第10話「予感」
10話「予感」
四季組の食事会の帰りは、秋文と二人きりだった。いつもの事だけれど、付き合い出してからは初めてだった。
ふたりは、酔い覚ましのため店から歩いて帰る事にした。秋文はしっかりと千春の手を握ってくれていた。あ互いにお酒も入っているせいなのか、繋いだ手はとてもポカポカしているように、千春は思い妙に照れてしまっていた。
千春の家の近くには、大きな公園がある。
そこの中を通ると、自宅まで近道になっているため、ふたりは夜の公園をゆっくりと歩いていた。
すると、秋文が突然立ち止まったので、千春は不思議に思いながらも立ち止まり、彼を見上げる。
公園の照明で、秋文の髪がいつも以上に艶々しく見えた。自分の髪より綺麗だなと思って見つめていると、不意に秋文の手が伸びてきて、千春の髪をすくように撫でた。それを繰り返しながら、ただ千春を見つめている。
「どうしたの?秋文、酔っちゃった?」
「いや。………なぁ、千春。」
「うん?」
「……キスしていいか?」
「………えっ!?」
突然のお願いに、千春は暗くてもバレてしまうのではないかと思うぐらいに顔が赤らめて、周りをキョロキョロと見渡した。まだ真夜中という訳でもない。今は人気がないが、もしかしたらば近くに誰かいるかもしれない。
「あの……私の家に着いてからじゃだめ、かな?」
「キスだけじゃ我慢できなくなる。」
「我慢って………そんな…。」
「だめか?」
残念そうな顔で千春を見つめてくる秋文を見ると、断れなくなりそうで、思わず視線を逸らしてしまう。
けれども、千春はなにも彼とのキスを嫌がっているわけではなかった。恥ずかしさが勝ってしまい、素直に「うん。」と言えないだけなのだ。
付き合いの長い関係だとしても、それは友達として。恋人としては、まだ付き合い始めで、何もかも恥ずかしいのだ。それが、いつになったら慣れるのか、千春には想像も出来なかった。
「リップもとれてるし、お酒も飲んでるし……。」
「俺だって飲んだ後だ。それに、俺にはそんな外見の事なんて気にするなよ。」
「そんなの無理だよ……。」
秋文は、恥ずかしそうにする彼女を見て苦笑しながら、髪に触れていた手で今度は頬を撫でる。くすぐったそうに見上げる千春をいとおしいそうに見つめていた。
「着飾ったおまえも可愛くて好きだけど、素のおまえに俺は惚れたんだ。」
その言葉を聞いてしまったら、千春はもう何も言えなくなってしまった。
千春を見つめる彼ほ瞳が、少し潤んでいるのが、薄暗い公園でもよくわかった。
そんな様子で千春をみながら、秋文は微笑むと、少し体を下げてキスをしてくれる。
誰かいるかわからない屋外だからか、触れるだけの控えめなキスだったけれど、それでも秋文とのキスに慣れるはずもなく、終わった後もボーッと彼を見つめてしまう。
「はぁー……なんなんだ。おまえ相手だと我慢できなくなる。」
「我慢しなくていいのに………。」
そんな事を言ってしまえたのは、少しお酒が入っているからなのか、本当にそう思っているのかはわからない。
けれども、自然と口から出た言葉は心の所かにはあった気持ちのはずだ。
千春の言葉を、聞いてギョッとした表情を見せたが、その後、秋文は大きくため息をついた。
「今日の事だけど……本当は少し悔しかったんだ。おまえが、元カレを忘れられなかった事。」
キスをした後、少しだけ顔は離れたけれど、まだ秋文とは距離は近い。
そんな間近で、秋文から本音を聞くと、自分が彼を傷つけたことを思い知らされる。
利用してもいいと言っても、傷つかないはずがないのだ。
「だから、絶対に先輩とか言う奴よりも、俺の方が良いと思わせてやる。」
普通だったら、怒られたり嫌われたりする事を自分がしてしまったという自覚はある。
けれど、彼はそれを自分がその人より勝っていればいいと考えてしまったのだ。
それは、とても申し訳ない事だったけれども、千春にとっては彼が眩しく、そしてとてもかっこよく見えた。
そして、それはある予感を感じさせるものになった。
「………千春?」
「ありがとう、秋文。」
千春は、彼の暖かさに触れたくて、額を彼の胸にポンッと預けた。顔に暖かさと、彼の香りを感じて、千春は安心してしまう。
すると、彼は千春の体に腕を回して、優しく抱き締めてくれた。
全身を彼に包まれながら、千春は思った。
きっと、私は彼を本気で好きになる、と。
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