第9話「叱咤と応援」
9話「叱咤と応援」
秋文と千春が店に到着すると、すでに出と立夏は待ち合わせの場所で待っていてくれた。
四季組で食事に行く時は、秋文と出がサッカー選手で有名人ということもあり、個室がある店を選んでいた。
今日は立夏が「おいしいピザが食べたい!」というリクエストだったので、出が店を探してくれたようだった。
ドリンクと食事をいくつか注文した後、お酒が入る前に、と秋文が「俺と千春、付き合い始めたから。」と、さらりと近況を報告した。
すると、ポカンとしていた立夏と出だったが、すぐに、「おめでとう。」と、笑顔で祝ってくれた。
「やっと、くっついたって感じだな。」
「本当にね!秋文よかったねー。片想いがやっと実って。」
「まぁーな。」
珍しく素直な返事をする秋文を、立夏はニコニコと見つめていた。幼馴染みでもある秋文が嬉しそうにしているのが、立夏も嬉しいのだろう。
「千春も!秋文も選んだんだね。ふたりなら幸せになれるよ、絶対。」
「………え。あ、うん。そうかな……。」
歯切れの悪い返事と、作り笑顔の千春を見て、立夏はすぐに違和感に気づいた。もちろん、秋文も出も。
乾杯をした後に、すぐに立夏が心配して声を掛けてきた。
「千春、どうしたの?元気ないよ?」
「あ、うん。大丈夫。仕事でちょっと心配しちゃって。」
「本当に?」
「えっと………。」
目の前に座る出も、真面目な顔で聞いてくる。隣に座る秋文をチラリと見ても同じような表情だった。
「千春は顔に出やすいんだから、すぐわかるのよ。……それに私たちに隠し事なんて、だめだよ。話して。」
「………。」
「千春。大丈夫だから。」
テーブルの下では、秋文が手を握ってくれた。
その温かさに甘えられる資格がない。
「私……秋文と付き合う資格なんて、やっぱりなかったよ……。」
そう吐き出すように俯きながら言い、繋いだ秋文の手をやんわりとほどいた。
「ゆっくりでいいから話してごらん。秋文は、そんな簡単に千春を嫌わないよ。それに俺たちも。」
優しく語りかけるように出は、そう言った。
その言葉を聞いて、千春はゆっくりと話始めた。
「………私、やっぱりまだ先輩が気になってた。甘えていいって、言ってくれた秋文に甘えすぎてた。」
「先輩と何かあったのか?」
千春は、こくんと小さく頷いて先程の事を話始めた。3人に話すのが怖かった。嫌われてしまう、呆れられてしまう。そう思うと、どんどん声は小さくなる。
それでも話したのは、この四季組が好きだからだった。隠し事はしたくなかった。
「うちの会社に来ていた先輩に呼び出されたの。その時、彼氏がいるからって断ればよかったのに、私、断れなかった。もう1回やり直そうって言ってくれるのかなって思ってたんだと思う。………もし、先輩にそう言われてたら、自分はどうしたのかと思うと、本当に怖くて……自分が、ここまで最低だと思ってなかった。………ごめん、なさい。」
「……先輩に何て言われたんだ?おまえ、なんでそんなにショック受けてる?」
「……それは。私が軽い態度でついていったのがわるかったから、その………。」
言葉を濁すと、秋文が「教えて。」と、言って顔を覗く。
告げ口のような事を言いたくはなかった。けれど、付き合っている彼には言わなければいけない事なのかもしれない。
そう思って、ゆっくりと話始める。
「別れてショック受けてるなら、その………体の関係だけでも続けようか?って。」
「なっ………。」
「最低だな……。」
「断ったよ、もちろん。そしたら、顔だけなんだから、猫被るのやめた方がいいって。付き合う人が可哀想だからって。私が先輩に自分を隠して付き合ってたから、あまり良く思ってなかったみたい。……自業自得だから。」
千春が話終わると、その場がシーンとした静寂に包まれる。隣からの話し声やカチャカチャと食器がぶつかる音などが、聞こえてくる。
千春は、どうしていいのかわからなくなり、身を縮めてその静けさに堪えた。自分がこの場を悪くしてしまったのだ。申し訳ない気持ちだった。
「俺は断ったんなら別にいい。千春に元彼氏を忘れるために利用しても良いから付き合ってほしい言ったんだ。だから、気にしてない。」
「……そんな。秋文ダメだよ。……そんなに私を甘やかさないで。」
「だったら、俺と別れたいのか?」
「秋文………。」
「俺は別れない。やっとおまえと付き合えたんだ。……それに、どう考えても、おまえの気持ちに気づいて、そんな事言ってきた奴が悪いだろ。」
秋文は、そう言うと千春の頭を優しく撫でてくれる。「大丈夫だ。」と伝えるように。
「………よくないわよ。何それ。」
「立夏………。」
話を聞いてからずっと黙っていた親友である立夏が突き放すような口調で千春を見つめた。
その顔は、今まで千春に見せたことがない、とても怖い表情だった。
「千春。私、あなたに言ったよね?秋文は、私の大切な幼馴染みだって。……それなのに、付き合い始めたのに元彼氏に呼ばれたらついていくの……?あなた、そんなに最低な女だったの?」
「………ごめんなさい。」
「立夏、言い過ぎだ。」
「出は黙ってて!」
立夏の隣にいる出が、やんわりと止めようとするが、それでも立夏は止めなかった。
それほどに怒っているのだとわかり、千春は彼女の目を見つめながら話しを聞いた。
大切な親友の言葉を、俯いてなど聞けるはずがなかった。けれど、目には涙が溜まってしまう。自分の情けなさで、悲しくなるのだ。
「秋文は、利用していいとかバカな事言ったみたいだけど、あなた本当に秋文を好きになれるの?甘い言葉をかけて優しくしてもらえれば、誰でもいいんじゃないの?それなら、大切な幼馴染みを悲しませるだけだから、今すぐ別れなさい。………あなたとも、当分口を聞きたくないわ。」
「立夏!」
秋文は大きい声で立夏を止めるけれど、彼女は何も言わずにじっと千春を見つめていた。とても鋭い視線で。
「……秋文、立夏、ごめんなさい。それに、出も。………いつも良くしてもらってたのに、こんな風に呆れさせるような事をしてしまって。秋文、私………。」
「俺は別れないからな。これは、俺と千春の問題だ。関係ない奴が文句言うなよ。」
「関係ないですって!」
「そうだろ。俺が良いって言ってんだよ。それに悪いのは全て千春じゃないだろ?当たってんじゃへーよ。心配してるならそう言え。」
「そんなんじゃないわよ!何言ってんの?!」
「どーせ、自分に相談してくれなかったのがイヤだったんだろ。おまえこそ、小さい奴だな。」
「なんですって!!」
何故か立夏と秋文の言い合いになってしまい、千春はそれをおろおろと見つめる。
自分にも止める資格がないのはわかっていたので、声も掛けられなかった。
「ふたりとも、千春が困ってるだろ。話が脱線してる。」
「だって、秋文があまりにもバカすぎて。」
「おまえが、天の邪鬼すぎるんだろ。」
「わかったから……ふたりが千春を大事に思ってるのは伝わってるから。……だろ、千春?」
出がそう言って、千春を見る。それに合わせて、秋文と立夏も千春の方に視線を向ける。
千春は、ふたりの言葉に隠されている意味を理解出来ないほど鈍感ではなかった。
ふたりがお互いに大切に思っている事も、千春に
がしたことを叱咤しながらも、思っていてくれるのを、理解していた。
だからこそ、涙が止まらなかった。
こんなにもいい友達を持っているのに、何を迷っていたのだろうか。何で相談しなかったのだろう。
そして、恋人同士になったばかりの親友の気持ちも、改めて感じることが出来た。
その嬉さと同時に、こんなの大切な3人を裏切った事がとても恥ずかしかった。
「立夏……立夏の言う通りだよね。あんな事は、秋文を悲しませるだけだよね。……こんなに大切にしてくれるんだから、私も答えなきゃって思う……だから、立夏。私に秋文もくださいっ。」
「おまえ、それは……。」
「……はぁー、本当にあんたには敵わないわ、千春。……その言葉は、何か違うと思うけど……別に、私は秋文の母親じゃないし、秋文なんかと絶対付き合いたくないから、それはいいんだけど………。」
千春の発言に、出はクスクスと笑っており、秋文は何故かぐったりとしている。
けれど、千春はそれどころではなく、立夏の返事を緊張した面持ちで待っていた。
「まぁ、秋文が千春に惚れてるんだから、仕方がないんじゃない。大切にしてくれれば、それでいいよ。」
「うん!ありがとう。」
涙を拭きながらやっと笑顔になった千春を、立夏と出は、安心した面持ちで見ていた。
「秋文も、ごめんなさい。そして、信じてくれてありがとう。」
「……あぁ。」
泣いた顔のまま、にっこりと微笑んで彼にお礼を言うと、秋文は数秒固まってから、すぐに顔を背けながら素っ気なく返事をした。隣に座っていた千春は気づかなかったけれど、立夏と出は赤くなった秋文の顔を見て、ほのぼのとした雰囲気になっていた。
緊迫した雰囲気が、やっといつも通りになり、みんなで食事を始めようとしたときだった。
「ところで、千春。その元彼氏の先輩とやらの名前と職場、教えてくれない?」
「え……なんで?」
「もちろん、殴り込みに。」
「それは俺も同意。」
立夏の言葉にも驚いてしまったのに、千春は秋文も止めないのには驚いてしまう。
そして、ふたりとも顔が本気だった。
「気持ちはわかるが………。千春、教えるなよ。この二人なら本気でやるからな。」
「えぇ!!?それはだめだよー。」
「なんでよ!一番悪いのはそいつなのに。」
そんな話をしながらも、またワイワイと賑やかな会話が続いてく。
そうやって、心配してくる3人に感謝をしながら、千春はこの四季組の雰囲気が好きだと改め感じ、壊したくないと思った。
「もう大丈夫だよ。私には、秋文がいてくれるし、ね。」
「………そうね。よかったねー、秋文。」
「うるせーなっ!」
立夏と出に認めてもらったこの恋。
千春は、やっと本物の恋愛になり、本当の恋人同士になれたような気がした。
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