第12話「お揃いの」






   12話「お揃いの」







 試合が終わった後。

 千春は、立夏と静哉に頼んで、もう一度グッツ売り場へと向かった。


 秋文の特設はまだ多くの人がいたので、秋文のチームの物が置かれている場所へと向かった。

 ユニフォームやタオル、応援グッツなど沢山の商品が並んでいる。そこを眺めていると、千春はひとつ気になるものを見つけた。


 それは、ユニフォームの形をしたアクリル製のキーホルダーで、しっかりと背番号と名前があった。背番号10を探すと、秋文の物を見つけて思わず手を伸ばした。

 これぐらいならば、照れくさくないかなと思い、それをレジに持っていこうとした。すると、その売り場に「名前入れます!」と書いてあるのを発見した。


 このキーホルダーのフニフォームには12の背番号もあった。サッカーでは12番目の選手はサポーターの事を意味していると、出から聞いたことがあった。その12の背番号のキーホルダーに、自分の名前を入れてくれると、そこには書いてあった。


 それを見て、千春にはある事を思いついてしまい、自分の名前を入れようかと迷っていた。

 レジに行く前に店内をうろうろとしていると、心配した立夏と静哉が千春に声を掛けた。



 「何探してるんですか?」

 「あ、静哉くんと立夏。ごめんね、待たせちゃって。」

 「それ、買うの……?」

 「うん……どうしようかなって思ってて。」



 千春の手の中にあるのは、秋文のユニフォームと12番のユニフォーム。それは見て、2人はすぐに意味に気がついたようだった。



 「俺だったら嬉しいですよ。そういうお揃い。」

 「付き合い始めなんだし、そういうのからお揃いなら大丈夫でしょ。」

 「……ふたりとも、よくわかったね。」



 千春は驚いてふたりを見ると、どちらもにっこりと笑い、購入するよう勧めてくれた。

 秋文も喜んでくれる。そう思い、千春は買うことに決めたのだった。



 千春と立夏、そして静哉と一緒に夕飯を食べ、自宅へ帰ろうとしている途中で、スマホが鳴った。

 連絡を待っていた相手。もちろん、秋文だった。



 「試合、お疲れ様。」

 『悪い。ミーティング長引いて連絡遅くなった。今日試合に来てたんだよな?今どこにいる?』

 「みんなでご飯食べて、帰るところだよ。」

 『そうか……。千春に会いたいんだけど。少し時間貰えないか?』

 「………うん。大丈夫。」

 『すぐ向かうから。』



 一瞬、彼の悲しそうな声が聞こえたけれど、会えるとわかると、すぐ声が変わった。

 そんなに喜んでくれるのが、嬉しくて人通りが多いところなのに、一人でニヤつてしまう。


 秋文と待ち合わせしたのは、いつもの会員制のカフェだった。

 千春は、鞄の中にある、お揃いキーホルダーが入った袋を見つめる。まさか、今日のうちに渡せるチャンスが来るとは思っていなかったので、今から緊張してきてしまう。けれども、秋文とのお揃いを叶えるためには、自分が渡さなくてはいけないのだ。



 「よし、頑張ろうっ。」



 雑踏の中で、すぐに消えてしまう小さな声で、一人そう呟くと、千春はカフェに急いで向かった。







 「悪い。待たせたっ。」



 千春がカフェに来た30分後ぐらいに、秋文は焦った様子で、千春がいた個室に入ってきた。



 「秋文、お疲れ様………っ!どうしたの?」

 


 秋文は部屋に入ってすぐ、ソファに座っていた千春を強く抱きしめた。

 彼からほんのりシャンプーのいい香りが漂ってきて、千春は思わずドキッとしてしまう。



 「バカ静哉に何にもされなかったか?」

 「う、うん。サッカーの事、いろいろ解説してくれて楽しかったよ。」

 「ったく、試合前に変な連絡くるからイライラした。でも、お前見つけられてよかったよ。」

 「え……私の居場所わかったの?」



 あの時、客席を見つめていたのはたまたまだと思っていた。いや、思うようにしていた。恋人だからと言って、いつでも見ているわけじゃない。そう思うようにしていたのは、勘違いだった時にショックを受けるのは千春自身だからだ。


 けれど、秋文は沢山の人の中から見つけてくれたのだ。そして、試合の合間でも、心配してくれたのが嬉しかった。

 抱きしめた体をゆっくりと離し、秋文は少し照れ笑いを浮かべながら、千春のすぐ隣にくっつくように座った。



 「どこの席か事前にわかってたしな。でも、試合におまえが来てるって思うと、力入るな。」

 「最後のゴールのアシストパス、すごいかっこよかった!今回勝てたのは、秋文のパスが良かったからって、周りの人たちが言ってたよ!」



 今日の試合の興奮が甦ってきてしまい、千春はテンションが高いまま、今日の試合の感想を話してしまう。後半終了間際の決勝点をアシストした秋文のパスを見た瞬間は、そんなにサッカーに詳しくない千春や立夏でさえ、歓声を上げてしまった。



 「久しぶりに生でサッカーしてる秋文を見れて、感動しちゃった。」

 「……そうか。また来てくれ。そしたら、いつも以上に頑張れるから。」


 

 夢中になって、試合の感想を伝えてしまったけれど気づくと、本人を目の前にかっこいいや感動したと言ってしまっていた。

 秋文も、面と向かって褒められてしまい、少し困った顔をしながらも、頬を染めて「ありがとう。」と言いながら、頭を撫でてくれる。


 応援することで、秋文の力になるのならば、ぜひ来たいな、と思った。それに、サッカーをしている秋文をまた生で見たいのだ。とてもかっこいい彼の姿を。







 「そろそろ帰るか。明日仕事だろ?」

 「え、秋文、今来たばっかりだよ。」

 「少し千春に会いたかっただけだ。遅くまで待たせて悪かったな。」

 「そんな……。」 




 まだ、もっと一緒にいたい。

 そんな気持ちが、心の中で広がっていく。


 試合では沢山彼の姿を見れたけれど、こうやって秋文を近くでは感じられなかったのだ。寂しいと思ってしまう。

 けれど、今引き留めたら……それがどういう意味になるのか。もう十分に大人な千春はよくわかっていた。


 だからこそ、彼に「まだ少し。」とは、言えなかった。それがどうしてなのか、まだ千春には自分の気持ちがよく理解できていなかった。

 きっと「まだ一緒にいたい。」と伝えれば、一緒にいてくれるはずなのに。



 「ん?どうした?」

 「えっと………あ、そうだ。」



 楽しみにしていた物をすっかり忘れてしまっていた。きっと、秋文に会えたことで舞い上がっていたのだろう。

 千春は、バックから悩んで選び、買ったものを取り出した。

 そして、2つのユニフォームのキーホルダーを両手に置いて彼に差し出した。

 1つは橘と書いてある10番のユニフォーム型のキーホルダー

 もう1つは、千春と書いてある12番のユニフォーム型のキーホルダー。


 「俺のチームのユニフォーム?こんなのあるのか……。」

 「可愛いなって思って。……それに、秋文とお揃いにしたくて。ダメかな?……もしイヤだったら、両方私が付けるから。」


 お揃いが嬉しいだなんて、女の子の考えかもしれない。男の人は嬉しくもないのかも。そんな不安が今さら千春を襲い、彼に見せているのに、そのキーホルダーを引っ込めようとしてしまう。

 けれど、秋文はそこから1つのキーホルダーを取った。


 千春の名前が書いてある、12番のユニフォーム型のキーホルダーだった。



 「これ、貰うよ。」

 「それ、私の名前書いてあるよ?」

 「俺が自分の持ってても、何にも嬉しくないだろ。だめか?」

 「違うの……私もそうしたいと思ってたの。」




 このキーホルダーを買った時。

 立夏と静哉は、「お揃い、いいですね。」と言った。そして、「千春は下の名前にしたんだね。自分の持ち物だし、名前の方がいいよね。」と言っていた。きっと、秋文には秋文のユニフォームの物。千春には、12番のユニフォーム。そう思っていたのだろう。

 

 けれど、千春の考えは違っていた。



 「私、秋文のユニフォーム持っていたかったの。それに、秋文には私の持ってて欲しかった。……けど、それって何か重いかなって思って……私と付き合ってるってバレたら、秋文は有名人だから困るのはわかってるし。」

 


 彼にマイナスになってしまう事を頼むのは出来なくて。でも、諦めることも出来なかった。

 だから、両方を出して秋文に選んでもらおうと思ったのだ。



 「そんな事はない。恋人の話が出たら、普通にいるって答えてるし、俺だってお前のが欲しいと思ったんだ。それに10年以上の片想いだ。俺の方が重いだろ。」

 「そんなことない!……秋文が私と同じ考えだった事、すごく嬉しいよ。」

 「俺がずっと千春が好きだから、俺が千春の考え方に似てたんだろ。」



 秋文はにこやかに笑い、受け取ったキーホルダーを見つめて微笑んだ。



 「おまえのは、名前にしたんだな。」

 「うん。………秋文には、名前で呼んで欲しいから。」

 「なら、俺も名前にしようかな。」

 「え……ダメっ!!」

 「なんでだよ。」

 「みんな秋文って呼んじゃうから。……それはちょっとイヤかも。」



 思わず大きな声を出して否定してしまい、そして自分の嫉妬した心がバレてしまった。


 それなのに、秋文は嬉しそうに、「そうか……。そうだな。」と、微笑むだけだった。

 その顔が、試合時とは違う優しい表情で、千春はこっちの顔も好きだな、なんて心の中で思ってしまった。




 その場で、スマホにキーホルダーをつけ、ふたりはお互いの家へと帰った。


 千春は、ベットに入って眠るまで秋文とお揃いのキーホルダーを眺めて過ごしていた。


 秋文も同じ思いだと願いながら。





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