サイド非リア充:はじめの一歩

 翌日の金曜日。学校での休み時間。

 僕は机に突っ伏して寝たフリをしながら、とてつもなく悩んでいた。


 ──ど、どうやって二星にぼし君とラインの交換をすればいいんだ!?


 いや、まぁ、ラインの交換自体は簡単だ。要するに、僕が彼に声をかければいいのである。

 問題は、どうやって声をかけるかだ。

 いきなり友達みたいに声をかけるのは馴れ馴れしい気がするし、何より僕みたいなやつが急に二星君に話しかけたら、周りから奇異の目でみられるのでは?

「お前のことなんて誰も気にしてねーよ」と言われればそれまでなんだけど、もしも周りからの視線に晒されたら、僕は耐えられる気がしない……。

 人目のないところに呼び出す? いやいやどうやって? こっそり二星君の机に手紙を仕込むとか? でもそこまでするのは変じゃないか?

 うーん。どうしよう……。

 そんなことをうじうじと悩んでいると、制服のポケットにしまっていたスマホがぶるぶると振動した。

 見ると、菊池きくちさんからラインでメッセージが来ていた。

 僕はその内容を確認する。


菊池:『二星君とラインの交換した?』


 どうやら本当に、菊池さんは僕と二星君を友達にしたいらしい。


和泉いずみ:『してない……』

菊池:『やっぱり! もう、さっさと交換しなよ! 友達になるんでしょ?』

和泉:『どうやって交換すれば……』

菊池:『そんなの、交換しようって声かければいいだけだよ』

和泉:『そんなことがぼっちの僕にできると本気で思ってるんですか!?』

菊池:『じゃあ、私が二星君に声かけようか?』

和泉:『いや、それはちょっと……』

菊池:『なら悩んでないでさっさと声かける! タイミングなくなっちゃうよ?』


 やっぱり声をかけるしか道はないのか……。ならせめて、二星君が一人でいる時に……。

 僕は二星君が今一人でいるかどうか確認するために、彼の方を見ると、


「え~!? たく、日曜予定あるの!?」

「あぁ、ちょっとな……」

「ええ、そんなぁ……」

「なんだよ、愛由あゆ。俺になんか用事でもあったのか?」

「べ、別に!? ちょっと気になっただけよ!!」


 新島にいじまさんと二星君が仲良くお話していた。

 ああ、これは無理だわ。あのラブラブリア充空間に割って入るのは無理だし、加えて、あんなに僕と次元の違う人と友達になれるとも思えない。


「愛由ちゃん、ちょっといい~?」

「あ、今行く!」


 その時、新島さんが誰かに呼ばれて、二星君は一人になった。

 な、なんだこのタイミングの良さは……。っていうか、まだ心の準備ができてないんですけど……。

 一人になってほしいとは思ってたけど、いざ二星君が一人になると、それはそれで話しかけに行きにくい。

 僕が無意識に新島さんを目で追っていると、新島さんは菊池さんと話し始めた。

 どうやら、さっき新島さんに声をかけたのは、菊池さんだったらしい。

 ふいに菊池さんと目が合うと、彼女は僕にウィンクをした。

 あ、僕のためにわざわざ二星君を一人にしてくれたのね……。ありがたいけど、やっぱりこのミッション、僕にはハードルが高い気がするよ菊池さん。

 でも、やるしかないんだよな……。

 僕はおもむろに席から立ち、二星君のほうへと近寄っていく。

 僕の行動を誰も気にしていないことなんてわかってる。だけど、それでも、僕は周りから視線を向けられている気がして、居心地が悪い。


 僕は、二星君の後ろに立った。

 二星君は、後ろにいる僕の存在には気づいていない。

 まだ、気づかないでほしいと僕は思う。

 僕はあえて、二星君の視界から外れるように、二星君に気づかれないように彼の後ろに立った。

 きっと彼は、僕を視界に入れれば、僕に話しかけ、ラインの交換をしようと試みるだろう。

 ラインを交換するだけなら、それでもいいのかもしれない。

 でも、それじゃあダメだろって、僕は強く思うのだ。

 いつまでも受け身のままじゃ、ダメなんだ。

 今日は絶対に、僕は自分から二星君に話しかける。そう決めていた。

 他の人にとっては些細なことでも、これは僕にとっては、とても大きな変化なんだ。

 ここで二星君に話しかけて、僕は、一歩前進してみせる!


「あ、あの……」


 僕の喉からか細い声が出た。これじゃダメだ。これじゃあ二星君には、届かない。


「二星君!」


 僕は自分にできるおおよそ最大の声で、彼の名前を呼んだ。

 周りの人たちは僕の方を一瞬見たが、さほど気にせず自分たちの会話に戻って行った。

 ほら、やっぱりな。僕の行動なんて誰も気にしていない。だから、大丈夫。

 僕の声に気づいた二星君は、ゆっくりと僕の方を向き、僕と彼は向かい合わせになる。

 僕は緊張を抑えるために、拳に力をこめる。手汗がだらだらと流れている。


「どうした、和泉」

「あのさ、二星君」


 ここまで来たんだ。あと少しだ。


「僕と……」

「ああ、もしかして……」


 二星君は何かを察したように、自身のカバンから何かを探し始める。おそらく、スマホを探しているのだろう。

 ダメだ。このままだと、僕はまた受け身のままになってしまう。

 自分から、言わないと……。

 心臓がバクバクと音を立てている。


「二星君、僕と――」


 僕は一度、大きく息を吸い込んで、


「僕と、ラインを交換してください!!」


 そう、彼に伝えた。


「おう、今日はスマホを持ってきてくれたんだな。それじゃあ、交換しようか」


 二星君はいつもの日常の延長線上のように、淡々と、僕にそう言った。

 きっと、二星君にはわからない。

 これが僕にとって、とても大きなはじめの一歩だということを。

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