第1話

 お盆は亡くなった人達が帰ってくると言うが、今まで亡くなった人達が一斉に現世に集結すると考えると、歴代仮面ライダーが登場する小児向け映画めいてて途端にシュールに感じるのは何故だろうか。

 覆水盆に返らずとはいうものの、人間は現世から零れても盆には帰ってこられるというのは実に皮肉に感じられる。

 こんなくだらないことを考えてしまうのは俺が暇人だからだ。「ひまじん」もHを取れば「イマジン」ってね。


 俺がこんなに暇を持て余しているのにも理由がある。というのも俺は今、俺の母親の母親、つまり祖母の家に監禁されているのだ。

 収監されていると言ってもいい。要は、俺は両親から厄介払いされたということだ。

「どうして俺がこんな目に」

 深くため息をついてつぶやく。

 違うんだ。大学1年生の夏休みにして自動車学校に行ってなくて、バイトもしてないってだけなんだ。なのにあのニートを見る目はあんまりにも愛情がないではないか!

 自分にどれだけ言い訳しても、都会にある実家からこんなドのつく田舎に送られた事実は変わらないわけで。


 古い木の板で作られた縁側に腰掛けた俺の横で不意にカチャッと音がする。

「悩んでるな少年」

 どうやら祖母がお茶を入れてくれたようだ。

「ありがとう。マチコさん」

 マチコさんが入れてくれたお茶をごくりと飲む。どこか懐かしい麦茶の味が、田舎特有の涼しい夜風と相まって、都会のアパートから9時間の大移動によって疲労した体に、ゆっくりと染み渡る。

「これ、母さんの入れる麦茶と同じ味だ」

 それを聞いて、マチコさんが嬉しいそうに微笑む。

「あの子が何年私に育てられたと思ってるんだい?都会で鈍った少年もビシバシ鍛えてやれと言われているから、そのつもりでね!」

「お手柔らかに」

 苦笑いしながら、素直に感心する。

 齢70にしてこのパワフルさ、いつも母が(色々な意味で)忙しないのも頷ける。


「ところで少年。いつまでここに居るんだい?大学の夏休みは長いと聞くけど」

 俺は母に言われた滞在ちょうえき期間を思い出す。

「8月31日までいます。夏休みはもう少し長いけど、諸々準備もありますし」

「あれ?それじゃ何かい」

 それを聞いて、マチコさんは不思議そうな顔で俺に再度尋ねる。

「今7月25日だけど、それまであっちの友達とは遊ばないのかい?」

「それは聞いちゃダメな話題ですよ」

「……そうかい」

 気まずくなった二人を嘲笑うように、カエルの輪唱がひときわ大きくなった。


「あのう、それはそうとマチコさん」

「なんだい?」

 深夜になり就寝の準備をしていたのだが、途中あることに気づいてマチコさんに尋ねる。

「この家のWiFiのパスワード教えてくださいよ。ここ周辺どうも圏外みたいで」

 俺はマチコさんの家に来てからずっと、スマホが使えなくて辟易していたのだ。なくても生きていけるという人もいるが、ネットと生活は、今や切り離せないものとなっている。いくら田舎だからといって、さすがにネットに繋がる環境はあるだろう。

「わいふぁい?なんだいそれは」

 前言撤回。俺はどうやらとんでもないところに来てしまったようだ。

 絶望のどん底に叩き落とされた俺は、殺虫剤の香りがまだ残る敷き布団に、大の字になって寝ることにした。

 まだ疲労が残っていたのか、直ぐに眠りに落ちることが出来た。

 こうして、俺の田舎生活の一日目が終わった。


 この時はまだ、あの子と会うとは、そしてこんな夏になるとは、思ってもいなかったのだ。

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夏の終わりと生命賛美歌 白川 夏樹 @whiteless

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