第18話「かっこ悪い所」






   18話「かっこ悪い所」





 「うぅー……。頭痛い。」

 


 明け方。

 千春は頭痛を感じて起床した。

 ふらふらとベットから出ると、自分が私服である事に気づく。



 「あー……また、やっちゃった。」



 四季組の飲み会で、立夏とお酒を沢山飲んだのは覚えている。自宅まで送ってくれたのは、たぶん出だろう。記憶が曖昧だけれど、昨日は秋文はいなかったのだ。考えられるのは彼しかいない。



 バックからスマホを取り出し、四季組の連絡ツールを開くと、秋文と出から連絡が入っていた。

 秋文からは、今日間に合わなくて申し訳なかったという謝罪のメッセージ。そして、出からは飲み会の事と、そして千春の鍵を秋文に渡した、と書いてあった。


 秋文が持っているという事は、昨日は秋文は四季組の飲み会にギリギリ間に合いそうだったのだろうか。それとも、わざわざ出が秋文に私に行ってくれたのか。


 どちらかわからないが、2人には迷惑をかけたのは確かだった。

 すぐに、同じツールを使って、メッセージを送った。昨日は楽しかった。そして、秋文にはまた今度みんなで飲もうと送り、そして、出には送ってくれ、鍵もありがとうと伝えた。


 それから、お風呂に入ろうとスマホをテーブルに置こうとすると、スマホが震えたら。メッセージかと思ったけれど、電話だとわかり慌ててスマホを取った。

 相手は、秋文だった。




 「秋文、どうしたの?こんな朝早くに。」

 『今日は試合の移動だから早いんだ。それより、昨日はすまなかったな。』

 「ううん。また、今度みんなで会おうね。それと、私の家の鍵だけどありがとう!どうして、秋文が持ってるの?」

 『昨日帰りにあいつから連絡がきたんだ。そして、受け取った。』


 

 普通の話をしているのに、何故か秋文の声が沈んでいるのに気づいた。昨日は遅くまで飲み会をしていたのに、今日はこんなに早い時間に起きて試合。やはり、秋文は疲れてるんではないかと、千春は心配になる。




 「秋文、本当に大丈夫?……疲れてるよね?」

 『俺は大丈夫だ。移動中にも寝れるしな。』

 「そっか。あんまり無理しないでね。」

 『あぁ………。そのさ、昨日は出と何もなかったか?』

 「え?出と………?飲み会して、送ってくれただけだけど。あ、桜のネックレス褒めてくれたよー!」

 『そうか。……今日移動して明日帰ってくるんだけど。明日昼間の試合だから、夜に戻ってくるよ。』

 「わかった。気を付けてね。試合も頑張って。」

 『…………。』

 「秋文?……どうしたの、やっぱり変だよ?」



 チームの司令塔として秋文が試合を欠場出来ないのも、ファンが待っているから休めないのも、よくわかる。けれど、無理をしてまで行って欲しくなかった。それで秋文に何かあったらと思うだけで、怖くなってしまう。



 『いや、本当に大丈夫なんだ。……悪い心配させて。』

 「本当に?」

 『本当だ。それと、明日の夜、おまえと会って話がしたいんだ。』

 「……うん。それは私は嬉しいけど、もし疲れてるなら、私が秋文の家に行くよ。」

 『俺が千春の家に行くからいいよ。あ、でもおまえの料理が食べたい。』

 「わかった!準備しておくね。」



 その後は、何が食べたい?とか、何時頃になりそうとか、そんな話をしてから電話を切った。

 


 千春はお風呂に入りながら、彼が言っていた話とは何かを考えて。

 今、秋文が頑張っている事を話してくれるのだろうか?それとも、もっと忙しくなるとでも言うのか。

 彼の話しを聞く前から悩んではダメだとわかっているけれど、千春は考えずにはいられなかった。







 その日は頭痛と秋文の事に悩まされて、あっという間に時間が過ぎていった。

 夕飯は、さっぱりした物が食べたいと秋文からリクエストを貰ったので、冷しゃぶサラダとスープを作って秋文が遠征から帰ってくるのを待つことにした。


 試合の中継を見ていたが、秋文は本調子ではないのかミスが多かったようで、前半だけの出場だった。そして、秋文が所属するチームは負けてしまっていた。

 家に来た時に、彼はショックを受けていないか。それさえも心配になってしまう。



 だが、それは杞憂に終わった。




 「予定より早く帰ってこれたのに、連絡もしなくて悪かった。」

 「ううん。早く来てくれるの嬉しいから………その、お疲れ様。」




 千春は、どう励ましたらいいのかわからなく、きごちなく微笑んで秋文を迎えてしまった。

 すると、秋文は「試合見てたんだな。」と、笑っていた。



 「おまえにカッコ悪い姿見られたのは恥ずかしいけど……試合はたくさんしてるから、負けることも多いんだ。毎回凹んでられないからな。切り替えて、次にどう動くか考えるしかないんだ。」

 「そうなんだ………すごい世界だね。」

 「俺もプロサッカーやって長いからな。」


 

 彼は、沢山の試合を積み重ねてきたからこそ、そうやって強い気持ちでいられるのだろう。きっと、プロの世界で生きていくには相当な努力が必要なはずだ。秋文は、その世界で生きている。それを思うと、千春は今まで以上に、彼の生き方がかっこいいと感じた。



 「今日の試合、録画してるけど見る?」

 「……いいのか?せっかくおまえの家に来たのに。」

 「気になって見直したい部分とかあるんでしょ?私も一緒に見たいから。見よう。」

 「………あぁ。ありがとう、千春。」

 「うん!」




 夕食を温め直して、リビングに行くと、画面を真剣な顔で見つめる秋文の顔があった。

 そして、気になる所があると何度も戻して見直していた。

 千春はテーブルに食事を並べ、秋文の隣に座りながら一緒にテレビを見つめた。



 「秋文、食べながら見よう。お腹空いてるでしょ?」

 「あぁ………。」



 秋文は、返事をしてから箸を取り「いただきます。」と言ってから、食べながらテレビを見つめた。

 さきほどから、同じ所を繰り返し見ていることに千春は気づいた。



 「ここが気になるの?」

 「あぁ……相手のMFが俺よりも先輩なんだけど、視野が広いんだ。俺が見逃してしまうところを攻めてくるんだ。悔しいけど、上手い。」

 「そんなにすごいプレイなんだね。」

 「気づけるように気付けないんだ。攻め方もいろんな方法を知ってるし、今日は惨敗だよ。」

 


 負けたはずなのに、清々しく笑う秋文。

 きっと、自分の考えないような戦略を見れた事が嬉しいのだろう。

 秋文のキラキラとした瞳を見つめる。彼が本当にサッカーが好きなのだと伝わってきた。


 その後は気になる所は見つくしたのか、「付き合ってくれて、ありがとな。」とお礼を言ってくれ、2人でゆっくりと食事をした。冷しゃぶサラダは彼に好評で、おかわりも沢山してくれたのだった。






 「さて。食器片付けちゃうね。」

 「ご馳走になったんだ、俺がやる。」

 「いいから。ゆっくりしてて。」



 そう言って立ち上がろうとした瞬間。

 秋文が突然千春を横から抱き締めた。危なく食器を落としそうになり、「秋文?危ないよー!」と、抗議の声を上げるが、彼は一向に離してくれる様子はない。反対に、抱き締める力がどんどん強くなっていた。


 千春が観念して食器をテーブルに戻すと、秋文は「ありがとう。」と声を洩らした。



 「どうしたの?」

 「俺が調子悪くて、試合でミス多くて。挙げ句の果てには途中交代までさせられた、恥ずかしい試合だったのに。千春は、録画してるのを一緒に見てくれただろ。あれ、恥ずかしくなるかと思った。」

 「あ………そうだったの?!ごめん………。」

 「いや。いいんだ。むしろ感謝してるよ。」

 「え……?」

 「恥ずかしくないと言ったら嘘になる。けど、それよりも次は頑張ろうっていつもより思えたんだ。さっきはあんなにカッコつけて言ったけどな。それに、千春ならどんなにカッコ悪い所見せても、笑わないでずっと傍にいてくれるってわかって、嬉しかった。」



 好きな人に、良く見られたい。

 そう思ってしまうのは仕方がない事だと、千春も自らの経験でよくわかっていた。

 けれど、それが多すぎると嘘になってしまう。それもわかっていた。


 だからこそ、少しずつ自分の弱いところを見てもらわなければいけないのだ。

 秋文も自分と同じことで悩んでいたのだ。

 

 かっこいい彼が、失敗する姿を自分には見せたくないと思ってくれる。それがわかると、千春は嬉しくなってしまう。彼が悩んできたのに、喜んでしまうのだ。


 秋文は、ゆっくりと抱きしめていた体を話した。

 照れているのか、少しだけ耳が赤いのに気づいた。



 「ごめんなさい。私、ちょっと嬉しい。秋文がそんなに私の前でカッコつけようとしてくれてるの。」

 「……なんでたよ。失敗したらカッコ悪いだろ。」

 「でも、それは私の事が好きだから、でしょ?」

 「………そうに決まってるだろ。」



 秋文は「カッコ悪い所見せてんのに、これ以上言わせんなよ……。」と、顔を赤くしながら文句を言っていた。その姿を可愛いと思ってしまったのは、彼には絶対に内緒だ。



 「でも、だから話せるって思った。いや、話さないと行けないと思ったんだ。」

 「秋文………。」



 先程までの表情から一転。

 秋文の顔は真剣そのものだった。

 釣られるように、千春も同じ表情になる。



 「黙っていて悪かった。俺が今やっていることを聞いてくれるか。」



 秋文の低音でゆっくりとした声。

 それを聞いて、千春はゆっくりと頷いた。




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