第14話「返事を待つ時間」






   14話「返事を待つ時間」





 

 秋文は、電話の後10分ぐらいで駅前まで迎えに来てくれた。彼の車を見つけて駆け寄り、助手席に座る。

 秋文は珍しくスーツ姿で、なかなか見れない服装なだけに、それだけでも胸が高鳴った。



 「いつも迎えに来てくれて、ありがとう。」

 「それぐらいはいつでもする。……なんだ、その大荷物は。」

 「これはその……秋文に食べてもらおうかと思っていた。」

 「俺に………まさか、作ってくれてたのか?だって、友だちと一緒だと……。」

 「え?友達とは会ってないよ?」

 「……そう、か。」



 驚いた後に、ホッとした表情を見せた秋文を千春は不思議そうに見ていた。

 駅前だったので、長く駐車出来ないのか、「悪い、車出す。」と言い、秋文は車を出した。

 運転をしながら、今日の事を秋文に伝えた。



 「一人暮らしだし、秋文は料理しなさそうだったから、ご飯もっていけば喜んでくれるかなって。そういう考えもあったけど、本音は違ったんだ。」

 「千春……。」

 「誕生日に秋文に会いたかったんだと思う。いろいろ理由つけて、秋文に会いに行くきっかけを探してたのかもしれないって。だから、家まで行ったんだけど、会えなくて。」

 「だから、あの駅に居たのか………。」



 話を聞いて、納得したようで、まっすぐ前を見ながら秋文は苦笑していた。

 


 「俺もおまえに会いたくて、家に行ったんだ。そしたら、留守だったから。……俺じゃなくて、友達と会ってたのかと思うと。……俺が悪いんだけど、その、友達とかに嫉妬した。」

 「……秋文が嫉妬……。」

 「なんだよ。これでも10年片想いだ。いつも嫉妬しまくりだったんだ。」



 ふて腐れたような口調で秋文は、ちらりと千春を横目で見つめながらそう言った。

 いつも冷静で、かっこいい彼が自分に甘えようとする姿に、ドキリとする。これが、ギャップなのだろうか、とドキドキしながら彼を見つめた。



 「話の続きは、俺の家に行ってからでいいか?千春の作ってくれたの食べたい。」

 「あ、うん。」



 気づくと、先程来たマンションの駐車場に車が停車していた。

 自分から秋文の家に行ったのに、今さらドキドキしてしまう。幼馴染みとしての友達しても来たことがないのに、恋人になって始めて部屋に入るのだから、緊張しても仕方がないと思う。



 「あ、その前に。」

 「え?」



 秋文がシートベルトを外し、そう言うと千春の顔に手を伸ばして、少し強引に引き寄せ、そのまま唇に短いキスをした。

 


 「誕生日おめでとう、千春。」

 「………ありがとう。」

 「ケーキ買ってあるんだ。それも食べよう。夕食は?」

 「まだ………。」

 「じゃあ、一緒におまえが作ったやつ食べてからだな。」



 キスをした後、すぐに離れて普段通りに秋文は話をしてくる。

 けれど、千春は突然のキスとお祝いの言葉に、思った以上にドキドキしてしまい、簡単な返事しか出来なかった。



 彼とは何回もキスをしている。

 それなのに、どうしてこんなにも緊張してしまうのだろうか。

 その答えをわかっていても、今はわからないふりをしないと、冷静ではいられなくなる事を千春はわかっていた。

 こっそり深呼吸をしてから、千春は秋文の車を降りたのだった。



 エントランスに入ると、先程の女性のコンセルジュはおらず、代わりに若い男性のコンセルジュがいた。彼は、秋文を見つけると「おかえりなさいませ。」と挨拶をしてくれた。すると、秋文はそのコンセルジュの方に近づき何かを話していた。その後すぐに、エレベーターへ向かったので、千春は彼の元へと駆け寄った。



 「何を話してたの?」

 「お前の事だ。ここに来たとき、部屋まで行けなかっただろ?」

 「うん。今は個人情報とか厳しいしね。それに、秋文は有名人だから仕方がないよね。」

 「まぁ、それもあるだけどな。前に住んでたところで、部屋の前までファンが来たことがあって。さすがに困ったから、ここに引っ越して、コンセルジュに伝えてない人は入れないようにしてたんだ。」



 秋文は苦笑してそう言いながら、着いたエレベーターに乗り込んだ。千春は、エレベーターのドアが閉まった後に「そんなことあったの?!大変なんだね…………。」と少し大きな声で言ってしまった。



 「さっき、コンセルジュにおまえの事、伝えておいたから、これからはすぐに部屋に入れるようになったから。」

 「うん。……ありがとう。」



 彼氏の家にすぐに行けないのはやはり寂しかった。けれど、こうやって千春の気持ちにすぐに気づいて、対応してくれる。誕生日当日に会いに来てくれたのも、自分が悲しむのを秋文はわかっていたのだろうと、千春はわかっていた。

 そんな彼の優しさが、体に入り込んでくるようで、千春は胸がきゅんとした。

 そんな秋文の優しさに触れてしまったら、ますます彼がいとおしくなってしまう。



 隣にいる彼をこっそりと覗き見る。

 その横顔を見るだけで、千春は頬が赤くなるのがわかった。




 「はい。入って。」

 「ありがとう。お邪魔します。」



 ドキドキしながら彼の部屋に入る。広い玄関には、乱雑に彼の靴が置いてあった。そこに、自分のパンプスが置かれただけで、とても嬉しくなってしまう。



 「奥がリビングとダイニングだから。」



 秋文は、先に廊下を進んでいく。

 そんな彼を見つめると、彼の優しい熱を感じたくて、彼の後を歩いて、そのまま秋文の背中に抱きついてしまった。

 自分でも驚く行動だったけれど、スーツ姿の背中から秋文の温かさと彼の香りを感じると安心してしまう。緊張しているのに、ホッとする。矛盾した気持ちだけれど、今はそれが心地よかった。



 「千春……どうした?」

 「……今日ね、やっぱり寂しかったんだと思う。秋文を責めてるわけじゃないんだよ。けど、誕生日は一緒にいたかったんだ。だから……こうやって今日一緒にいれて嬉しい。ありがとう、秋文。」

 「千春……。」



 秋文の体が動いたので腕を離し、こちらを向いた秋文を見上げた。

 すると、秋文は笑って、「何言ったんだ?」と、頭を少し乱暴に撫でた。



 「まだ、誕生日は終わってないだろ。お腹空いたし、夕食にしよう。おまえが作った料理、食べたい。」

 「うん……。準備するね。」

 「俺も手伝う。キッチンはこっちだ。」



 スタスタと前を歩く秋文を、千春は見つめた。


 いつもならば、抱き締めてくれたり、キスをしてくれるような雰囲気だったのに、彼はそっけなく去ってしまう。

 やはり、疲れているのだろうか。それとも、本当にお腹が空いただけなのか。

 千春は、自分だけが舞い上がっていた事が恥ずかしくなり、少し気まずい気持ちで彼のキッチンへと向かった。



 「うまいな。これ全部食べれそうだ。」

 「嬉しいけど、全部は食べ過ぎだよ。ケーキもえるんだよ?」

 「あぁ、そうだったな。」


 

 リビングのソファの方が座りやすいから、と二人で並んで遅めの夕食を食べていた。

 秋文は着替える時間も惜しいと言って、スーツ姿のまま食事をしていた。(ネクタイを緩めて、襟元のボタンも外していた。)

 秋文は、「おいしい。」と千春が作ったご飯を褒めながら、たくさん食べてくれていた。本当に何も食べていなかったのか、持ってきた料理は、ほとんど残らなかった。さすが、スポーツ選手は体を動かしているから、よく食べると感心してしまった。



 ケーキは大好きなチーズケーキだった。

 秋文が淹れてくれたコーヒーを飲みながら、甘いケーキを味わっていると、秋文が「そろそろ日付変わっちゃうな。」と、言いながら、スーツのポケットから、かわいく包装された小さな箱を取り出した。



 「改めてだけど、誕生日おめでとう。」

 


 そう言って、千春の前にその箱を差し出した。千春は、両手でそれを受け取った。

 


 「ありがとう、秋文。……開けてみてもいい?」

 「あぁ。」



 赤色のリボンを取り、ゆっくりと箱を開けると、そこには、桜の花びらの形をした宝石がついたネックレスがあった。ゴールドの鎖に、ピンク色の宝石が花びらのようにカットされていた。光を受けて、キラキラと輝いている。

 


 「これって、one sinの!?こんな高価なもの……。」

 「おまえのために選んだんだ。受け取ってもらわないと困る。」

 「……ありがとう。すごく綺麗……。あ、今つけてみてもいい?」

 「あぁ。つけてやる。」



 嬉しそうにする千春を見つめる秋文の顔はとても穏やかで、プレゼントを貰った千春よりも幸せそうな表情だった。「後ろ向け。」と言われ、千春は緊張しながらも彼にネックレスをつけてもらう。首元に輝く桜の花びらを見つめる。



 「どう、かな?」

 「可愛い。とっても。」

 「あ、ありがとう。……とっても可愛いよね、この桜。」



 照れてしまうのを誤魔化すように、そう言うとそれがわかったのか、秋文はくくくっと笑っていた。

 忙しい中、自分のためにプレゼントを選んでくれた。それが、とても嬉しくて千春は、何度も桜を見つめてしまう。



 「そんなに嬉しいか?」

 「うん!これずっとつけてたいな。」

 「春先だけじゃないのか?」

 「いいの。冬だって桜の花みたくなるでしょ。」

 「そんなもんか?……まぁいい。早くケーキ食べないと帰るの遅くなるぞ。」

 「え……うん。」



 千春は、秋文の「帰る」という言葉を聞いて、一気に高まった熱が下がっていくのを感じた。

 今日はずっと一緒にいられる。

 そう思っていたのは、自分だけだった。


 秋文は、どうして一緒にいたいと思ってくれないのだろうか。付き合い始めたばかりだからなのか、キス以上は絶対にしない。

 でも、彼とはずっとずっと長い付き合いがある。それでは、ダメなのだろうか。

 自分がはしたない考えを持っているようで、恥ずかしくなってしまう。けれど、今日は秋文と一緒にいたい。


 そんな気持ちが勝っていた。




 「ねぇ、秋文。あと少しで誕生日終わっちゃうね。」

 「あぁ……そうだな。」

 「……終わる前に、もうひとつお願いしてもいい。」

 「……欲張りだな、おまえは。」

 「そうだよ。私、欲張りなんだよ。」



 いつものように、軽い言葉を交わす。けれど、千春の心の中はドキドキしていた。

 きっと、顔だけではなく首元や体も赤くなっているだろう。緊張からか目も潤んできてしまう。

 それでも、今は構わない。


 秋文に自分の気持ちが伝わるなら。




 「秋文、今日帰らなくてもいいかな?」



 

 秋文の表情を見るのが怖くなり、目線を逸らしてしまう。



 彼の返事を待つ時間はとても長く感じられた。






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