サイド非リア充:ぼっちは友達が欲しい

 二人で黙々と床に散乱したマンガやラノベを片付けていると、


「ねぇねぇ和泉いずみ君」


 背中越しに菊池きくちさんから呼ばれ、僕は後ろに振り返った。


「この恐らく使われた後のティッシュは捨てていいの?」


 部屋に転がっていたティッシュを見て、菊池さんは言った。

 って、そのティッシュは……。


「あ、あぁ。うん。そのティッシュは僕が捨てておくから、大丈夫!」


 うん。なんで昨晩の僕はちゃんとティッシュを捨てなかったのかな? あっぶねぇ……。菊池さんがなんとも思ってないみたいで良かったぁ……。


「ねぇ、和泉君。なんかこの部屋、イカ臭くない? 部屋でイカでも食べたの?」

「菊池さん、そこらへんでやめておこうか? 菊池さんは何も考えちゃダメ」

「え、なんで?」

「なんででもだよ! 後、男の人の部屋に来てイカ臭いとか、今後は絶対にいわないように!」

「えぇ? ちょっとよくわかんないんだけど……」

「世の中には知らない方がいいこともたくさんあると思うよ……」


 そう言って、僕はティッシュをゴミ箱に捨てた。


「あ、それからね、和泉君。ずっと気になってたんだけど、これは何かな?」


 今度は美少女キャラが描かれた抱き枕を指差して、菊池さんが僕に訊いてくる。


「あぁ。それは抱き枕だよ」

「抱き枕? ってことは、和泉君はいっつもこの女の子を抱いて寝てるってこと?」

「いや、言い方!? 女の子のイラストが描かれた抱き枕だから!」

「でもこの抱き枕って、そういう気分を味わうためのものじゃないの?」

「いや、僕はあくまで抱き枕としての機能性を重視してるから……」

「へぇ、そうなんだ。でも和泉君。それなら、この女の子のイラストが描かれた『抱き枕カバー』は、なくてもいいんじゃないかな?」


 くっ、しまった! 墓穴を掘ったか……! 

 美少女キャラが描かれているのは『カバー』のほうで、抱き枕の機能性を重視するなら、カバーはなくてもいい。普段カバーを外すことなんてほとんどないから、あれが『カバー』であることを忘れていた。


「何か反論は?」


 ニヤニヤと僕をからかってくる菊池さんは、やはり楽しそうだ。


「べ、別にいいじゃないか! リアルの女の子に好かれない僕は、こうでもして欲求を満たすしかないんだよ!!」


 キモいことは重々承知で、僕はそう言った。


「うむ。正直でよろしい」


 菊池さんは満足したようで、また片付けに戻った。

 僕は薄々、気づき始めていた。

 僕が他人に、心を開いている……?

 なんだか、少し、菊池さんに対しては、僕の本音を言っても受け入れてくれそうな、そんな気がしていた。


 片付けが終わり、僕たちは床に座って一休みする。


「ふぅ、終わった終わった。意外と早く終わったね」

「うん、まあ……」

「とりあえず、和泉君は『ハーレム系』の作品が好きってことはわかったよ」

「勝手に人の趣味分析しないでもらえますかね……」

「ははは。いいじゃんいいじゃん。悪くない趣味だと思うよ?」

「ホントにそう思ってる?」

「思ってるよー。それで、私におすすめの作品は決まった?」

「まあ、一応……」


 菊池さんには、片付けが終わったらおすすめの本を貸して欲しいと言われていたのだ。

 僕は立ち上がり、本棚から菊池さんにおすすめの本を取り出す。

 そのまま、僕はその本を菊池さんに渡した。


「えっとぉ、なになに? 『恋するチルドレン』かぁ……。これがおすすめなの?」

「うん。恋愛ものだし、男性向けのラノベだけど、普通に女性でも面白いと思う」

「ふ~ん。なんか、ありきたりだねぇ」

「……そりゃあ、ありきたりにもなるでしょ」


 菊池さんの好きなジャンルとかわからないし……。


「もっと人を選びそうな、『これは絶対僕にしか良さがわからない!』みたいな作品ってないの? もしくは、私が絶対に読まないようなタイプの作品」

「えっと、そうだなぁ……」


 一応、僕は真剣に検討してみる。要は、僕が好きな作品で、菊池さんは読まないような作品を選べばいいわけだけど……。

 僕は一つ、パッと思い浮かんだ作品を本棚から取り出し、菊池さんに渡す。


「『ぼっちの俺が異世界へ行ったらモテモテになりました』……なるほどねぇ。こういうのが好きなわけか……」

「まあ、ね」

「なんというか、自分の願望とか妄想とか丸出しって感じだね。和泉君は異世界に行ってモテモテになりたいんだね?」

「……そうだよ! えぇ、その通りですよ! 僕はこういうのが好きなの!」


 くそ、なんだかどんどん僕の性癖がバレつつあるな。菊池さん、恐ろしい子……。


「ふふ。なんだか和泉君、どんどん開き直ってるね? なんか嬉しいなぁ。心開いてくれたみたいで。学校でもそういう感じでみんなと接すればいいのに」

「無理だよ、こんなの。絶対キモがられるし」

「う~ん。っていうか、和泉君は嫌われることを恐れすぎなんじゃないかな?」

「え?」

「ほら、人間誰しも、誰からも嫌われないなんていうのは無理な話なんだから、自分のことを受け入れてくれる人と仲良くすればいいと思うんだけど……」

「いや、それができないから、今ぼっちなわけで……」

「じゃあ、私が手伝ってあげようか? 和泉君の友達作り」

「え、いやいや、悪いよ。そんなの」

「いいっていいって。私が好きでやってるんだから」


 僕が、友達作り……。できるのかな、僕なんかに、本当に。

 でも、もしも叶うなら、僕は、僕は……。


 ――友達が、欲しい。


「ホントに、手伝ってくれるの?」

「うん、いいよ~」


 僕はそこで、ペコリと頭を下げて、


「それじゃあ、お願いしてもよろしいでしょうか?」


 菊池さんはニコリと微笑んで、


「うん。契約は成立だね」


 そして、菊池さんは立ち上がった。


「それじゃあ、私はそろそろ帰ろうかな。あ、まだライン交換してなかったね。交換しよ?」

「あ、う、うん」


 そして僕は戸惑いつつも、菊池さんとラインを交換した。すげぇ……。僕が女の子とラインの交換してる……。


「それからこの、『恋するチルドレン』と『ぼっちの俺が異世界へ行ったらモテモテになりました』の二冊、借りてもいい?」

「あ、はい、どうぞ……」

「ありがとう。読み終わったら返すね。それと……」


 菊池さんは部屋にあったカレンダーを指差し、


「今度の日曜日、二星にぼし君も一緒に三人で出かけるでしょ?」

「うん、そうだね」


 それは今日の国語の授業で決まった話だ。そもそも、僕が菊池さんたちとラインを交換することになったのもそれが理由だ。


「そこでさっそく、二星君と友達になっちゃおうか?」

「……え?」


 僕の脳みそはしばらくフリーズした。

 え、今、菊池さんは何を……?


「えと、それってどういう……?」

「え? だから、和泉君と二星君を友達にしようって話」

「僕と……二星君が……友達……?」

「うん」


 菊池さんは首を縦に振る。


「いや、いやいやいや無理だって! さすがにいきなりハードル高いって!! あの! リア充の! 二星にぼし拓哉たくや君だよ!?」

「大丈夫だよ。私がサポートするし」

「いやいや、でも!」


 僕が動揺していると、菊池さんが、


「大丈夫! 和泉君は私とも仲良くなれたんだし、それに、二星君たまに図書室に行くの見かけるし、ラノベの話とかで盛り上がれるって!」

「いやいや、そんなまさか……!」

「もう、弱音吐くの禁止! やってみる前から諦めない!」

「え、そんな……」

「友達作るって決めたんだから、まずはやってみなきゃ! 絶対大丈夫だから! それじゃあ、また明日ね!」


 そう言って、菊池さんはさっさと僕の部屋から出て行ってしまった。


「あ、ちょっと待って! 見送るよ!」


 僕が慌てて菊池さんを追いかけようとすると、


「まだ外明るいし、道もわかるから、大丈夫! じゃあね! 今日はすごい楽しかった!」


 菊池さんは僕にひらひらと手を振った。


「あ、また……」


 僕も手を振り返し、彼女の背中を見送った。

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