか気を引き締める。この一週間、ずっとこの日を待ち望んでいた。
何を隠そう、今日はエリアスが訪ねてくる日なのだ。庭を案内すると約束していたから、綺麗に晴れてくれて嬉しい。
厨房では、朝からお菓子作りを張りきってくれているようで、様子を窺いに行った際には甘い香りがふわふわと漂っていた。私の注文を受け、料理人たちが腕によりをかけて何種類ものお菓子を作ってくれているらしい。
その優しさが、今はただただ嬉しかった。もう一度、公爵家の皆の温かさに触れられる日が来るなんて、今でも夢のようだ。
髪と瞳の色から社交界では蔑まれている私だが、その分、ミストラル公爵家の皆は私に優しくしてくれる。今は8歳という幼さだから余計にそうだ。今日は「コレットお嬢様のご友人が遊びにいらっしゃる」と使用人一同張りきっているようだった。
どこか落ち着かないのはお父様も一緒で、朝食の時間もちらちらと私を見ては小さく溜息をついていた。その様子を見たお母様がお父様を宥めることを繰り返してどうにか平常心を保っているようだったが、その理由を察するまでは不思議で仕方なかった。
恐らく、お父様はエリアスを私の婚約者候補として見る覚悟を決めているのだろう。私もエリアスも8歳という幼さだが、このくらいの歳で婚約というのはこの国の貴族の間ではそう珍しいことでもない。15歳の社交界デビュー前に、既に半数は婚約者を得ているくらいなのだから。
とはいえ、私はまだエリアスと婚約者の関係になるつもりはなかった。エリアスの幸せが、私と結ばれることとは限らないからだ。この段階でエリアスを縛ってしまっては、以前と同じ悲劇が起こりかねない。
それは、星鏡の天使様にも強く言われたことだった。恐らく彼は、私がエリアスに近付くことを今も良く思っていないのだろうけれど、私の我儘を許してくれるだけの寛容さは持ち合わせているようだった。
星鏡の天使様はいつも私を見守ってくれているらしく、何かあれば会いに来てくださるそうだ。恐らく、今日エリアスと会うのだから、また近いうちに姿を現すのだろう。
あの奔放な天使様の話は、未だに誰にも打ち明けられずにいた。天使様に内緒にして欲しいと言われたわけでもないのだが、家族やリズに話したところで、夢でも見たのだろうと笑われるのが落ちだ。私だって、今でもあの光景は夢だったのではないかと疑ってしまうくらいなのだから。
「……本当に、何の理由があって、私をこんなに気にかけてくださるのかしら」
結局あの夜に解消されなかった疑問は、今も胸の奥で燻り続けている。今後も事あるたびに尋ねてみようとは思っているが、どうもあの調子だとこの間のようにはぐらかされてしまいそうでならない。
だが、天使様が私の味方であることだけは確かなのだろう。まるで家庭教師のようなまともな進言も下さることだし、彼のことは信頼してもいいのかもしれないと思い始めていた。
ぼんやりと天使様のことを考えていると、風に乗って馬車の音が聞こえてくる。よくよく目を凝らして見て見れば、いかにも貴族が使用していそうな立派な馬車がこちらに向かっていた。段々と距離が近づいてきたその車体を観察すると、見慣れたフォートリエ侯爵家の家紋が描かれている。
エリアスが、やってきたのだ。
時刻もちょうど約束の時間に近付いている。早速出迎えに行こうと、バルコニーから退出したとき、ちょうど部屋のドアがノックされた。
「失礼いたします、コレットお嬢様。直にエリアス様がご到着なされるようです」
慎ましく礼をしたリズが、エリアスの来訪を知らせてくれる。馬車を確認出来たら私に知らせるようにお願いしておいたのだ。
私は姿見の前に駆け寄り、ドレスの裾を揺らして頭からつま先までを確認した。
「リズ、私、変なところないかしら?」
エリアスとはまだ婚約者の関係になるつもりは無いと決めているものの、好きな人にはできるだけ可愛い姿を見てもらいたい。髪色と瞳の色が人に馬鹿にされるような色だからと言って、お洒落を諦めてしまっては余計に惨めなだけだ。
「少しだけリボンをお直しいたしますね」
リズは私の背後に回ると、灰色の髪をハーフアップに纏めていたリボンの形を整えてくれた。ドレスと同じ生地で作られたそれは、言うまでもなく今日の服装とばっちり合っている。
「ありがとう、リズ。急いで行かなくちゃ!」
「ゆっくりでも十分間に合いますよ! お嬢様!」
駆け出した私の後を追うように、リズが慌てたように着いてくる。いよいよ、エリアスに会えるのだ。
「本日は、お招きいただきましてありがとうございます。フォートリエ侯爵家の次男、エリアス・フォートリエと申します」
間もなくしてミストラル邸に到着したエリアスを、私を始めミストラル公爵家全員で出迎えた。手の空いている使用人たちもずらりと並んでおり、何だか大仰な出迎えになってしまった事に思わず苦笑いを零す。
エリアスは、高級感のある黒の上下に、グレーのベスト、そして深緑のタイを隙なく着こなしていた。いずれ社交界でご令嬢たちを騒がせる美青年に成長するだけあって、今も思わず見惚れるほどの麗しい見目だ。
そんなエリアスは鮮やかな青色の薔薇の花束を手にしており、私の姿を認めるなりそれを差し出してきた。恐らく、フォートリエ邸の庭で育てているあの薔薇だろう。
「これを、コレット嬢に。受け取って頂けますか」
にこやかに微笑むエリアスは、一週間前のぶっきらぼうな様子からは考えられないほど紳士的だった。成長したエリアスの振る舞いに近いものを感じる。私はドレスを摘まんで小さく礼をしたのちに、そっと花束を受け取った。
「ありがとうございます、エリアス様。とってもきれいな薔薇ですね」
両親の手前、なるべく丁寧な言葉遣いを心掛けるが、以前の時間軸で10年以上も共に過ごした相手に今更改まるのは何だか気恥ずかしい感覚だった。そのせいで、妙に照れたような笑みを浮かべてしまう。
そのやり取りを静かに見守っていたお父様だったが、やがて軽く咳払いをして口を開いた。
「君がエリアス殿か……その、なんだ、コレットとはどういう――」
「ようこそいらっしゃいました、フォートリエ様。お茶をご用意しておりますので、コレットと一緒にすぐに案内させますね」
お母様はにこやかに微笑みながらも、お父様の言葉を遮るようにして告げた。その傍で、今年6歳になった双子の弟妹のフィリップとクリスティナがお互いに硬く手を握り合いながらも、興味津々といった様子でエリアスを見上げている。
エリアスは主にお父様からの視線に身を固くしているようだったが、その緊張を解すように私はそっと彼に語り掛ける。
「行きましょう、今日は楽しんでくれると嬉しいわ」
お父様とお母様に聞こえないよう、そっと耳打ちすれば、エリアスは少しだけ表情を柔らかくして微笑んでくれた。以前の時間軸では、エリアスは感情面はともかく、このような場面では緊張を見せない余裕のある人だったから、何だか新鮮な気持ちだ。
庭に用意されたティーテーブルを囲みながら、私はリズの淹れてくれた紅茶を一口飲んで、ほう、吐息をついた。澄み渡った空の下で、またエリアスとお茶が出来るなんて本当に夢のようだ。
ティーテーブルの真ん中には先ほどエリアスが持ってきてくれた青い薔薇が飾られていて、風が吹くたびにふわりと甘い香りが漂ってくる。
不意にエリアスと目が合えば、彼は柔らかく微笑んでくれた。その笑みは記憶の中の彼のものととてもよく似ていて安心感を覚える。だが一方で、僅か一週間前の彼の態度を考えれば不自然にも思えるほどの愛想の良さであるのも確かだった。
「今日は来てくださってありがとう。あなたのために、お菓子もたくさん用意したのよ」
ティーテーブルの上には焼き立てのアップルパイや、クリームの乗ったシフォンケーキなど、ありとあらゆる甘味が揃っていた。少々作りすぎな気もするが、それだけ料理人たちが張りきってくれた証なのかと思うと嬉しさを隠せない。
「僕も今日を楽しみにしていたから、こんなにも歓迎してもらえて嬉しいよ」
エリアスはそう言って微笑むと、切り分けたケーキを一口口に運んだ。その間も端整な微笑みは崩れることは無い。
一見すればこのお茶会を楽しんでくれているようだけれど、どうにも違和感がつきまとう。今日のエリアスは記憶の中の彼にとても近いが、一週間前とあまりに違いすぎるのだ。
初めは緊張しているだけかと思っていたが、両親の目が離れた今もエリアスの調子は変わらない。違和感の正体を突き止めきれぬまま、私は誤魔化すようにお茶菓子を勧めた。
「たくさん作りすぎてしまったから、遠慮せずに食べてね。お口に合うといいのだけれど……」
「ありがとう、コレット嬢。……いや、ココって呼んでもいいかな」
エリアスはどこか甘く微笑んでそんなことを尋ねてきた。張り付いたようなその笑顔に、一瞬私は動きを止めてしまう。
確かにあの微笑みは、成長したエリアスがよく見せていたものだ。でも、記憶の中の彼はとても自然に微笑んでいて、違和感を与えるようなものではなかったはずなのに。
「も、もちろんよ……。私もあなたをエリアスと呼んでもいいかしら」
違う、何かがおかしい。そう思いつつも何とか微笑みを保ちながら会話を続ける。
「嬉しいな、ココが僕の名前を呼んでくれるなんて」
そう告げたエリアスの笑みに、ようやく私は気が付いた。
そうか、今日のエリアスは一週間前の口調と大きく変わっているのだ。丁寧な言葉を心掛けていると思えば一応の納得はいくが、笑い方までこの短期間で変わるなんて考えづらい。その張り付いたような表情からして、恐らく無理矢理作っている表情なのだ。
「……エリアス、今は私たちしかいないのだし、無理しなくていいのよ。この間みたいに自然に話してくれていいの」
思わず、軽くティーテーブルに乗り出すようにしてエリアスの紺碧の瞳を見つめてしまう。その一瞬、彼が痛いところをつかれたように表情を歪めるのが分かった。
「……無理なんて、してないよ。心配してくれてありがとう、ココ」
エリアスはそう言いながら逃げるように紅茶を口に運んだが、角砂糖をたくさん入れているはずなのにあまり美味しそうに飲んでいない。こんな反応をされて見過せるほど、今の私は鈍感ではなかった。
「本当に、何でもないんだよ、ココ。ごめんね」
どこか苦し気な瞳でそんなことを言われても、納得できるはずがない。だが、言いたくない事情があるならば無理に追及するのも無粋であることは確かだ。ひとまず私も落ち着こうと思い、お茶のおかわりをエリアスに勧めた。
「……良かったら、紅茶のおかわりをどう? 今、リズを呼ぶから……」
「ありがとう、でも、自分で淹れるよ」
エリアスは難を逃れたのかと思っているのか、いくらか和らいだ表情を見せたが、違和感は拭いきれていない。妙に嫌な予感がして、自然と鼓動が早まっているのを感じる。
私の考えすぎかしら。でも、一週間で口調も笑い方も変わるなんて妙だわ……。
違和感の正体について考え込みながら、ティーポットに手を伸ばすエリアスをぼんやりと眺める。だがその瞬間、あまりにも見過ごせない光景が目に入り、一瞬息が止まるかと思った。
エリアスが右手を伸ばした際に、ほんの一瞬だけ垣間見えた火傷のような赤い跡。彼の体形に合わせて誂えられている服なのだから大きく手首が露出することは無かったのだが、それでも僅かに見えてしまった。
「っ……その腕、どうしたの、エリアス」
お茶を注いだエリアスの動きが明らかに止まる。彼は咄嗟に右手首を押さえていた。
見えたのは一瞬だったので定かではないが、傷を負ってからそう時間が経っていないように見える生々しい跡だった。きっとまだ痛む時期だろう。もしかして、違和感の正体はこれだったのだろうか。
「恥ずかしいな、ココに見られちゃうなんて。でも、何てことないんだよ、ちょっと失敗しちゃっただけで――」
「腕を見せて」
微笑みを崩さぬまま言い訳を始めるエリアスの言葉を、ばっさりと切り捨てる。どういう訳か知らないが、まともな治療もされていないのではないだろうか。
「……それはちょっと。ココは可愛いお姫様だし」
「私が嫌なら、男性の使用人を呼ぶわ。今すぐお医者様を呼んでもいい」
「っ……それは……」
席を立ち、明らかな焦りを見せるエリアスの前に歩み寄る。彼はどこか困ったように私を見上げた。
「……本当に、何でもないんだよ、ココ」
「それならちゃんと私に見せて。何か事情があるのかもしれないけれど、あなたが痛い思いをしているのは嫌だわ」
お互い譲らないとでも言うようにしばらく見つめ合っていたが、私の追及を免れないと判断したのか、エリアスは小さく溜息をついて袖口のボタンを外した。そのまま軽く袖を捲ると、おずおずと私の前に差し出す。
傷は、想像以上の酷さだった。前腕部に線状の火傷が何本も確認できる。水泡が潰れている個所もあり、焼けただれた皮膚は見ているだけで痛々しかった。また、線状の火傷の周囲は青黒く変色しており、内出血を思わせる見た目をしていた。
「……ひどいわ、どうしたの、これ」
「少し、失敗をしただけだよ。これでいいかな」
エリアスは泣き出しそうな顔で笑いながら、腕を引いて私を見上げた。まさか、このまま見過ごすわけにもいかない。
「駄目よ、ちゃんと治療をしなくちゃ。お医者様はすぐには呼べないけれど、手当てが得意なメイドがいるの。今呼んで――」
「――っやめてくれ!」
エリアスは左手で私の腕を掴むと、声を荒げてそう言った。その声の大きさにこそ驚いたが、口調は一瞬間前の彼のそれであり、ある意味自然な彼の姿だった。
エリアスの声に驚いたのか、リズがこちらに駆け寄ろうとしていた。だが、私の腕を掴むエリアスの手が震えていることに気が付いて、ひとまずリズに控えるよう首を横に振って合図した。リズは心配そうな目でしばらく私を見ていたが、指示に従うことにしたようで元の位置に戻っていく。
「……ごめん、声を荒げたりして。誰にも知られたくなかったんだよ」
弱々しく笑うエリアスとその言葉に、考えたくはないがある可能性に行きついてしまう。
「……誰かに、傷つけられたの?」
「っ……」
エリアスは図星をつかれたとでも言うように、動揺を見せた。成長したエリアスは何を訊かれても戸惑いの一つも見せない青年だったが、8歳という幼さの彼にはまだそんな余裕はないらしい。
そして、その動揺こそが無言の肯定の証だった。思わず、やり場のない怒りを覚える。
「っ……誰がこんなことを……」
怒りを露わにして問い詰める私を、エリアスは酷く驚いたように見つめていた。それもそうだろう。会って二度目の少女にここまで感情的に心配されたら、戸惑うのは当然だ。だが、それを分かっていても尚、私は怒りを抑えきれなかった。
幼いエリアスに、一体誰がこんなにも残酷な仕打ちをしたのだろう。
油断すれば涙が零れそうだった。どんな理由があるにせよ、幼い彼にこんな痛みを与えることは許されないはずなのに。
「……父上が、俺に言ったんだ。君に気に入られるようにって……そのためには兄さんの口調と笑い方を真似ろって……。その練習の際に、失敗するとこの傷を……」
なんて、酷いことを。思わず口を覆って不快感に耐えた。フォートリエ侯爵閣下は、実の息子であるエリアスになんて仕打ちをなさるのだろう。
何より、気にかかるのはその理由だ。まるで納得できるようなものではない。
「……どうして私に気に入られるために、セルジュお兄様を真似る必要があるの?」
不快感をあらわにして尋ねれば、エリアスは紺碧の瞳を翳らせて自嘲気味に笑った。それは、一週間前に見た彼の表情を思わせるものであり、何より記憶の中の病んだエリアスの笑い方によく似ていた。
「……だって、君が俺を気にかけてくれるのは、俺が兄さんに似てるからなんだろう? それなら、求められるだけのことをするまでだ。俺は君と仲良くならなきゃいけないらしいからね」
吐き捨てるように告げられたその言葉で、不意に涙が一粒零れ落ちる。その言葉は、恐らくエリアスの想像以上の衝撃を私にもたらしていた。
ああ、そうか、エリアスはずっと、セルジュお兄様を演じていたのね。
以前の時間軸のエリアスを思い出してみれば、すぐに分かることだった。穏やかな口調、甘い笑み、そして私を「ココ」と愛称で呼ぶ声、その全てはセルジュお兄様を演じてのことだったのだろう。そしてそれは段々と、エリアスの本来の口調を忘れさせるほどに、彼を侵食していったのだ。だからこそ私は成長した彼の口調にも笑みにも違和感を覚えなかった。
以前の時間軸にも、今日のように突然エリアスの口調と雰囲気が変わった日はあったはずだが、幼い私はその違和感を見抜けなかったのだろう。それくらい、エリアスの演技は完璧に近かった。
ふと、あの残酷な初夜を思い出す。最期の最後にエリアスが私を「コレット」と呼びだした瞬間が鮮やかに蘇った。
そうか、あの瞬間だけは、素のエリアスだったのね。あのとき初めて、私は本当のエリアスの心に触れたのね。
エリアスはずっと苦しんでいたんだろうか。自分は所詮、セルジュお兄様の代用品に過ぎないと。そう思い込んでいたから、私が彼に愛を伝えても信じてくれなかったのだろうか。
涙が、とめどなく溢れてくる。目の前の幼いエリアスがぎょっとして私を見ていたが、今の私には彼を気遣う余裕が無い。
エリアスをセルジュお兄様の代わりにするだなんて恐ろしいこと、一度も思ったことなかったのに。
だからこそその可能性に気づけなかったともいえるけれど、あまりの情けなさにふっと力が抜けて、私は芝生の上にへたり込んだ。
「……本当に馬鹿ね、私は」
芝生を握りしめるように爪を立てれば、指先に痛みが走る。でもきっと、エリアスが感じていた痛みはこんなものじゃなかったはずだ。
私がエリアスに「笑い方が好き」だの「優しい口調が好き」だの、能天気に伝えているとき、彼はどんな気持ちで受け取っていたのだろう。いっそ私への想いも、セルジュお兄様の真似事の延長であればいいと思ってしまう。
でもきっと、エリアスは本当に私を愛してくれていたのだ。だからこそ、私に一番愛されると思われたセルジュお兄様の面影を纏ってずっと私の傍に居てくれた。
胸が、痛くて仕方がない。まるでエリアスに心臓を抉られたあの夜のようだ。
「っ……ごめんなさい、ごめんなさいっ、エリアスっ……!!」
彼に、謝りたい。私の無自覚さと情けなさを。何より、私はあなた自身を確かに愛していたのだと、伝えたかった。
だがそれも、この時間軸では叶わぬこと。天使様の力を以てしてもきっと、もうどうにもならない願いだ。
「コレット嬢!? おい、どうしたんだ……!?」
エリアスはいつの間にか芝生に膝をついて、私の肩を支えてくれていた。背後からリズの駆け寄ってくる足音も聞こえる。
「っ……エリアス、エリアス、ごめんなさいっ……私……っ」
「……いいから、地面から手を離せコレット! 血が出てるじゃないか!」
私の肩に置かれたエリアスの手が半ば強引に私を上向かせると、滲んだ視界の中でも、彼の紺碧の瞳と確かに目が合った気がした。
「……俺に傷つくなと説いておいて、自分はその様か? 我儘なお嬢様もあったものだな」
どこか嘲笑うような調子の言葉だったが、その目は確かに私を心配してくれていた。その不器用な優しさに、余計に涙が止まらなくなる。
「っ……許してくれなくてもいいわ、私、絶対にあなたを幸せにしてみせる。今度こそ……っ」
そっとエリアスの胸に寄りかかるようにして、一層強くなった決意を口にした。戸惑うような手が、そっと私の背中を支えてくれる。
「コレットお嬢様!? どうなさいました!?」
リズの焦ったような声が頭上から降ってくる。その声にも応えられないほどに、私は暫く涙を流し続けたのだった。
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