第17話「冷たい鍵」






   17話「冷たい鍵」






 ☆★☆





 「ねー……なんで、秋文はこんなに忙しいの?」

 


 言わないように我慢していた事を相談出来る。

 千春にとって、それが親友である四季組のメンバーだった。けれど、秋文もその中の1人。彼がいては相談できない事だったけれど、この日の四季組の飲み会は秋文がキャンセルになりいなかった。



 「それは、秋文に聞いたのか?」

 「それとなくだけど……雑誌の取材とかもあるって言ってたよ。」

 「そうか………。」

 「秋文は仕事頑張ってて会いに来てくれる時も疲れてるのわかってるから、なかなか言いづらくて。何でも言うようにはしてるけど、これだけは言えないよね……。」


 最近の秋文はとても忙しそうだった。


 秋文が頑張っているのは、とてもよくわかっていた。けれど、あまりにも多忙な様子に心配になっていたのだ。試合がない日は練習や個別のトレーニングもしている。それが終わった後は仕事。千春の連絡の返信は、いつも夜中か次の日の朝だった。


 そんな中でも、週に1、2回は会いに来てくれる。千春は自分でも寂しがり屋だという事はわかっていたけれど、それでも彼のためならば待つことも出来た。それは、会ったときにとても大切にしてくれるのが伝わってきて、この時間のために頑張ってくれてるんだとわかるからだった。


 けれど、秋文が何を頑張っているのかを知りたい気持ちがあるのが本心だ。

 助けにはならないかもしれないけれど、話を聞いたり、もしかしたら何か出来るかもしれないと思ってしまう。



 秋文は今、何をしようとしてるの?


 それを聞きたくても聞けないのが、千春の悩みだった。



 「秋文と千春がラブラブなところ、私も見たかったなー。」


 

 立夏は、千春のスマホについていた秋文とお揃いのユニフォームキーホルダーを指差しながら、ニヤニヤと笑ってた。秋文の名前が入っているのに気がつきたのだろう。とても嬉しそうに笑っていた。



 「いいなー。私も彼氏欲しいなぁー。寂しいよー。」

 「わかる!寂しいよね。」

 「千春も同じだったか。よし、今日は飲むぞー!」

 「さんせーい!」

 「おいおい。今日は秋文いないんだから、ほどほどにしてくれよ。」



 2人の女子パワーに圧倒されたのか、出は苦笑しながらゆっくりとお酒を飲んでいた。その後すぐに彼がソフトドリンクに切り替えたのを、千春と立夏は気づくはずもなかった。






 


 「千春、大丈夫か?」

 「大丈夫だよー!もう出は心配性なんだから。」

 「……歩きがフラフラだぞ。」



 立夏と恋愛トークをしながらお酒を沢山飲んでしまったせいか、少し足元がふらついてしまう。もともとお酒に強い立夏は一人でタクシーに乗って帰っていたけれど、千春は心配だからと言って、出が送ってくれる事になっていた。



 タクシーの中では、ウトウトしてしまう。これは、秋文といる時の癖なのか、すぐに寝てしまった。隣に、温かい体温を感じる。

 タクシーに揺られて心地よくなる。そして、その温かさに甘えて隣の人の肩に頭を預けた。

 もちろん、彼は何も言わずに肩を貸してくれた。

 


 「バックから鍵取るからな。」

 「うんー。眠い………。」

 「あともう少しだから。千春、頑張って。」

 


 誰かに支えられられながら、マンションの廊下をゆっくりと歩き、部屋に入る。

 そのまま、ベットに倒れ込むと、少し体を抱きかかてられて、丁寧に寝かせてくれた。



 「俺は帰るから。鍵は……秋文に渡しておく。」

 「秋文………。」

 「……千春、俺は…….。」

 「寂しいから帰らないで。」

 「………千春。」



 我慢していた思いが、出てしまう。お酒を飲んで素直になるなんて、最悪だ。そんな風に思いながらも、涙が出てしまう。 

 体と目蓋が重い。秋文の顔が見たいのに、見れない。けれど、手が、優しく包まれ少しだけ冷たいけれど安心する熱を感じた。



 「大丈夫だ。ここにいるさ。」

 「うん……ありがとう。秋文……。」



 そんな言葉だけで安心する。

 千春にとって秋文が、とても大きな存在になっているのが自分でもわかっていた。



 我が儘をいってごめんなさい。


 その言葉を彼に伝えられたのか、千春はわからないままに夢の中に深く入ってしまった。









 ★☆★






 相手先との食事会がようやく終わり、まだ解散していなければ四季組に合流しようと思っていた。けれども、もう夜も深い時間だ。明日が休みだからと言って、明日も試合がある出を拘束することはないだろうと思っていた。

 連絡を取ろうとスマホを開いた瞬間に、電話が入った。千春からだと思ったが、出からだった。




 「悪い、飲み会間に合わなかった。もう解散してるのか?」

 『もう終わったよ。それより、秋文。………まだ、千春に話してないのか?』

 「……まだ言ってない。」

 『千春は、何か違うことをしてるってうすうす感じ始めてるぞ。それに、あの事は……。』

 「それは、わかってるさ。」



 電話越しの出は、始めから少し怖い雰囲気があった。出は滅多に怒らないが、怒るととても怖いことを秋文は知っている。

 その出がそんな声を出すぐらいの事を、自分はしているのだわかる。そんなことは自分でもわかってきたはずだった。

 それでも、彼女に黙っていたのは心配を掛けたくないから、失敗したときにカッコ悪いから。

 そんな下らない理由だった。


 けれども、千春なら待っていてくれる。そして、話したときに喜んでくれる。そう勝手に思い込んでいたのだ。

 それが千春には、負担になっているとわかりながら。



 『千春の鍵を預かってる。今、会えるか?』

 「あぁ。すぐ行く。」



 秋文と出は待ち合わせの場所を決めて、電話を切った。秋文は、大きくため息をついた後に、スーツに合うように綺麗にセットした髪を、乱暴にかきながら車を走らせた。




 真夜中と言ってもいい時間だったので、秋文と出は、秋文の車の中で話をした。

 出は助手席に座ると、すぐに秋文を見つめて話しを始めた。その瞳には強い意思があり、これから責められるとわかった秋文は、げんなりとした顔をしてしまった。



 「いつもみたいに立夏と一緒に酔っ払ってしまったから、千春の自宅まで送った。」

 「悪かったな。」

 「…………千春がそんなになるまで飲むのは不安な事や悲しかった事がある時だって、秋文はわかってるな?」

 「わかってる。……あいつの事はよくわかってる。」



 まっすぐに秋文を見る出とは視線を合わせないように、ハンドルに腕をついて前を向いたまま返事をする。

 出に言われなくてもわかっている。自分が悪いという事ぐらいは。



 「千春は、おまえが何も言ってくれないと、泣いていたぞ。」

 「なっ………。」

 「俺には泣き顔を見せてくれた。今回の事で、おまえには泣いたりしたのか?」

 「…………。」



 千春は出を兄のように慕って甘えていたのは知っていた。自分は冗談を言ったり、言い合いをするぐらいなのに、出には相談をしたり、抱きついたりしていた。そんな関係を見て、昔から嫉妬をしたり、千春が好きなのは出なんじゃないかと思った事もあった。


 けれども、付き合い始めてからは自分が1番の相談役であり、甘えられる特権だと思っていた。

 それなのに、千春はまだ出に先に相談して、甘えているのだろうか。

 そう思うと悲しくもあり、嫉妬で怒りさえ感じてしまう。

 どうして、千春は俺に言ってくれなかったのか。

 待ってくれないのだろうか。



 「千春がどうして秋文じゃなくて、俺や立夏に、相談したか。理由がわからないわけじゃないだろ?」

 「………俺は………。」



 何も言えなくなってしまった秋文を見つめ、出は小さくため息をついた。


 そして、鍵をもって秋文に差し出す。

 車の中で、何かの光を反射させてキラキラ輝く千春の部屋の鍵。

 

 それを受け取ろうと手を伸ばした瞬間。

 その鍵は、出の手の中に戻っていった。

 驚き、出の顔を見てしまう。出の瞳は鋭く光り、秋文を睨むように見ていた。



 「千春を泣かせるなら、俺があいつを貰うよ。」

 「………おまえ、何言って……。」

 「千春は俺になついてくれてるし、相談もしてくれる。可愛い女にそんな事をされたら、俺だって嬉しいからな。千春はいい女だろ?」

 「出、おまえ本気で言ってんのか?」



 秋文が動揺したまま、出を見つめるが彼からの返事はない。

 腕を伸ばしたままだった秋文の手のひらに、千春の鍵を落とす。車内にチャリンッという金属音が響いたら。

 自分の元に、千春が戻ってきたような気がして、秋文はホッとして冷たい鍵を手で握った。

 これを、出には渡したくないと強く思いながら。



 「何も言わないで待っている事が、どんなに辛いか。おまえが1番わかってるんじゃなかったのか?」


 

 出の言葉を聞いて、目を大きくする。その言葉は、ズッシリと出の心に響いた。



 千春が好きだと隠し続けた10年は、決して楽な時間ではなかった。千春に伝えたくて、伝えられない。そして、新しい彼氏が出来る度に、どうしようもなく落ち込んで、手の届かない所に千春が行ってしまう事に怯えながら過ごしていた。

 俺の気持ちに気づいてくれないのか。どうして、こっちを見てくれないのか。そんな事を考えて、千春を見守ってきたはずだった。


 あんな想いを千春にさせていたのか。

 気づくと、自分がしてきた事があまりに酷い事だったとわかったのだ。


 

 気づくと、出は車から出て行ってしまった。



 「悪い……今度、礼はするから。」




 親友のキツイ言葉に感謝しながら、秋文は千春の鍵を握りしめたまま、車を前へと動かした。





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