第34話「懐かしい声」
34話「懐かしい声」
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どうにか涙を堪えて、ハンカチで顔を拭いて夜道を歩く。街中を歩く元気もなくなってしまい、途中で見つけたタクシーに乗って、宿泊するホテルまで戻った。
千春の今回の日本の滞在期間は1週間の予定だった。上司から「日本で仕事してきて欲しい。」と簡単な仕事を頼まれていた。気を使ってくれたようで、それにより日本にいる時間が長くなったのだ。
けれど、スペインまで行く事もなくなったし、秋文と話しをする理由もなくなってしまった。
初日で、日本でやりたかった事は全て終わってしまった。
する前に、何もかも終ってしまったのだ。
久しぶりに家族に会えたら会って、立夏や出にも会いたい。そうすれば1週間なんてあっという間だ。
タクシーの中で、泣くのを我慢して自分でそう言い聞かせながら、ホテルの部屋まで足早に戻った。
ホテルの部屋に戻った瞬間、千春はまた涙が溢れてきて、今度は我慢することなく泣いた。
子どものように、言いたいことを言って、声を出してないて、ベットに倒れ込んだ。
「私だけが秋文を好きだったんだ………もうとっくに終わってたのに、何を勘違いして、期待して、帰国までして会いに行ったんだろう。バカだな……………。怪我が心配とか言いながら、やっぱり期待してたんだ。………あざといな、私って。」
そんな風に、涙を流しながら独り言を言っていると、バックの中にあるスマホの振動音が部屋に響いた。
秋文からの電話かもしれない。
そんな事を一瞬期待してしまったけれど、秋文の番号は自分で拒否したままだ。彼からかかってくるはずもない。
電話に出るのも億劫になり、そのまま無視をしてしまう。しばらくすると、その音は1回止まった。
けれど、またすぐに電話がかかってきた。
何か急用だろうか?
千春はのろのろと起き上がり、テーブルに置いていたバックを取り出してスマホを見る。
すると、画面には「冬月出」と表示されていた。
出からの電話は珍しいと思い、急いで通話ボタンを押した。
「もしもし、出?久しぶりだね。電話なんて珍しいけど、何かあった?」
泣いているのを誤魔化してバレないように、言葉を紡ぎ続ける。けれど、相手からの返答がない。
どうしたのだろうか?やはり、いつもの出とは違うと感じて、心配になってしまう。
「どうしたの?出…………?」
『………千春。俺なんだ。出じゃなくて、悪い。』
躊躇うように出した小さな声。
それだけでも、千春はすぐにわかる。
ずっと聞きたかった声。
名前を呼んでほしかった彼の声が聞こえた。ずっとずっと、夢の中でしか聞いていなかった、低音で心地いい優しい声。
「……あ………秋文なの?ど、どうして………。」
『悪いな。どうしてもお前と話がしたくて、出から電話借りたんだ。こっちなら出てくれると思って。』
「……ごめんなさい。私が、秋文の電話出ないからだよね。」
『そんなことはいいんだ………。千春、おまえに話したいことがある。』
真剣な彼の声。
聞いているだけで、泣いてしまいそうだった。
きっと、泣いたら彼は気づいてしまうだろう。空いている手で目をギュッと押さえ、目を瞑って堪える。
「私も、秋文と話したいことあったよ………。」
『そうか。……電話で話すような事じゃないよな。明日、午前中は用事があるんだ。昼過ぎに、俺の部屋に来てくれないか。』
「うん。わかった。」
『おまえ、俺の部屋の鍵持ってるだろ?俺がおそくなったら部屋に入って待ってていいから。』
「え………。部屋の鍵………。」
『持ってないのか?』
「持ってるけど……。」
部屋の鍵は、もう違うものに変えたと思っていた。新しい恋人がいるのだ。
私が秋文の部屋の鍵を持っているのはおかしいことだ。もしかしたら、その鍵を返して欲しいということだろうか。
そんな疑問を持ちながらも、秋文にやっと会える事が嬉しくて仕方がなかった。
『よかった。じゃあ、明日待ってるから。』
「うん。行くね。」
『………おまえの声聞けて安心したよ。じゃあな。』
そう言うと、秋文は電話を切った。
秋文の優しい言葉が耳にはいると、千春はそれだけで体が温かくなって、安心してしまう。
「私もだよ。秋文。」
もうとっくに切れてしまった電話口で、千春は微笑みながらそう呟いた。
彼の声を聞くだけで、こんなにもホッとしてしまう。そして、すぐにでも会いたいと思ってしまう。
しつこいぐらいに、まだ彼が好きなのだ。
それを実感してしまった。
この気持ちには嘘はもうつけない。
明日、どんな結果が待っているとしても、彼に今の気持ちを伝えよう。
そう決めると涙は、止まっていた。
涙を手で拭き、そしてバックを持った。
「あーお腹空いたなー。食べなきゃ元気でないよね。」
空元気かもしれない。
けれど、今は彼の声を思い出せば笑顔になれるのだ。
無理矢理作った笑顔だったけれど、千春は微笑んで部屋を出た。
千春の表情に、もう涙はなかった。
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