第20話「知らない真実」






   20話「知らない真実」





 秋文から起業の話を聞いてから数ヶ月。季節はすっかり梅雨に入っていた。

 どんよりとした空は、千春の気持ちを表しているようで、そんな日が長い間続いていた。


 秋文に必要として貰えているのは、千春はとても嬉しかったし、話をしてくれたのも安心した。

 千春もいつも彼に会いたくて、会えない日は桜のネックレスを見てながら、秋文を想っていた。


 けれど、彼の言葉を聞いて、何故だか心の中で、「違う。」と思ってしまう。

 その理由はいくら考えてもわからなかった。



 自分の気持ちがわからず、彼に対して不安を持ってしまう罪悪感から、秋文と一緒にいると妙にぎこちなくなってしまっていた。

 それを秋文も気づいているようで、心配してくれたけれど、自分でも原因がわからないのだから、説明も出来るはずがない。

 そのため、普段通りに見えても少しよそよそしい雰囲気になってしまっていた。




 「先輩、最近元気ないですけど、大丈夫ですか?」

 「大丈夫だよ、心配してくれてありがとう。」

 「もしかして、お金持ちのイケメンさんとケンカでもしましたか?」

 「だから、いろいろ間違ってるから!」



 仕事中に隣に座っている女の子の後輩に声を掛けられ、千春は心配を掛けないように返事をした。


 彼女が何故秋文の事を知っているのか。


 それは、職場の同僚が秋文と一緒に車に乗って食事をしに行ったのを、目撃してしまったのだった。しかも、付き合って1ヶ月の記念日で、秋文がホテル最上階の高級レストランに行こうとしていたので、そう思われてしまったみたいだった。(秋文の車も外車なので高級車だった。) 

 けれど、車を運転していたのが、サッカー選手の一色秋文だとは気づかなかったのは不幸中の幸いだった。

 けれど、「千春はお金持ちと付き合っている。」という噂が社内に広まっていたのだ。



 「いつも楽しそうだったのに、最近顔が暗いですよー。先輩、無理しないでくださいね。何かあったら相談してください。合コンも誘いますよ。」

 「……ありがとう。何かあったら言うね。」

 


 明るく思いやりのある後輩に感謝をしながら、仕事に戻ろうとすると、他の社員に声を掛けられた。



 「世良さん。今、電話に出てもらっていい?海外のお客さんなんだけど。」

 「あ、はい。了解しました。」



 千春は受話器を取って電話に出る。

 すると、英語で話す男性の声が聞こえてきた。もちろん、千春も英語で返事をする。


 千春は英会話を幼い頃から習っており、今でも続けている。仕事のためというよりは、自分の趣味だった。英語で話したり本を読むのが、いつもと違う世界へ行けるようでワクワクするのだ。

 今でも知らない言葉を知ったり、こういして英語で話をしているのと心がワクワクする。



 電話を終えて受話器を置く。すると、先ほどの社員が声を掛けてきた。心配で見ていたようだった。



 「世良さん、いつもありがとう。あんなにスムーズに映画がしゃべれるなんて、すごいね。」

 「いえ。昔から楽しみでやっていただけなので。」

 「そんなことないよ。海外の店舗に出張で行ってもやっていけるだろうね。僕は行った時は大変だったよ。」

 「出張ですかー。それも楽しそうですね。」



 そんな話しをしながら職場での時間が過ぎていく。こうやって仕事をしている間は、秋文との事を深く考えないでいられるので気が楽だった。


 大好きな彼氏の事を考えるのが辛いと思うだけでも、千春は悲しくなる。

 彼にどうしてもらいたいのか。それが、わかりそうでわからないのだった。



 

 仕事帰りに、秋文から連絡があったけれど今日は英会話の日だった。帰りが遅くなるため会うのは断ってしまった。


 普段ならば、遅くても会っていたかもしれない。けれど、彼はまだまだ忙しくしているので、時間があるときは休んで欲しいと思っていた。

 が、本心はもしかしたら会いにくいと、思っていたのかもしれない。



 英会話が終わり、家へ帰る時間まで、雨は降り続いていた。


 千春はビルから出ようとした所で「千春先輩っ!」と後ろから声を掛けられた。そこには、少し前に試合で会った後輩の静哉が手を大きく振りながら小走りで近づいてきていた。



 「静哉くん!こんなところでどうしたの?」

 「ここのビルの整骨院に通ってるんですよー!足の具合が悪くなってからここに通ったらよくなったんです。」

 「そうだったんだ。もう大丈夫なの?」

 「はい!それより、先輩はご飯まだですか?よかったら一緒に食べませんか?聞きたいことがあって。」

 「うん。大丈夫だよ。」



 静哉の聞きたいことというのは、秋文の事だと勘づいていたけれど、千春は気にせずにその誘いを受けた。もちろん、話がなくても彼は仲の良い後輩のひとりなので、断るつもりはなかった。



 「ここのお店は出先輩と秋文先輩に教えて貰ったんです。」

 「そうなの?すごく素敵だね。」

 「ここの特製ハンバーグがすっごいうまいんです!」



 静哉が連れてくれたのは、裏路地にひっそりとある洋食屋さんだった。レトロな雰囲気があるお店で、人気があるのかたくさんの人で賑わっていた。

 個室ではなかったけれど、静哉の職業を考慮してくれてのか、端の目立たない席に案内された。



 料理を注文し、運ばれてくる間。

 静哉は早速「聞きたいこと」の話を始めた。



 「秋文先輩の事なんですけど……結構噂になってるみたいですけど、大丈夫ですか?」



 静哉が何も知らない様子ならば、千春は秋文の起業の話は伝えないつもりだった。けれど、静哉は知っているかの口ぶりだった。

 秋文が静哉に伝えたのだと思い、彼に合わせながら話をする事に決めた。



 「秋文も大変みたいだけど、毎日頑張ってるよ。」

 「え?……あぁ、バレないように情報止めるの大変ですよね。それにしても、勿体ないですよね。」

 「勿体ない?」

 「そうですよ!!」



 千春は会話が噛み合っていない事に気付いたけれど、静哉は気づかずに話を進めていく。



 「秋文さんが好きなところだったから、絶対受けると思ったんですけど。なんで、迷ってるんですかね?」

 「好きなところ………。」

 


 やはり、静哉が話していることは千春とは全く違うって事のようだった。彼の起業の話は迷うどころか決めて、これから動き出す所まできているのだ。

 おかしい……なんの話だろうか。

 千春は気になってしまい、それ以上話すのを止める。

 意地悪かもしれないけれど、静哉から話を聞き出そうと思ったのだ。素直な彼は、千春の思惑など気づかずに、千春の知りたかったことを口にしてしまった。



 「秋文先輩、スペインチームへの加入オファーもらえるなんて、ずごい事なのに。やっぱり、勿体ないですよね。」




 その言葉を静哉が言った時に、丁度頼んでいたハンバーグセットが2つ運ばれてきた。


 おいしいハンバーグの味が、千春には全くわからなくなっていた。


 


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