第11話 終幕

「理恵ちゃん……」

 可奈は何の反応も返ってこなくなったドアを見つめて呆然と立ち尽くした。

 つい1週間前、理恵が会社を休む前までは普通に親しく会話を交わしていたし、3週間前は可奈のマンションで一緒に暮らしていたのだ。

 先ほどの理恵の態度が可奈を酷く傷つけていた。

 自分はそれほど理恵に嫌われるようなことをしたのだろうか。それとも何か追い詰めるような事でも言ったのだろうか。

 そんな思いが可奈の頭をぐるぐると駆け巡っていた。

 

「宮崎さん、とにかく一度戻りましょう。今は少し時間を置いた方が良いようですから」

 大林は可奈の肩を慰めるように数度軽く叩くとエレベーターの方に促した。

 大林や向井も理恵の突然の態度の変化に驚きはしたものの、そのこと自体は刑事という職業柄よくあることだ。

 機嫌良く証言してくれていた人が急に頑なな態度を取り始めたり、穏やかそうな人が突然暴力的になることなどごく見慣れたものである。

 

 ショックを受けた様子の可奈を気遣いながら車に戻り、発進させる。

「先ほどの白河さんの態度はあまり気にしない方が良いですよ。精神的に不安定になった人ってのは、親しい人に時折きつい態度を取ったりすることがよくあるんです。きっと何所にも吐き出せない苦しさが、受け止めてくれる人に向くんじゃないですかね?」

 向井が運転席からことさら明るい声色で可奈に話しかけた。

 大林も向井も若い女性が酷く沈んだ顔をしていれば何とか慰めたいと思うし、それに自分達が同行させてしまったという罪悪感もある。

「そう、なんでしょうか」

「私もそう思いますよ。それに……」


「……それに、なんですか?」

「いえ、彼女の態度は、どこか、巻き込みたくない、そんな意思を感じましたよ」

「そうなんでしょうか? でも……」

 可奈の表情はすぐれないままだ。例え理恵の可奈に対する態度に理由があるにしても、そうせざるを得ない何かが起きていて、そしてそれは解決していない。

 理恵のことが心配でやってきたのに何の力にもなれなかったばかりか、逆に追い詰めるような結果になってしまったのではないだろうか。そう考えると気が晴れることはなかった。

 

 それ以上は言葉を重ねることも出来ず、向井は車の運転を続け、可奈の勤めるオフィス近く、会社で契約している駐車場前で可奈を降ろした。

「とにかく、白河さんの事は我々が気を付けておきますのであまり気に病んだりしないでください。落ち着いた頃にまた見舞えば良いと思いますよ」

「は、はい。あの、理恵ちゃん、いえ、白河のこと、よろしくお願いします」

 そういって深々と頭を下げた可奈が自身の車に乗り込むのを見届けると、向井は再度車を発進させる。

「じゃあ、戻りますか?」

「いや、もう一度白河理恵のマンションまで行ってくれ」

「これから、ですか? でもあの様子だと話を聞くのは難しくないですか?」

 向井の言うとおり、聴取と捜査状況の説明という目的を考えれば、先ほどの様子から日を改める必要があるのは確かだ。

 ただ、大林はどうしても玄関を開けて目が合った、あの縋るような目が気になっていた。

 

「どうしても気になるんでな。それにあれだけ精神が不安定になってると、衝動的にどんな行動に出るか分からん」

「ああ、それは確かにそうですね。了解です」

 警察官として事件の未然防止はするに越したことはない。向井は大林の言葉に納得して進路をマンションに向けた。

 

 

 

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 玄関前の気配が遠ざかり静まりかえった廊下に理恵はしゃがみこんでいた。

 可奈達が立ち去る気配を感じた瞬間、上げそうになった声を必死にかみ殺す。

 嬉しかった。

 縋り付きたかった。

 その身体に抱きついて大声で泣きじゃくりたかった。

 でもそれだけはできなかった。するわけにはいかなかった。

 

 可奈と刑事達が立ち去った。

 言い様のない悲しさが、寂しさが、不安感が、何より恐怖が理恵の心を満たす。

 助けを求めるべきだっただろうか。求めて、でも、何もできなかったら?

 アレ・・がいる限り、誰も、自分を助けることは出来ない。アレ・・は理恵が苦しむのを楽しんでいるのだから。

 

 ギギィィィ……キィィィ……クスクス……。

 どこからかガラスを引っ掻いたような音と嘲るような笑い声が響いてくる。

 近くからのようでも遠くからのようでも聞こえる、あの音が聞こえる。

 理恵は虚ろな目でノロノロと立ち上がると、足を引きずるようにしてリビングに戻る。

 リビングは一層異様な状態になっていた。

 インターホンに付いているモニターはガムテープが幾重にも貼り付けられ、まだ日が明るいにも関わらず分厚いカーテンが閉め切られている。

 窓ガラスもガムテープで何重にも開けられないように目張りがされており、テレビのラックはまるでそこだけ竜巻でも直撃したかのようにテレビが倒れ、DVDや小物が散乱していた。

 至る所にゴミが散らばり腐敗臭まで漂っている。リビングには無いが、洗面所やバスルームにある鏡にもガムテープが貼られている。

 

 このマンションに引っ越して、平和だったのは最初の2週間だけだった。

 浴槽で湯に引きずり込まれたあの日から、モニターやテレビの画面には度々あの”目”が映り込み、鏡は理恵以外の”何か”の姿を映した。

 今と同じようにどこからともなく聞こえてくる異音と声。そして不意に理恵の身体に触れる”何か”の手。

 日に日に頻度が増す異様な出来事に、理恵の精神は限界に来ていた。

 夜も昼もほとんど眠ることが出来ず、風呂に入ることも出来ない。

 日々の糧を得るために外出しても常に”何か”の視線を感じていた。

 そして毎日、気がつけば理恵の手元に置かれている『白い手紙』。

 

(もう、いい。楽になりたい)

 逃れる術が無いのなら。

 誰かを巻き込むくらいなら。

 これ以上苦しむのなら。

(……もう、終わりにしよう)

 理恵は緩慢に、それでいて迷い無くクローゼットを開け、1週間ぶりにスーツに袖を通した。

 最低限の身嗜みが整うと小さなバッグを手に部屋を出た。

 

 

 

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 マンション近くのコインパーキングに車を駐め、エントランスに入ろうとした大林と向井をマンションの管理人が呼び止めた。

「白河さんなら出かけたみたいだよ」

「出かけた、ですか?」

 先ほどの様子から、理恵が出かけるというのは想像できず大林は聞き返す。

「キャリアウーマンみたいなスーツ姿だったしマスクもしてたけど、ありゃ間違いなくあの人だと思うよ。けど、な~んか変な感じだったけど」

「変って、どんな感じだったんですか?」

「いや、なんか影が薄いっていうか、普通にすれ違ったら気がつかなそうな感じっていうの? ああ、それと、白河さんの少し後ろを二十歳くらいの女の子がついてってたんだけど、知り合いにしちゃ距離があるし、なんか、気味が悪かったんだよねぇ」


「……あの! 白河さん、何所に行ったか分かりますか?」

 妙な胸騒ぎがして大林は真剣な顔で管理人を問い詰める。

「わ、わかんないけど、駅の方に向かって歩いてったよ」

 単なる世間話の感覚で話していた管理人は、急に掴みかからんばかりに詰め寄る大林に目を白黒させながらも、何とか駅の方角を指さしながら答える。

「向井! 俺は走って駅方面に行く。お前は…」

「車で周囲を回って白河理恵を捜索します!」

 皆まで言わせず向井が行動を開始する。

 若手とはいえもう何年も大林とコンビを組んでいる。言わんとする事は理解できていた。

 大林は「頼む!」と一言声を掛けると駅に向かって走り出した。

 

 マンションから駅までは歩いて15分程度だが、いくつかの道を曲がる必要がある。とはいえ、実質的に一本道に近く、遠くから見通せないだけで駅に向かっているのならば気付かずに追い抜いてしまうこともない。

 10分と掛からず駅に到着した大林が周囲を見回すが理恵の姿は見えない。

(くそっ! どこだ? 駅の中か?)

 大林の中で嫌な予感が膨れあがる。

 わずか数週間で外見までも変わってしまうほど追い詰められた理恵。そして管理人が見たという不気味な女。

 防犯カメラに映っていた不可解な女。白河紗理奈を殺し、その後発狂したように自殺した容疑者。ラブホテルで殺された柴垣彰。死んだ後に理恵に電話を掛けたという白河紗理奈。そして『白い手紙』に浮かび上がった女の顔。

 あり得ないと切って捨てるには証拠が多すぎ、さりとて理性が認めることを拒否している。

(白河紗理奈の呪い……か。そんなことが……)

 

 駅員に身分証を見せてホームに降りた大林の視線の先に、理恵はいた。

 下り線側の先端近く、人の途切れた先に俯いて立っている。

 ピリリリリリリィィィ。

『下り線に電車が参ります。白線の内側に下がってお待ちください』

 笛のような電子音とありふれたアナウンスが流れ、理恵の立っているホームのさらに先から電車が近づいてくるのが見える。

「! まずい!」

 理恵の姿を確認して足を緩めていた大林は、フラフラと白線を越えようとしている理恵に慌てる。

 プァンプァ~~ン! キィィィィィィィ!!

 ホームからユラリと飛び込もうとする理恵。

 慌てて警笛を鳴らし、ブレーキを掛ける電車は、当然間に合うはずもなくホームに滑り込んできた。

 

 理恵の足がホームから離れようした瞬間、間一髪のタイミングで大林の腕が理恵の腰に伸び力強くホームに引き戻した。

 勢いで倒れそうになるのを足を踏ん張って堪える。

 けたたましいブレーキ音を響かせて停まった電車から運転手が顔を出す。

 大林が無事であることを手を挙げて知らせると、大きく息を吐くように肩を上下させ、数瞬後、電車派ゆっくりと前進し所定の位置で停止した。

 それを見届けると大林は腕に抱えた理恵に目を向ける。

 何が起こったのか分からない風に呆然としていた理恵は、大林が腕の力を緩めるとその場に崩れるようにしゃがみ込んだ。

 

「どうして……どうして……」

 虚ろな目で何度も呟く理恵の前に屈み、出来るだけ優しい言葉を掛けようとした大林と目が合うと、何か言う前に噛みつくように叫んだ。

「どうして! どうして、死なせてくれないんですか?! どうして……」

「何が、あったんですか?」

 大林は理恵と目を合わせ、ゆっくりと尋ねる。

 死を望む相手を止めるのに命の大切さを問うなど無意味だ。必要なのは心の内を吐き出させること。吐き出しても良いと思わせることだ。

「何があっても、必ず我々が貴女を守ります。貴女の言葉を疑うこともありません。とても信じられないような事があったのでしょう? 何があったんですか?」

「……紗理奈が……紗理奈が私から全てを奪おうとしてるんです……彰も紗理奈に殺されたんです……いつも見られている……あの目に……どこに居ても手紙が届くの……もう、嫌なの……」

(やはり白河紗理奈か。とても信じられん。が、今は……)

 

「とにかく一度ここを出ましょう。お話をするにも座れる場所の方が良い」

 大林は立ち上がり理恵に手を差し伸べる。

 捨てられた子供のように縋るような目で理恵は大林を見つめ、小さく頷いてその手を取った。

「あっ」

「っと、大丈夫ですか?」

 立ち上がった途端、よろけた理恵を大林が支える。

 睡眠や栄養が足りていないのだろう。身体はやせ細り足元も覚束ない。

(署の誰かに見られたらセクハラで処分されそうだな)

 そんなことを考えながら、大林は理恵の身体に手を回して支えながらゆっくりと歩き始める。

 

 ズルッ、グッ。

「え?!」

「白河さん、どう…」

「きゃぁ!」

「うぉっ! な、なにが?!」

 突然理恵の足が何かに引っぱられ体勢が崩れる。理恵を抱きかかえるようにしていた大林も倒れかかるが咄嗟に足を踏ん張り、理恵を支える手に力を込める。

 2人が歩いていたのはホームの白線の内側、ホームの縁から1メートル以上離れた位置だ。当然足を取られるようなものは何も無い。

 理恵がまた衝動的に線路に飛び込んだりしないように、他の利用者の邪魔はしないように注意深く歩いていたので危険など何もないはずだ。

 

 大林は一瞬混乱するがすぐに原因となる理恵の足元を見る。そしてそこにはある意味予想通りの、同時に絶対にあり得ないモノがいた。

 線路から身を乗り出すようにして腕を伸ばし、理恵の足を掴んだモノ。

 薄ピンクのワンピースのようなものにカーディガンを着た女性。

 防犯カメラにも映っていた、異様なソレが、理恵を線路に引きずり込もうとしている。

「は、離して!」

「ク、クソっ!」

 女は俯せに寝そべっているような体勢にも関わらず、もの凄い力で理恵の足を引っぱる。

 理恵は大林にしがみつき、大林も腰を落として力を込めて抵抗する。が、ズルッズルッと少しずつ引きずられる。

 

「大林さん!!」

「向井! っくぅっ!」

 向井が走り寄ってくる。が、さらに強い力で理恵の足が引っぱられ、痛みに理恵が悲鳴を上げる。

 ピリリリリリリィィィ。

『下り線ホームを電車が通過します。白線の内側にお下がりください』

「クソッ! 大林さんもうちょっとだけ待ってください!」

 向井はそう言い置くと、少し離れた場所にある緊急停止ボタンまで走り、押す。

 ジリリリリリリ!

 警報音が鳴り、数瞬後ホームの先からブレーキ音が聞こえてくる。

 距離的におそらくは間に合ったはずだ。だが、理恵を引っぱる力は一向に弱まる気配が無い。

 

「このっ!」

 向井が緊急停止ボタンの下に設置されていた消火器を振り上げ、理恵の足を掴んでいる腕に叩き付ける。

 ズルッ。

 さすがに一瞬掴んだ力が弛み、足が解放される。

 勢いで大林は理恵を抱えたままホームに倒れ込んだ。

「っつぅ! っと、白河さん、大丈夫ですか?」

 大林の問いかけに理恵は顔に恐怖の感情を張り付かせたまま小さく数度頷いて答えた。

「良かった。あ、向井! 気を付けろ!」

 理恵を支えながら立ち上がった大林は向井がホームから線路を覗き込んでいるのに気付き声を掛ける。

 

「いない。マジかよ……」

 向井が覗き込んだ先には線路以外何もなかった。

 消火器を振り下ろした後、理恵を引きずり込もうとした女はホームから線路に消えた。

 しかし、今向井が見ても女はおろか、猫の子一匹見つけることは出来なかった。

 ホームの下側には乗客が転落した場合に備えて退避スペースが設けられているが、そこにも人の姿は無い。

 そして、他に身を隠せるような場所はどこにも見あたらなかった。

(線路を走って逃げた? いや、そんな時間は無かった)

 女が線路に消えて、すぐに向井はホームから覗き込んだのだ。トップアスリートでもそんなスピードで視界から消えるなど出来るはずがない。

 背中に氷水を流し込まれたかのような寒気が奔る。

 今回の事件はどこまでも理解を超えている。本能的な恐怖感が警察官としての使命感を押しつぶしそうだった。

 

 頭を振って気を取り直した向井が振り返ると大林と、その腕に抱えられた理恵が立っている。

 向井は大林の問うような視線に、ただ首を横に振って答えた。

「とにかく、助かった」

「駅前に車を駐めて白河さんの捜索をしていたら駅が騒がしくなったようだったので来てみたんですけど、間に合って良かったです。白河さんも、怪我はありませんか?」

 最後の理恵に対する問いかけは、どこかおざなりな、余所余所しいものだったが、理由が想像できる大林には責める気は無い。

 

 

 騒動を聞きつけて近寄って来た駅員に大林が女のことを省いて簡単に事情を説明し駅を出た。

 そして一旦理恵のマンションへ戻り、簡単な着替えや身の回りのものをまとめさせて少し離れた場所にあるビジネスホテルへ移動する。

 理恵の精神状態はいまだ落ち着いたとはいえないし、怪異のあった部屋にいては何があるか分からない。

 まず落ち着ける環境にしてから詳しい事情を聞く必要がある。

 向井は墨田署に行くことを提案したが、警察署に宿泊施設は無い。というか、留置する施設はあるが、彼女を入れるわけにもいかないだろう。

 それに警察署に来て精神的に落ち着ける一般人というのはそうはいない。

 

 結局当面はビジネスホテル、それも人の多い繁華街に近い位置の所に滞在して気持ちを落ち着けた方が良いという結論になった。

 駅で理恵が足を痛めたので貸出用の車椅子に乗せ、部屋まで大林達も同行する。

「それでは、そうですね1時間ほどしたらまた来ます。ああ、といっても私はホテルのロビーにいますから何かあればすぐに連絡ください。そのあと、少しだけお話しをして、もしよろしければ食事もご一緒しましょう」

 大林が微笑みながらそう理恵に提案する。

 無論疚しい考えがあってのことではなく、ロクに食事も出来ていない様子の理恵が少しでも安心して何か口にできるようにという配慮である。

 そのために向井にはこれから署に戻って女性警察官を連れてきてもらうつもりだ。

 

 理恵は小さく頷く。

「あの、ありがとうございます」

 微かだが、はっきりと意思の籠もった返事に大林は頷き、部屋から出て行った。

 パタンと小さな音をたてて閉まるドアを見つめたまま理恵は大きく息を吐く。

 解放されたかった。

 その事しか考えることが出来ず、駅に向かった。

 せめて多少なりとも綺麗な形でと、服を着替え、身嗜みを整えた。

 そして、これで楽になれると思った瞬間、現実に引き戻されることになった。

 悲しかった。怒りを感じた。だが、同時に嬉しかった。

 理恵は誰かに救って欲しかったのだ。

 

 それでも、自分が救われるとは思えなかったし、そんなことが出来る人がいるとも思えなかった。

 当然である。相手は得体の知れない”ナニか”なのだから。

 そして遂にアレは、妹の姿をした”ナニか”は理恵を彰と同じように殺そうとした。だが理恵は殺されなかった。アレは理恵を殺すことが出来なかった。

 もしかしたら、理恵に希望が生まれる。

 大林達なら自分を救ってくれるのではないか。

 理恵や可奈には出来なくても、警察官である大林達なら。

 力強い腕であの手から引き留めてくれた先程のように。

 

 理恵はベッドサイドのテーブルに手をついて立ち上がる。

 アレに掴まれていた足に痛みが走る。

 酷い痣が出来ていたものの骨には異常が無さそうだという事で湿布と包帯だけが巻かれている。

 足を引きずりながらユニットバスに向かう。

 一歩歩く度に痛みはあるが、その痛みが心地良くすら感じていた。

(もう少しだけ、頑張ってみよう)

 そう考え、まずは久しぶりにしっかりとシャワーを浴びることにする。

 ここ数日ろくに身体も洗っていない。

 自分の身体の臭いを嗅ぐと何とも言えない体臭が酷く気になった。

 こんな状態で大林にしがみついていたということを今更ながら思いだし、顔から火が出そうな気がした。

 下着だけを手に備え付けの小さなバスルームに入る。

 

 パサ。

 櫛で髪を解き、服を脱いでいると、足元に何かが落ちる音がした。

 理恵は音の方に目をやり、「ヒッ!」と小さな悲鳴を上げる。

『白い手紙』

 ギィィィィィ……クスクスクス……

(ああ、やっぱり)

『お姉ちゃん……ねぇ……残念でしたぁ』

 バスカーテンの向こうからそんな声と青白い手が理恵に向かって伸びた。

 

 

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