第13話「誕生日の勘違い」






   13話「誕生日の勘違い」






 千春は、いつも誕生日は誰かと一緒だった。

 子どもの頃は両親と。学生の時は、四季組や友だちと。そして、大人になってからは恋人と。

 そう考えると、沢山の恋愛をしてきて、誕生日には必ず恋人がいたのだと考えると、「ひっきりなし」と言われても仕方がないように思えた。



 千春は、人にどう思われてるのか、気にしすぎる性格だった。だからか、安心できる人と一緒にいたいと強く願うようになっていた。

 「好きだよ。」とか「可愛いね。」とか、褒められると心から幸せだった。

 けれど、「嘘つき。」「飽きた。」「体だけ相性いいね。」そんな言葉を聞くと、地に落ちてしまうような絶望感に囚われてしまうのだった。




 そんな事をずっと繰り返して、今まで生きてきたけれど、今は違う。

 秋文が何もかも変えてくれた。

 彼は、千春の中身を見て好きと言ってくれて、大切にしてくれる。一生の短い時間で、こんな相手を見つけられたのは幸せだと、日々思うほど幸せだった。

 唯一、彼といて寂しくなる事は、会えない日が多いことだった。




 サッカー選手としての試合や練習だけではなく、他の仕事も多くこなしているようだった。

 けれど、最近特に忙しいようで、試合がない休日も会えない日が多かった。

 付き合いはじめて1ヶ月になるが、まだ1度も1日中秋文と過ごしたことはなかった。



 「今年は1人かぁー。」



 今日は千春の誕生日当日。

 この日は平日だったが、千春の会社ではバースデー休暇というものがあり、今日はそのため仕事は休みだった。

 本来ならば、秋文と1日一緒に過ごすはずだったけれど、彼に急な仕事が入ってしまったのだ。


 仕方がないと思いながらも、やはり寂しいと思ってしまう。

 せっかくの平日のお休みだからと、買い物や食事をしようとも思ってたけれど、そんな気分にもならなかった。


 いつものように部屋の掃除をしたり、本を読んだり、バースデーメールの返信をしたりしているうちに、あっという間に夕方になってしまっていた。



 「夕飯作らないと………秋文は、夜遅いのかな。忙しいみたいだけど、ご飯食べてるのかな。」



 秋文の家には行ったことがなかったけれど、彼が料理の話をしているところは見たこともなかった。秋文のことだから、外ですませているんだろうな、と思うと、大丈夫なのかと心配になってしまう。


 簡単な料理を持っていったら、秋文は喜んでくれるだろうか。

 そう考えてしまうと、千春は彼に会えると思うと、居ても立ってもいられなくなってしまった。


 千春はメニューを決め、近くのスーパーで食材を買い込んで、料理を始めた。


 思った以上に作り込んでしまい、家にあるタッパー全てが埋まってしまった。作りすぎてしまったけれど、多かったら持って帰ればいい。それよりも早く秋文に会いたかった。

 大きい袋に料理を詰め込んで、急いで身支度を済ませる。秋文と1日デートをする時に着ようと思っていた、花柄のワンピースにカーディガンを羽織り、お気に入りの口紅を塗る。

 秋文は外見は気にしなくて言いと言ってくれたけれど、それでも可愛い彼女でいたいと思う。それはきっと、秋文に「可愛い。」と言って欲しいから。




 秋文の自宅は、ここから電車に乗って行けば1時間もかからない所にある。

 住んでいるマンションは知っているので行けば会えるだろう。

 それぐらいの気持ちで家を出た。



 「少し重いな………詰めすぎたかなー。」


 

 歩きながら袋の中のタッパーを見る。

 手が痛くなってきていたけれど、そんな事は我慢出来た。


 自分の誕生日だから、彼に会いたい。

 けれど、彼が会いに来てくれるのを待っているだけでは、前の自分と同じ。

 自分が秋文に会いたいから、会いに行く。

 それを、秋文にも知ってもらいたかった。




 「確かここら辺のマンションだったはず………。」



 名前だけは聞いたことがあったマンション。

 地図を見ながら、夜道をうろうろと歩いて、目的地付近を歩くと、一際大きなタワーマンションがあった。敷地の中には、高級車が並んでおり、ここは高級マンションであると言う事がすぐにわかる。



 「………こんなところに秋文は住んでるんだ。でも、日本代表にも選ばれるぐらいだし、当然だよね。」


 

 自分には場違いの場所だと思いながらも、千春はビクビクしながらもマンションの中に入る。

 大きなエントランスには、立派なソファが並べられていた。

 入ってすぐの正面に、マンションコンセルジュの女性がおり、にこやかに微笑んでこちらを見ていた。



 「こんばんは。どちらにご訪問ですか?」

 「あの、橘秋文さんのお部屋はどちらですか?」

 「橘様。訪問のお約束が入ってないのですが……。申し訳ないですが、約束がない場合はお部屋を教えることが出来ません。」

 「え………そう、なんですね。あの、おうちにいるかだけでも教えてくれませんか?」

 「かしこまりました。お名前は?」

 「世良千春です。」



 コンセルジュの女性が部屋に電話をかけてくれたけれど、秋文は出なかった。メッセージを残しますか?とも聞かれ、料理と一緒に渡そうとも思ったけれど、よく考えてみれば、今日中に帰ってくるかはわからないのだ。




 「はぁー………。頑張りすぎちゃったか。」



 マンションから出て、また来た道を千春は1人トボトボと歩く。

 秋文に会えると思って頑張った料理やメイクに洋服がすべて意味のないものになってしまった。

 高めのヒールで、足は痛くなるし、大量のタッパーが入った袋のせいで、手は赤くなっていた。


 自分の考えなしの行動が招いた結果なのに、何故か切なくなってしまう。

 

 「誕生日なのになー。」と、ため息混じりに呟きながら、駅に向かって歩いていた。



 平日の夜とあって、駅前は混雑していた。

 電車の時間を調べようとスマホを取り出すと、何件か電話通知が入っていた。それは、すべて秋文からだった。



 「え、あれ?秋文からだ……どうしたんだろう?」



 帰り道はほとんどスマホを見なかったため、電話が来ていることに気づかなかった。

 慌ててかけ直すと、すぐに秋文と繋がった。


 

 「ごめん……秋文、どうし……。」

 『おまえ、今どこにいるんだ?』

 「え………駅前だけど。何かあったの?」


 

 電話口の秋文は焦った様子で、最後まで千春の言葉を聞かずに、質問をしてきた。

 いつもと様子が違うのに気づき、何かあったのかと心配してしまう。



 『あぁ……いや。何でもない。友だちとかと一緒だったなら、電話して悪かったな。』

 「ううん……大丈夫だけど。どうかしたの?」


 

 焦って早口だと思ったら、今度は声が沈んでいる。電話でもわかる秋文の異変に、千春はますます不安になっていく。



 「………秋文、体調悪いとか?もしかして、やっぱり仕事ばっかりで食べてないんでしょ?……心配だよ。」

 『なんの話だ?俺だって一応スポーツ選手だから食い物には気を使ってる。』

 「そっか………そうだよね。」



 秋文の言葉を聞いて、今度は千春が悲しくなってしまう。

 秋文はプロの選手だ。食べ物に気を使わないわけがないのだ。それを、勝手に食べてないかもと思って、ご飯を準備してしまった。

 それも、自分が秋文に会いたい理由でしかなかった。

 いい大人になって、「誕生日だから、彼氏に会いたい。」なんて、思わなくてもいいのだ。会えるときに二人で過ごせれば幸せなはずなのに。

 疲れて帰ってきて、さらに一緒に過ごしたいと願ってしまうのは、我が儘だ。そんな風に千春は考えてしまった。



 『おまえ、もう一人なのか?』

 「うん。」

 『じゃあ、今からその駅に行く。近くにいるから、すぐ着く。』

 「え………でも、仕事帰りで疲れてるでしょ?」

 『おまえな………彼女の誕生日に会いにも行かない彼氏なんていないだろ。……わかれよ。』

 「えっ………あ、ごめんなさい……。」

 『……怒ってない。じゃあ、また後で。近くについたら連絡する。』



 秋文の思いが嬉しいはずなのに、何故かギクシャクしてしまう。

 会話と気持ちが噛み合ってないのだ。


 それでも、秋文に会える事が嬉しくて、笑顔になってしまう。


 この気持ちのままでは、ダメだと千春自身がわかっていた。


 ちゃんと、今日考えたことを何をしたかったのかを、ちゃんと伝えよう。

 そう決心して、千春はキラキラ光る、車のライトの波の中から、彼の車を探した。




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