第36話「求め合う熱と愛しさと」






   36話「求め合う熱と愛しさと」






 

 ☆★☆




 温かい。


 そして、人の呼吸を感じる。

 誰かと一緒に寝るなんて、久しぶりだ。

 とても安心できるし、心地いい。


 千春はこれは夢なのではないか。

 そんな事を考えてしまっていた。

 

 目が覚めてきた千春は、ゆっくりと目を開ける。

 すると、目に入ったのは、誰かの体だった。細身だけでがっしりとしていて、男の人だとわかる。

 その男性に千春は向き合いながら優しく抱き締められていた。


 顔を見なくたってわかる。

 千春はそれでも、ゆっくりと視線を上に向けた。


 そこには、幼い寝顔の秋文の顔があった。穏やかに寝息を立てて眠っている。


 千春は、それを見ただけで体の中から込み上げてくる物を感じた。

 やっと会えた大好きな人が目の前にいるのだ。

 3人の彼は変わっていないようで、少し大人になっていて、そして少しだけ疲れているようだった。

 


 「秋文………。やっと会えた……。」

 


 千春は自分から抱きつくように彼の体に顔を埋めた。寝ぼけているからか、こんな大胆な事をしてしまう。

 涙が彼の着ていたセーターに吸い込まれていく。悲しさも寂しさも一緒に彼が取ってくれているようで、くっついているだけで千春は幸せな気持ちになった。



 「………ん、千春………。起きたのか?」

 「………秋文………。」

 「おまえ、また泣いてたのか?……本当にごめんな。全部俺のせいだな。」


 

 千春が抱きついたことで、秋文は目を覚ましたようで、うっすらと開いた目で千春を見ていた。そして、泣いているのに気づくと困った顔で見つめながら、彼は指で涙を拭ってくれた。



 「違うっ!私が悪いの……勝手に夢を押し付けて、いなくなったのは私。そして、あなたからのメッセージを無視し続けたのも………全部、私のせいなの。」



 千春は、抱き締めてくれていた彼から離れようと彼の体を軽く押して、そこから抜け出そうとした。

 けれど、ベットに起き上がった瞬間に、また座った状態のまま秋文に抱き締められてしまう。



 「久しぶりにおまえを抱き締められるんだ。もう少し感じさせろよ……おまえの事。」

 「………で、でも。秋文には新しい彼女が………。」

 「あぁ、やっぱり昨日の事、勘違いしてるんだな。………悪かった。」

 「………勘違い?だって、モデルさんと交際してるんじゃ………。」



 こうやって彼に抱き締められるのは嬉しい。

 けれど、彼に新しい彼女がいるとしたら、とても複雑な気持ちになってしまう。

 どうして、秋文はこんなにも優しくしてくれるのだろうか、と。

 すると、秋文は「まだ知らなかったのか……。」と苦笑しながら説明をしてくれる。



 「交際疑惑の報道が出てすぐは、俺もそれで騒がれてるって知らなくて。知ったのは結構後なんだ。スペインのチームでも、そんな話はデマだってわかってたから相手にしなかったみたいで。その後に日本のテレビの取材があったからきっぱり違うって話したよ。もちろん、付き合ったこともないって。」

 「そうだったんだ………。私、本当の事を知るのが怖くて、それから日本のニュースとか見ないようにしてたから。」

 「だから、俺からの連絡も止めてたのか………。」

 「ごめんなさい……。」

 「それに昨日の人はリハビリの先生の奥さん。わざわざ食事まで作ってくれたんだ。俺はリハビリ中だったから、変わりに千春が来たときに出てくれただけだ。」



 自分の勝手な思い違いだった事を反省しながらも、秋文が新しい彼女がいないことを嬉しく思ってしまう。

 自分から離れていったのに、この腕の中から離れたくない。



 「私、勝手に秋文の夢を決めつけて、スペインに行った方がいいって気持ちを押しつけた。そして、自分のせいで行けないんだって思って、勝手に離れて………そして、すごく寂しかった。秋文に相談すればよかったのに、自分よがりな考えで、秋文を困らせてた。………だから、誰か別な人と秋文が付き合っても仕方がないと思ったの。」

 「千春………。」

 「でも、他の人と付き合おうと思ってもダメだったし、秋文を忘れようとしてもダメだった。怪我をしたら心配で仕方がなかったし、すぐに会いたいって思った。…………本当にごめんなさい………。」



 自分の伝えたかった想い、謝りたかった事を秋文に素直に話した。

 きっと彼は幻滅するかもしれない。もう恋人として最後の日になるかもしれない。

 そう思うと話したくない自分の汚い気持ち。

 それも話をしなければいけないと、千春は決意した事をしっかりと話しきった。


 秋文の次の言葉が怖い。

 俯いたまま、彼の言葉を待った。

 すると、感じたのは言葉ではなく、秋文が頭を撫でる感触だった。



 「ありがとう、千春。話してくれて。……そして、俺の事を考えてくれて。」

 「えっ………なんで、お礼なんて……。」



 驚いて秋文の顔を見上げると、そこには昔と変わらない優しい顔で自分を見る、秋文が微笑みがあった。

 千春は久しぶりに見る秋文の笑顔に、ドキッとしてしまう。



 「確かに俺はおまえがいたら、スペインに行こうとは思わなかった。お前が寂しがるって思ってたけど………実際は俺がお前と離れるのが寂しかったんだ。」

 「………そんな、こと………。」

 「せっかく自分の彼女になってくれたんだぞ。ずっとずっと好きだった千春を手に入れたのに、手放す事なんて考えられなかった。もちろん、スペインに連れていくことも考えたけど、お前は仕事も好きだっただろう?だから、おまえに相談もしないで、勝手に諦めてたんだ。」


 

 秋文は申し訳なさそうな顔をして、千春を見つめたまま話しを続ける。

 秋文の気持ちを初めて知り、千春は驚きと戸惑いで言葉が出なかった。



 「だから、千春が俺のために行動してくれてよかったと思ってる。それは………確かにビックリしたし、おまえに嫌われたからいなくなったっとも思った。けど、きっと千春は俺がスペインで頑張れば応援してくれるって思ったんだ。それにフラれたとひても、もう1回おまえを迎えにいくつもりだったしな。」

 「…………秋文………私………。」

 「ありがとう。俺に夢を叶えさせてくれるチャンスをくれて。スペインでサッカーをやってみて、すごい勉強になったし、俺がまだまだだってこともわかった。それに、すごく楽しかったんだ。………また日本代表にもなれたしな。それも千春のおかげだよ。おまえが彼女で本当によかった。………俺の見る目は確かだろ?」



 そう言って微笑んでから、秋文はまた千春の頭を撫でた。今度は少しだけ乱暴にぐしゃぐしゃと。

 それが彼の照れ隠しだとわかり、千春はされるがままになりながら、ジッと彼を見つめた。



 「私、秋文の役に立ってた?……迷惑じゃなかった?」

 「そんな事あるはずないだろ。……ますますおまえを好きになったぐらいだ。」

 「……私、まだ秋文を好きでいていいの?……また、恋人にしてくれる?」

 「俺はずっと千春が好きだ。それに俺はおまえと別れたつもりなんてなかったけど。」

 「っっ………!」



 千春はボロボロと涙を流したまま、秋文に抱きついた。寝起きの着崩れた服で、髪もボサボサで、化粧だって泣いてぐしゃぐしゃだった。

 けれど、そんな事さえ気にする余裕すらなく、秋文を感じていたかった。


 大好きでずっとずっと会いたかった秋文。

 まだ、彼の恋人でいられることが幸せだった。



 「秋文、大好き……。ずっとずっと会いたかったの。こうやって、秋文に抱き締めて貰いたかった。」

 「俺の気持ちは昔から変わらないから。千春が好きだよ。俺もおまえを感じたくて仕方がなかった。」


 

 少し強い抱擁が続いた後。

 お互いに自然に顔が近づき、求めるように短いキスをした。

 それで2人が満足するはずもなく、繰り返し唇をもとめてキスを何度も何度もした。

 3年間の寂しさと愛しさを分かち合うように、キスは長い時間続いた。




 秋文が優しく千春をベットに押し倒そうとするが、千春は気になることがあり、「ちょっと……待って……。」と千春を止めた。



 「ん?どうした……?俺、もう我慢出来ないんだけど。」

 「あの……足は?怪我したって聞いてたから。今日も病院とかだったのかなって。大丈夫?」

 「……おまえを抱くぐらいは出来る。」

 「秋文っ………んっ……。」



 抗議の声は、秋文に塞がれてしまう。

 それでも、納得が出来なくて不貞腐れた顔をしていると、秋文は不安そうな瞳で千春を見つめていた。


 「俺は3年分の千春を感じたいんだけど。千春はちがうのか?」

 「……違わないよ。秋文に沢山抱きしめて貰いたい。」

 「……よかった。愛してるよ、千春。」




 

 その後は、秋文の熱に溺れ、何度も求め求められて、千春は幸せと快楽の涙を流した。その涙も、秋文によって奪われてしまう。


 3年経っても、彼の熱を忘れることなんて出来なくて。秋文の暖かさを味わってしまうと、もう離れたくない。そう思ってしまう。



 「あぁー……ダメだ。おまえとこうしてると病み付きになる。……っ離れたくない。」

 「私も……今、同じ事考えてた。ずっとずっと、秋文の事ほしいよ。……感じてたい。」

 「はぁ、かわいい。」



 熱にうなされるように、お互いを貪るように抱き締めあって、甘い言葉を囁き合う。

 



 そんな時間は夜まで続いて、気がつくとふたりはまた抱き締めあって眠っていた。

 


 もう、離したくないと言わんばかりに、ピッタリとくっついたまま。


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